Learn about different artists and how they're using Live.

インプット/アウトプット: Massimiliano Pagliara

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インプット/アウトプット: Massimiliano Pagliara

Massimiliano Pagliaraは、そのイタロ・ハウス・ミュージックへの際だってオーセンティックな解釈が特徴的なプロデューサーです。厚みのあるテクスチャのアナログ・サウンドを好むファンたちは、彼の豊富なディスコグラフィ、特に今年9月Live At Robert Johnsonでリリース予定のLP「With One Another」に熱い視線を送っています。レトロなその美的感覚の背後にあるプロセス、古風な機材をモダンなソフトウェアに統合させる手法、TR-808をKorg MS-20にルーティングする楽しみについて話を聞きました。

AbayomiがPushをプレイ

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AbayomiがPushをプレイ

Jesse Abayomiは多才です―Abletonプロダクト・スペシャリストとしての仕事に加え、ミュージシャン、DJ、レーベル・オーナーとしても活躍していますが、優れたPushの使い手でもあります。Zone3名義で活動するJesseが自身のトラック「Chemistry」を披露する様子をご覧ください。 JesseのLiveセットは、「Chemistry」のさまざまなパートをアクティブにプレイできる機能を活用してPushでトラックを再現できるようになっています。Jesseによる、パフォーマンスに使用するパートの解説、Drum Rack、Max for LiveデバイスAugust synthesizerについての説明をご覧ください。 「Chemistry」はこちらからお聴きいただけます。 その他のPush使用アーティストビデオを観る Pushについてさらに詳しく Jesse AbayomiのSoundCloudページ Jesse AbayomiのFacebookページ Jesse AbayomiのAbout.meページ

Jonathan Zorn: 不気味なボコーダー

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Jonathan Zorn: 不気味なボコーダー

Jonathan Zorn、自身のスタジオにて - 撮影: Ross McDermott 不完全や欠陥とされるものをテーマに取りあげ発展させていくアーティストがいます。真空管回路、ビニール、テープなどのディストーション特性を再現するプラグイン・エフェクトの数、また昨今のプロダクションに使用されているクラックルやテープ・ヒスのサンプルの数をみても、その存在は明らかです。 エレクトロアコースティック・ミュージシャンであり研究者でもあるJonathan Zornは、Google翻訳の翻訳機能を使用して幾度も翻訳を重ねるうちシステムの不完全性により文章の方向性が別方向へと進んでいったジークムント・フロイトの文章をベースとするシリーズ作品「And Perforation」で、この歴史に新しい1ページを加えています。 And Perforation by Jonathan Zorn 「And Perforation」とその関連作品「Language as Dust」のリリースに際して、AbletonはJonathanにインタビューを敢行、ボコーダーとモジュラー・シンセの使用について、言語を細分化することについて、Liveを使用した反応性に優れたパフォーマンス・セットアップの作成について話を聞きました。 「Language is Dust」と「And Perforation」での文章の構成プロセスについてお話しいただけますか。 「And Perforation」は、友人がDoepferモジュラー・ボコーダーを貸してくれたのですが、ジークムント・フロイトの評論「不気味なもの」に合うシリーズ作品を作成する最高の機会に思えました。親しみと違和感を同時に感じる何かというアイデアは、合成ボイスに対する私の強い興味を要約するのに非常にふさわしいと思いました。この関連性は、もともとムラデン・ドラーの本「A Voice and Nothing More」から得たものです。 テキストを作成するために、まずGoogleを使用してオリジナルのテキストを英語に翻訳しました。「Obvious Difference Scary」では、短いパッセージを繰り返しさまざまな言語に翻訳してから、英語に翻訳し直しました。「das Unheimliche」というドイツ語が次第に歪んでいくのが分かります。「The Bizarre」では、長いパッセージにMicrosoft Wordの自動要約機能を適用してからさらにGoogle翻訳にかけました。「And Perforation」では、自動翻訳で作成された言語的にまぜこぜとなったものにさらに編集を加えています。 Google翻訳でフロイトの文章を処理する 「Language as Dust」のテキストには、アリストテレスの「霊魂論」、ジュリア・クリステヴァの記号論に関する論文、トーマス・エジソンの今後の録音技術の使用に関する覚書、ボコーダーの歴史に関するデイヴ・トンプキンスの本から集めたボコーダーの聞き間違え、電子音声現象(コンスタンティン・ラウティヴによる、ホワイトノイズを使用した死者との交信内容の書写)が含まれています。 テキストの加工には、MS Wordの自動要約機能、複数のテキストの接合(バロウズの「カット・アップ」的手法)、消去、翻訳などのテクニックを使用しました。このプロセスを経ることで、言語を音楽素材として使用することに興味を持ちました。たとえば、「Meditation on Pattern and Noise」では、フレーズや単語を繰り返してサウンドのパターンを作成し、語義とは関係のない音楽的な論理を作成しました。 Jonathan Zorn - Language...

メンデルスゾーン・エフェクトリウム: オーケストラをコントロールする方法(Liveで)

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メンデルスゾーン・エフェクトリウム: オーケストラをコントロールする方法(Liveで)

メンデルスゾーン・バルトルディ博物館のエフェクトリウムを指揮する 指揮者となるための道は長く厳しいもの。何年にもわたる熱心な努力とうんざりするほど豊富な音楽の知識が必要です。ほとんどの音楽愛好家には手の届かない夢です。巨大オーケストラでタクトを振るのはどのような気分なのでしょう?名演奏家たちがあなたの指示に従ってあなたの希望通りに演奏してくれるとしたら?一般人には、コンサートホールの最前列席で音楽を楽しむのが精一杯といったところでしょう。 そこに登場するのがテクノロジー。Aconica、WHITEvoid、Bertron Schwarz Freyによる、ベルリンをベースとするコラボレーションです。このトリオは、一般客がバーチャル・オーケストラの細部と一連部分をマニピュレートできる、インタラクティブなオーディオビジュアル・インスタレーションを開発しました。「エフェクトリウム」と名付けられたこの作品は、ライプチヒのメンデルスゾーン・バルトルディ博物館に展示されています。下のビデオでは、指揮棒とデジタル楽譜を使用して、指揮者と化した来場者が本物さながらのジェスチャーでメンデルスゾーンの作品を演奏するバーチャル・オーケストラを指揮する様子をご覧いただけます。 ライプチヒのメンデルスゾーン・バルトルディ博物館のエフェクトリウムの様子 それでは、一体どのように機能しているのでしょうか。背後では、2台のコンピューターからなるシステムが、Ethernetケーブルを介してOSCメッセージをやりとりしています。1台のコンピューターはモーショントラッキング(動作追跡)ソフトウェアLEAP Motion(物理的な動きを記録し、その情報をデジタル信号に変換)、およびタッチスクリーンと一連のカスタム・スピーカーを実行します。もう1台のコンピューターは、Liveを使用し、オーディオ・ファイルと一式のコンボリューション・リバーブプラグインを保管するのに加えて、指揮のテンポに合わせて作品をワープさせます。このコンピューターには、複雑なMax for Liveパッチも用意されており、すべてを同期させる役割を担っています。タッチスクリーンに触れるとOSCメッセージがこのMaxパッチに送信され、指揮者は楽譜上を自由に移動することができ、レイテンシーやジッターが生じません。 エフェクトリウムのタッチスクリーン・インターフェース LEAPソフトウェアは、指揮者のジェスチャーのスピードをとらえ、テンポをコントロールします。タッチスクリーンは、木管楽器、金管楽器、弦楽器、合唱部、パーカッションなどのボリューム、残響特性、楽譜上の演奏部分、さらにはチューニング(伝統的コンサートピッチの430hz、または現代のスタンダードとなっている443hz)に至るまで、さまざまな可変要素に対処します。 エフェクトリウムのモーショントラッキング(動作追跡)カメラのひとつ 指揮者は、アップライト・スピーカーに取り付けられたLEDライトの色合いや明るさを変更することで、インスタレーションの雰囲気もコントロールできます。さらに、各楽器セットはそれぞれ独自のスピーカーへと送られるため、聞き手は作品の各要素を個別に聴くことができます。 このプロジェクトについて詳しくは、Aconicaウェブサイトで読むことができます。またインスタレーションはライプチヒのメンデルスゾーン・バルトルディ博物館でご覧いただけます。

Surgeon: その瞬間につながるということ

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Surgeon: その瞬間につながるということ

「Surgeon」という名は、テクノ界においてかなりの重要性を持っています。Anthony Childがこのジャンルに残した決して消えることのない功績を考えれば、それも納得です。90年代初頭にバーミンガムのテクノの巣窟House Of Godのレジデントとして登場して以来、UK出身のこのプロデューサーは、Tresor、Blueprint、Downwardsといったレーベルからのリリースで、エレクトロニック・ミュージックの1ジャンルであったテクノが人気ジャンルへと成長するのに一役買いました。Childのスタイルは目を見張るほどの正確さとまごつくような難解さがぶつかり合い、内部に秘めたロジックに応じて、めくるめくリズムの狂乱や鳥肌もののテクスチャを導き出します。 Surgeonの最新アルバム「Breaking The Frame」からの抜粋をお聞きください。 発表作品によりエレクトロニック・ミュージック界の常連となったChildですが、感情露わで極めてディテールに凝ったクラブ・パフォーマンスでも有名です。Childはサウンド・ソース間の継ぎ目を曖昧にするという手法でまったく新しい何かを生み出し、押し寄せる情報に後れを取らないよう努める聞き手を夢中にさせます。 「人々をより内省的かつより対外的な状態にさせる手段は、僕にとって非常に重要だ」Childはこう説明します。「どのような手段であれ、使用するツールに慣れれば、パフォーマーは目立たない存在となり、ツールを用いて自分を表現することになると思うんだ」 単に便利性を向上させる手段(ステージでラップトップを操るパフォーマーにしばしば向けられる批判)としてではなく、クリエイティブな発展の可能性として理解し、DJイングとライブ・パフォーマンスにデジタル技術を早くから採り入れたChildにとって、ツールは核心的なトピックです。これらを念頭に置き、Abletonはパフォーマンスの観念についてChildと意見を交わし、自身が理想とするパフォーマーとしてステージに立つのに重要な役割を果たしているAbleton Liveと彼の関係について詳しく考察しました。 Paul Damage、Sir Realと共にHouse Of Godを立ち上げた初期、Childは、2デッキ・1ミキサーという従来のセットアップに自身の厳格なスタイルを可能なかぎり適合させ、同一レコードを2コピー使用してイントロを延長し、ダンスに突入するまでの緊張感をぎりぎりまで高めるといったテクニックを使用していました。その後、いつでも自由に操作可能なトラックの数が増えるという点に興味を引かれ、Final ScratchでデジタルDJイングの世界に試験的に足を踏み入れました。それは、バイナル伝統主義者たちの反発―テクノが「テクノロジー」にその起源を持つ音楽シーンであることを考えればいささか滑稽でもありますが―を無視する、強い意思を必要とする決断でした。 制作でAbleton Liveに慣れ親しんでいたChildは、当時まだ新しかったこのソフトウェアをパフォーマンスに使用し始めます。2003年、ChildはKarl ‘Regis’ O’ConnorとのコラボレーティブなプロジェクトBritish Murder Boysをスタートさせました。ステージでは、ChildがDJイングを、O’Connorがライブ・パフォーマンスを担当していました。あるとき、Extrema(オランダで開催されている新進の音楽フェスティバル)のプロモーターが大幅に時間が短縮されたスロットを彼らに割り当てたため、用意していたパフォーマンスができなくなり、困ったChildは、Ableton Liveで素材をセットにまとめ、叫び声を上げるオーディエンスの前でAbleton Liveを使用したステージングの公開練習を行うはめになったのです。 British Murder Boys – 「Learn Your Lesson」 「あのギグはふさわしいタイミングで起こったんだ」Childはこう話します。「あのときはDJイングに関するテクノロジーの可能性をいろいろと探っていた頃で、ちょうどクオリティとテクノロジーが実用に叶うものになってきた興味深い時期だった。とてもパーソナルな決断だったし、万人向けのDJソリューションでは決してなかったけれど、僕にはぴんとくるものがあったし、大きな可能性を感じた。音を扱う方法、そしてパフォーマンスでそれを組み立てる方法にね」 経験と勘が導いたステージでのLive使用の開始から、Childのセットの強烈さと個性は高まり、彼はDJイングにおける新たな展望の真の主導者として名声を博するようになりました。彼が進んでいた道の先行きはかなり不透明なものでしたが、それも魅力のひとつだったと言います。 「自分の(Liveの)使用方法は年を追って変化している。このソフトウェアは、フレキシブルで、DJイングに特化した造りになっていないところが好きなんだ。トラックの準備にはかなりの労力が要る。選択可能な他のオプションに比べるとかなり大変だ」 選択可能なオプションが多数存在するなか、Ableton Liveを選んだSurgeonのライブを体験した者に明らかになったのは、たとえ聞き慣れた名曲であっても、切り刻んで再編成することでまったく新しい作品となることでした。最も印象的だったのは、Childがプレイ中にカスタムで調整を加えていくことでした。 Surgeonの60分間にわたるBoiler Roomミックス 「ここはという瞬間になると、エディットだけをツールとして使用してその場に対応するんだ。ブレイクダウンをスキップしたり、トラックの別のパートにジャンプしたり、別の何かをレイヤーしたりね。その場で起こっていることに瞬時に反応するのが重要なんだ。(Abletonの)システムとツールは、そういった方法でインプロヴァイズする手段を与えてくれるような気がするよ」 Childがオンラインで公開している数々のセットを比較してみれば、彼が同じトリックを決して繰り返すことがないことに気付くでしょう。40ものトラックを1時間のうちにプレイするスタイル。数千に上ることもあるオーディエンスの前で自信を持って構築するにはかなりのトラック数です。「プレイする曲についてしっかり知っておく必要があるね。そうでないと、ぼろが出て、自分が予想していたのと違ったパワーの流れになってしまう。ワープ・マーカーをトラックに置いて、波形からは分からない変化が起こった時のためのキューにしておくことも多いよ」 Surgeon by Anne Claire de Breij 手持ちのトラックをツールとして使用することに加えて、Childは、Liveを使用する利点として、必要に応じて独自のリズムや拍子をミックスに追加できる点を挙げています。「別チャンネルでAbletonのDrum Machinesにパーカッション・サウンド用のMIDIシーケンスを走らせることができる柔軟性が気に入っているよ。トラックをプレイしていて少しパワーを上げたいなと思ったとき、別のトラックをミックスしなくてもパワーを上げることができてとても便利なんだ」 Childの型破りなアプローチには、独自の技術要件が要求されます。DJイングに特化したコントロール・サーフェスの意義についての質問で、この点について彼は次のように説明しています。「DJ用コントローラーとして販売されているコントローラーに気に入るものを見つけたためしがないんだ。販売目的は理解できるけど、僕には魅力的に感じられない。僕は、レコードDJの『2デッキ1ミキサー』セットアップを真似しようとしているわけじゃないからね」...

Mason Bates: Alternative Energy

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Mason Bates: Alternative Energy

ポップ・ミュージックを聴いて育ってきた者にとって、クラシックのカノンはパラレル・ワールドのように感じられるかもしれません。音楽そのものは疑う余地のない迫力を持っていても、それに付随する決まり事や儀式には馴染みがないからです。何百年にも渡る歴史、専門用語、それに時に威圧的な「ハイ・カルチャー」のオーラが、クラシックに触れてみたいという好奇心を持つリスナーやミュージシャンを遠ざけてしまいがち。特に、端からはかなり分裂し偏狭に見えるコンテンポラリー・クラシックの世界ではなおさらです。 幸いなことに現在は、これまで顕著だったハイ/ロー・カルチャーの二分化に固執することなく、知性と五感を同等に結びつける音楽を生み出すことを目指す何人かの若手作曲家が台頭してきています。こうした新しいタイプの中でもひときわ注目を集めているのがMason Bates。受賞歴を持つ、37歳のカリフォルニアを拠点にするこの作曲家は、テクノやエレクトロニクスへの深い造詣から導かれるサウンド、リズム、テクスチャー、そしてテクニックを頻繁に用いてオーケストラや室内楽作品に生かしています。 重要なのは、彼が取り入れるエレクトロニックな要素は、安易にオーケストラを「近代化」させるための安っぽい装飾ではなく、必ず生楽器との音楽的な相互作用において意味を持つものであるということです。さらに、彼のワイルドで想像力豊かなリソースの利用方法は、それだけで完結することなく、常にもっと大きな全体の力強く明確な物語を構成する要素であるということです。この点において、Batesの音楽はBeethovenから続く音楽の進歩を受け継ぐものであり、彼はそのBeethovenと共に栄誉あるサンフランシスコ交響楽団の主軸作曲家に選ばれました。 私たちは、一年間に渡って開催された「Beethoven and Bates」フェスティバル期間中にBatesと会い、彼のエネルギーのシンフォニー、オーケストラにおけるエレクトロニクス、がらくたのパーカッション、そしてDJと指揮者の共通点について話しました。 あなたの音楽は、よく実在する場所や人、出来事に触れています。あなたの非音楽的な影響について教えて下さい。 面白いことに、かつて私は英文学を専攻していて、魔術的リアリズムやメタフィクション、あるいはポスト・モダン・フィクションが自分の音楽に直接的なインパクトを与えるとは思っていませんでした。 私はただ、それらが読書の対象として面白いものであり、自分のいい教養になるだろうとだけ考えていたのです。 作家になろうという野心を持っていたのですか? ええ、 その時点では持っていたと思います。言葉を書くことは好きでしたから。作曲をするのと同じくらいやりがいのあることだと思います。でも最終的には、自分には向いていなかった。私にはそれほど貢献出来る分野ではありませんでした。例えば「Alternative Energy」は、エネルギーの歴史における様々な通過点を訪れていく作品ですが、これはDavid Mitchellの著書で映画化もされた『クラウド・アトラス』を読んだ結果として生まれたものです。 Mason Batesによる「Alternative Energy」のリハーサルの様子 でも、何百年か前の時代にさかのぼることはインスピレーションに繋がるようです。ご存知かもしれませんが、19世紀にはBerliozの『幻想的交響曲』のような、とてもワイルドな物語を伝える巨大な標題音楽が存在していました。私は、これを21世紀の言語を使って実践することにとても刺激的を感じています。ですから、文学が一番の非音楽的影響ですね。 実際にあなたが使用しているサウンドに関してですが、 集めてきたがらくたで作ったパーカッション・セットを、「Alternative Energy」の一部で使用していますよね? はい、その通りです。私は第一楽章をHenry Fordの牧場で、誰かが自動車を組み立てているという設定にしたかったのです。ですから、私はシカゴ交響楽団のパーカッショニストと共に廃品置き場に行き、色んながらくたを拾ってきました。でもこのようなやり方は既に音楽史の中では何度も実践されており、Einsturzende Neubautenもそうですし、George Gershwinは実際の車のクラクションを使っています。ですから、生演奏でもパーカッション楽器で出来ることはいろいろあります。私の「The B Sides」という作品がありますが、その中ではほうき、オイル・ドラム、タイプライターを使用しました。私にとっては、単にそのサウンドだけでなく、パーカッション・アンサンブルに少し演劇的要素を加えることでもあります。 デトロイト交響楽団による「The B Sides」の演奏で自らエレクトロニクスを演奏するMason Bates これはミュジーク・コンクレートの、身の回りのものの音を使用するという考えを思い出させます。このムーブメントに共感することころはありますか? はい、それは間違いなく考えましたし、何かの音を録音する際にその物にも意味を持たせる手法は興味深いです。Matmosの『 A Chance To Cut Is A Chance To Cure』においても、全て外科手術の音で作られていると知ると、聴こえ方が全然変わりますから。 あなたは指揮者を介して オーケストラと仕事をしているわけですが、作曲者から指揮者へと仕事を引き継ぐ、明確な分業の境界線はあるのでしょうか?それとも、コラボレーション的な要素もありますか? それも面白い点です。今でもなお、私は指揮者とオーケストラの化学反応を理解するのに苦労しているんですが、少なくとも明らかなのはそれが100%結果を左右するということ。 指揮というのは、DJに似ているんだと思います。技術的には違いますが、認識のされ方という点においてです。ほとんどの人は、何も知らずに誰かがヘッドフォンをしてレコードを回しているところを見たら、DJをとてもシンプルなものだと考えるでしょう。そもそもなぜそこにいるのか?一体何をしているのか?それと同じように、私でさえも過去に「指揮者というのは一体何をやっているんだ?ただ手を振り回しているだけじゃないのか?」と思たことがありますが、そういう人は多いのです。 私の音楽とエレクトロニクス、それと指揮者との関係は少し特殊で、それは過去に私の作品を演奏したことがない限りは、誰にとっても新しい 体験だからです。ですから、私にとってもいつも特別な体験です。 オーケストラというのは外洋船のようなもので、いきなり急旋回することは出来ません。そこに座って聴いていると、みんなが演奏に固定されていて、それが少しずつ方向転換していくような瞬間があるんですが、とても不思議なものです。...

Jan Nemecek: 持続的な進化のために

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Jan Nemecek: 持続的な進化のために

Jan at Resonate Festival, Belgrade 紛争によって傷を負った社会では、あらゆる側面において、過去からの悪影響を受けずに未来を構築することが困難です。セルビアのような、命のはかなさとコミュニティの破壊がまだ記憶に新しい国では、クリエイティブな実践はより深い意味を持ちます。一部のアーティストにとっては、継続するというだけでなく、進化を続けることが社会の進歩と歩調を合わせる上で必須条件となっているのです。 Jan Nemečekはそんなアーティストの一人。プロデューサー、サウンド・デザイナー、インスタレーション・アーティストとしての功績により、彼はセルビアの実験音楽の先駆者とされています。彼の最新アルバムである『Fragmented』は、音の粒子を再構築することで、それ以上の大きな全体を作り上げようと試みた作品です。Janは、セルビアのシーンについての考えや、シンプルなエフェクトを実験的に使用する方法を語ってくれた上に、みなさんにも試してもらえるよう彼自身のエフェクト・ラックを提供してくれました。 セルビアで実験音楽家として活動することがどんなことか、その実態を少し話してもらえますか? ここにはシーンと呼べるものはほとんど存在していません。実は同じ音楽を作っていても、それぞれの集団やレーベルが勝手に活動しているだけでまとまりがないからです。そういう意味でとても奇妙なところです。そして現時点では、90%の人たちがハウスを作ろうとしています。それが一番流行っている音楽なので、みんながそれに引き寄せられてしまっていますね。でも、誰も結束していない。もう何年もそういう状態が続いています。何年か前はテクノが流行っていたので、みんながそれを作って小さなプロダクション・チームを作っていました。コミュニティ内の異なる人々による相互作用が本格的に起こったことはありません。 なぜそんなにバラバラになってしまっているのでしょう? ここの人たちと、そのメンタリティのせいだと思います。みんなが一丸となって何かを成し遂げたかと思えば、次の日にはもうお互いにケンカしたり口をきかなくなったりしてしまう。僕はそういうところからは、なるべく離れるようにしてきました。僕は、「昨日の味方は今日の敵」というような考えには同意できないからです。これは音楽にも表れていると思います。現在誰もが、私たちの歴史や文化的背景に関連性のないハウス・スタイルの音楽を作っていることも、僕には受け入れられません。 基本的に、私たちはジャンルの枠に捕われています。実験的音楽を発表する場所はほとんどありません。一年ほど前までは、ほんの少しの実験性がある音楽さえも実践している集団はいませんでした。聴衆についても同じです。より試験的なサウンドを聴くのに慣れるには時間がかかりました。 Jan performing live at Resonate Festival, Belgrade この数ヶ月間、90年代のベオグラードやセルビアのエレクトロニック・ミュージックの進歩についての記事が立て続けに公開されています。これに対する、実際にそこで音楽を作っているあなたの反応は?これらはあなたにとって何か意味のあることですか? 「90年代のセルビア・クラビング」というのは、既に長い間メディアが好んで取り上げて来た題材です。特に海外の雑誌はこれについて書くのが好きですね、いい話だからです。戦争で引き裂かれ、戦犯がはびこる地域で、世界から隔離されながらもテクノのレコードを買い続けていた... 外国の人たちにとってはロマンティックで魅惑的な物語です。 僕自身はあまり... これを誇りに思ってはいませんが、若い世代のシーンがこれだけ注目を集めていることには驚いています。Resonateのようなフェスティバルのおかげで、若いアーティストたちが積極的に取り上げられています。『Dazed and Confused』誌が、セルビアのフットワーク・シーンについて書いているくらいです。面白いのは、フットワークがここで人気を集めるようになったのは過去1〜2年のことですが、ここで流行った音楽の中では最も独特で新鮮なサウンドです。その勢いは、僕が自分のレコードを完成させ、やりたいことをやり続ける原動力にもなりました。彼ら、こちらのTeklifeのクルーとは個人的にも仲のいい友達で、とてもサポートしてくれています。 でも古いシーンの人たち、つまりみんなが雑誌で読むテクノ・クラウドには、このことが受け入れられないようです。「俺たちよりもこのキッズたちの方が人気があるとはどういうことだ?」と疑問を持つ。地元ではちょっとした抗争になっているんです。年上のテクノ系の人が、ポスターで自分の名前よりもTeklifeの表記が大きかったと文句を言って。まだこうしたメンタリティに凝り固まっている人が多いので、小さな変化でも驚くべきことです。でもメディアからの注目のおかげで、みんなが本当に自分のやりたいことをやっても国際的に認めてもらえることが出来ると信じるようになりました。代わり映えしない四つ打ちばかりを作り続けなくてもよくなった。 Preparing to perform the Line of Sight installation at Resonate Festival 今年のResonate Festivalで公開されたインスタレーション、「Line of Sight」にはどのように関わっているのですか?Liveを使って、照明装置を直接操作していたように見えましたが。 僕たちはLiveを、このインスタレーションのタイムラインとして使用しました。僕は多数のMax for LiveとAbletonのパッチ・チェーンを用意し、セミ・ランダムなMIDIメッセージを送っていました。僕たちはAbletonから操作信号を送る、生成的なセットアップを構築しました。僕はMax for Liveの、Liveのパラメータを何でも照明のシグナルにマッピング出来るユーティリティ・パッチを使って照明を操作しました。つまり、例えば、フィルター・カットオフと照明の強度を関連づけることが出来るんです。でもそのほとんどがランダマイズされていました。プリセットされていたものはほとんどありません。全ての値、音符、タイミングは、毎回プレイする度に変わりました。ですから、僕たちがインスタレーションを「演奏」する度に、全く異なる内容になりました。 あなたのサウンド・パレットにある音源は、すっかりモジュレートされて原型を留めていないものばかりのようですが... この1〜2年ほど、僕はサンプルを元の音色が全く分からないほどディストーションとモジュレーションをかけるのが病みつきになっているんです。前のアルバムでは、多くのアカペラのカットアップを使用しましたが、まだ言葉が聴き取れる程度でした。今回は、もっととことんやっています。音楽というのは、聴く人それぞれに主観的な感想を持ちますよね?この考えが、僕を最も微細なサウンドや要素、コード進行に執着させるようになりました。僕は、音楽のミクロな要素にフォーカスするようになったんです。サウンドの粒子をモジュレートし、別のものに変化させる。半分以上の曲には、オリジナルのサンプルが含まれていません。オリジナルの音源は、女性がアコースティック・ギターをマイクで録音したものなどです。シンクされていない拍子や変な自然の環境音をリミックスする方が、よほどやりがいがありますからね。...

次のブラジル:リオとサンパウロの新たな音楽

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次のブラジル:リオとサンパウロの新たな音楽

Abletonのホームタウンであるベルリンでは、花火、歓声、祝杯の響きが通りに響き渡っています。ドイツが勝利の喜びに浸っているうちに、ワールドカップ2014開催国ブラジルに関連したシリーズ記事の最終回をお届けします。ブラジル音楽の歴史を紐解く記事、ブラジル音楽界の長老の一人ドゥドゥ・マローテのインタビューに続く今回は、Christinane Kakaireによる、プロデューサー・シーン最前線と21世紀のブラジルで音楽を情熱の対象とすることについてを考察する記事をお送りします。 上向きの経済、熱帯性の気候、カーニバル文化は、ブラジルを資金力のあるダンス・ミュージック業界になじみの良い環境にしています。「エコノミスト」と「フォーブス」の両誌は近年このテーマを特集し、毎年開催されるRio Music Conferenceの成長見通しとバルネアーリオ・カンボリウーのビーチ・リゾートとしての人気の高まりに数万~数百万ドルにも上る価値を付けるほどになっています。「ブラジルのイビザ」としても知られるこのエリアでは、WarungやGreen Valleyといった有名クラブにお祭り好きが集まり、VIPルームやボトル・サービスといったサービス提供が観光客だけでなく急速に拡大する中産階級層にも人気を博しつつあります。 ビッグ・ルームDJ文化はブラジルのナイトライフに確固とした基盤を築いていますが、その一方で、より複雑なストーリーが浮かび上がりつつあります。ブラジルのDIYエレクトロニック・ミュージックの輩出量は、チリ、メキシコ、アルゼンチンといった隣国のそれに匹敵するものです。不均衡、アクセシビリティの不存在、ブラジル音楽の歴史の重荷、現代のブラジルにおいて音楽で生計を立てるのに不可避な妥協といったテーマに取り組んでいるブラジル最注目の新進3組は、プロデューサーの視点からそれぞれの考察を語っています。 Carrot Green Carrot Green Carlos Gualdaはリオデジャネイロで注目を集めるプロデューサーのひとりですが、彼のキャリアを決定づけた2つの出来事は、どちらも彼を国外へと連れ出すものでした。まず1つ目は、大学を中退してロンドンで3年間にわたるオーディオ制作コース受講を選択したこと、そして2つ目は、ニューヨーク市で開催されたRed Bull Music Academy 2013に参加したことです。後者は、Molotov21レーベルからCarrot Green名義でリリースしたディスコの影響を感じさせる作品として昇華され、前者は、Gualdaが故郷リオのリソースに乏しい状況に大きな失意を感じるきっかけとなりました。「今はブラジルでもいくつかのコースが開講されていますが、特にこれといったものがありません。私が求めていたのは、音楽というものをしっかりと理解することでした。マイクについて、空気中での音の伝わり方について、また基本的な知識からシンセシスまで、音楽に関する事柄すべてをカバーするコースはひとつもありませんでした。当時、私にはレコーディングやシーケンスに関する知識がまったくありませんでした。イギリスに行って、こういった処理を自分で行っている人がたくさんいることを知りました。ロンドンですべてをまんべんなく理解することができ、より真剣に制作や個人的なプロジェクトに取り組むようになりました」 Carrot Green - “Itajam” ブラジルへの帰還後、Carrot Greenは、プロダクションを学ぶオンライン・チュートリアルに簡単にアクセスできることが、ベッドルーム・プロデューサーたちに影響を与え始めていることを実感します。よりハードウェアを多用したプロダクションで評価の高い彼は、DJギグの経験を重ね、商業に大きく偏ったリオのナイトライフ事情に批判的な評価を下し、その動きを止めることなく、次に打つ手に狙いを付けています。「サンパウロでもかなりの数をプレイしているのですが、この2つの都市を比べると、リオはずっと遅れています。「パーティはほとんどが"ディープ・ハウス"。でもオールド・スクールではありません。リオ独特の形態というものがあるんです」サンパウロへの移住を目前に控え、Gualdaは、ここ数年積み重ねてきたこの勢いを継続させる構えです。「世界中のさまざまな場所にいるたくさんの人々がコンタクトする時代になりました。より多くの人々が私の音楽を知ってくれるようになったのはすばらしいことです」 40% Foda / Maneirissimo Lucas de PaivaとGabriel Guerraは、数年前にプロダクション/レコーディング・スタジオで出会い、Guerraの友人でアーティストのCarmen Alvesと共にトリオを結成し、その後ほどなくして個性を発揮するようになります。2013年の初リリース(「Various Artists」サンプラー)から9枚目となる最新作(Guerrinha名義のEP「Educação Bentes」)まで、個性豊かな面々が印象的なこのレーベルですが、実はリリースのほとんどが主にレーベル・オーナー自身の作品となっています。その奇抜でローファイなクオリティと一風変わったフィルターを通したビンテージ・サウンドへの関心で、このレーベルはニューヨークのL.I.E.S.やオスロのSex Tags Maniaにもなぞらえられます。彼らが採る販売手法(パーソナライズされたCD-R)に加えて、これらすべては着実に集まりつつある彼らのカルト的人気の要因となっています。 40% Foda/Maneirissimo's debut release - 40FM001 リオを中心に活動するDe Paivaは、リオのナイトライフに関するCarrot Greenの意見に同調します。「ハードウェア・ジャムや、他とは違ったエレクトロニック・ミュージックを熱望する人々がいれば、ライブを開催するのも、クラブのブッキングにも問題はないはずです。しかし、ギグの多くは盛況とは言えません。ほとんどの人は、音楽の趣味とは関係ない部分で参加するパーティを選んでいます。これはソーシャル・ゲームなんです」De Paivaはまた、これまでのブラジルの音楽に固執するようにも見受けられる一般的な思考傾向の現在への影響の可能性も示唆しており、これについてGuerraはこう述べています。「かつてのヒーローたちはここでは単なる崇拝の対象ではなく、組織のようなものなのです。私たちはまったく異なるコンテキストで活動していますが、あたかも彼らの影響下にいるように感じられることがあります。これまでのブラジルのポピュラー音楽には、一般的なリスナーの感性を刺激するような余裕がありませんでした。エレクトロニック・ミュージックは論外です。私たちは、さまざまな要素を取り込んだ寄せ集め的な作品からすばらしいメッセージを得ることができると考えていますが、それには、未知のものを聞き入れようとするリスナーの態勢が整っていることが必要です。これまでのブラジル・ポピュラー音楽は、同じ音楽を別の意味で考えるという視点を提供してきませんでした」 ブラジルの経済的成長に関しても、彼らは、オンライン・テクノロジーの持つ民主的なパワーにをよそに、ブラジル社会の一部の過小評価を継続する硬直した社会構造が存在しているとの認識を示しています。その例として、彼らが属する結びつきの強いネットワーク(「白人中産階級」)と、裕福とは言えない地域出身の同業者の間にある分断を挙げています。これについて、Guerraはこう話しています。「ホシーニャ(Rocinha)の近くに住んでいます。ホシーニャはリオ最大のファヴェーラ(スラム)で、バイレファンキが盛んですが、ホシーニャ出身のバイレファンキ・プロデューサーで知っているのはわずか2人ほどです。これは私が不精なのではなく、社会の分断がまだまだ強く残っていることの証拠です。これは音楽やその他の芸術が対処できる範疇を大きく超えています。インターネットは、多くの人々が吹聴するような革命的な技術ではなく、単なる手段でしかないのです」 "Guerrinha -...

Rondenion: あたり前の情景に隠れて

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Rondenion: あたり前の情景に隠れて

Rondenionとして知られるHirofumi Gotoは、まだ謎の多い日本人プロデューサーです。2013年に初のアルバム『Luster Grand Hotel』を発表した頃から、少しずつ取材を受け始めましたが、それまで10年近くのキャリアがありながらも人前でのパフォーマンスやメディア露出はほとんどないまま、シカゴのStill Music、オランダのRush Hour、ドイツのYoreなどから発表したアナログの12インチを中心とした作品で、国内外のダンス・フロアを彩り、DJたちから評価を得てきました。彼が日本人であるということを知らないリスナーも、まだたくさんいるのではないでしょうか。 そのサウンドは、ラフな質感とソウルフルなグルーヴを併せ持った、MoodymannやTheo Parrishを彷彿とさせるディープ・ハウス。実は、意外にもJ-Popバンドを通してダンス・ミュージックに出会い、クラシックの音楽教育を受けてきたというバックグラウンドを持っています。現在はホームタウンである三重県を拠点に活動しているRondenionに、浅沼優子がその制作アプローチやインスピレーションについて東京で話を聞きました。 Rondenion - “Luster Grand Hotel” もともと正式なクラシック音楽の教育を受けていらっしゃるんですよね? そうですね。中学生のときからブラスバンド部に入っていて、ピアニストでもある顧問の先生に「君は音楽の才能がある。君には繊細なものを感じるので、サックスをやりなさい」と言われたんです。それで騙されたつもりでサックス専攻で、音楽高校に進学しました。 実際に専門的に学んでみて、手応えはどうだったんですか? 正直に言うと、少し自分の求めていたものとは違うと思いました。実は、僕の音楽的初期衝動は、幼少のときに聴いたTM Networkなんです。それで初めてシンセ・サウンドに触れて音楽を面白いと思ったので、単旋律を演奏することよりも、楽曲全体を作りたいという気持ちがあった。 中学校のブラスバンド部の友達にエレクトーンをやっている子がいたのと、顧問の先生もシンセサイザーを使う人で、学校にYamaha SY 85が置いてあったんです。それに触れてみたところ、「僕がやりたかったのはこれだよ!」と思って。使い方を教えてもらいました。その友達とバンドを始めて、だんだんとサックスに対する興味は薄れていきました。でも、僕が住んでいた三重県では、まだサックスが上手い方だったので、サックス専攻で東京の音楽大学にも進学するんですが、自分で曲を作る方に興味が移っていましたね。あとはデモテープを作って、レーベルに送っていました。その数ヶ月後にFrogman Recordsからリリースが決まりました。 Texhnolyze Soundtrack - “Spleen” (Hirofumi Goto Mix) この頃は何を使って曲を作っていたんですか? YamahaのA3000というサンプラー、KORGのD8というMTRを主に使っていました。サンプル・ベースの曲作りです。自分で演奏したものと、他のソースからのサンプルと、両方を使っていました。 TM Networkというと、シンセ・ポップのグループですが、どうしてそのようないわばヒップホップ的な手法を採るようになったんですか? 確かにTM Networkはポップスなんですが、その後期はいわゆる四つ打ちのダンス・ビートになっていったんですよ。それがダンス・ミュージックに興味を持ったきっかけではありましたが、同じ頃808 Stateとか、あとYMOのダンス・リミックス盤が出ていて、ハウス/テクノを知りました。しばらくは打ち込みでそういうトラックを作ったりもしていたんですが、その後ヒップホップを聴いて、「これどうやって作っているんだろう?」という風にサンプリング・ミュージックに出会ったんです。確かに、打ち込みだけではこの感じは出ないもんな、と分かった。それで、やっと自分のやりたいと思っていた音楽が作れるようになりました。 初期のHirofumi Gotoという本名から、Rondenionという名義に変えてシカゴのStill MusicからEPをリリースされていますよね。名義を変えたこと、海外のレーベルにアプローチしたことにはどんな理由があるんですか? 当時Frogmanは規模が縮小していて、かといって他に日本には他にあまりレーベルがなかった。必然的に海外へ目を向けざるを得なかったんです。それに、ハウス・ミュージックの世界でいうと、日本のレーベルから発信してスターになっている人はほぼいない。ですから、自分が気になっていたいくつかのレーベルにデモを送りました。 海外でのリリースだと、自分の目では見えないのでインターネットで検索出来ないとマズイと思って新しい名義を考えました。Hirofumi Gotoだと、どこかの会社の社長とか出て来ちゃうんで(笑)、インターネット上で自分の動きが追える名前にしようと思って。Rondenionで検索したら、一件もヒットしなかったんです。これが2003年頃ですけど、Rondenionという名前を決めてからは、対象はもう海外のレーベルに絞っていましたね。 Rondenion - “Shake Dance” 名前からでは日本人だということすら分かりません。レコードが逆輸入されて日本でも人気が出たと言えますよね? 日本でも日本人だということは知られていなかったですから。音を聴いても多分分からないですし。それも面白いと思っていました。日本では、日本人だと聴いてもらえないところがあるんです。レコード屋でも、「日本人コーナー」に入れられてしまう。それが嫌だった。だから、日本人だと分からない名前にした方がいいだろうという狙いもありました。 私は今もサンプラー中心に曲作りをしているのかと思っていたんですが、実はほとんどソフトウエアで作っているというのを聞いて、それも驚きました。現在のスタジオ・セッティングを教えてもらえますか? LiveとCubaseの併用ですね。まずLiveを使ってラフなループをまとめます。それでいいビートが出来上がったら、全体の構成を組むのにCubaseに移すというのが今の基本的なやり方ですね。Liveだけで作ることもありますけど。何かCubase特有の機能を使っているというわけではく、編集が楽だというだけですね。...