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Stavros Gasparatosがピアノの内部に誘う

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Stavros Gasparatosがピアノの内部に誘う

プリペアドピアノは、他とは異なる思考と既存のテクノロジーの再構成が音楽をいかに変化させるかを示す好例です。20世紀中頃、ジョン・ケージやヘンリー・カウエルといった作曲家たちは、ピアノの弦の間に段ボール、金属、手などを挟み、魅惑的なパーカッシブ・トーンをトリガーするマシンを生み出しました。これらのサウンドは、コンサート・ホールよりも、産業を思わせるものでした。突如として、ピアノの物理的属性が、あらかじめ用意された鍵盤のハーモニーを巧妙にかわし、空間と反響を扱うまったく新しい種類の音楽を導くものとなったのです。テクスチャを生み出すプリペアドピアノの強烈な可能性は今日まで成果をもたらし続けており、特に、21世紀のテクノロジーの可能性によりその発展性はますます補完されています。Stavros Gasparatosの『Expanded Piano』プロジェクトは、まさにその典型例です。ギリシャ人のGasparatosは、Max/MSP、Live、2段の24チャンネル・スピーカー・アレイを使用し、オーディエンスをこのピアノの内部に誘うプリペアドピアノ作品を作り上げています。下からビデオをご覧ください。ヘッドフォンの使用を強くおすすめします。 『Expanded Piano』の一作品を演奏するStavros Gasparatos 前世紀のアヴァンギャルドな先駆者たちとは異なり、Gasparatosはピアノに異物を取り付ける(「プリパレーションを施す」)ことはしません。微調整された多数のマイクでピアノの多種多様なニュアンスをキャプチャし、コンピューターへと伝送してあらかじめ準備されたサウンドをトリガーし、ライブ・ピアノを同時に処理しています。コンタクト・マイクは、ピアノ内部からのインパルスレスポンスをキャプチャし、その結果を基に周波数フィルターを作成します。各フィルターは、24のスピーカー・チャンネルのいずれかを変化させ、各スピーカーがピアノ内部の特定のポイントを増幅し、オーディエンスに向かって投射されるようにします。 『Expanded Piano』の目標とセットアップについて詳細を説明するStavros Gasparatos 『Expanded Piano』は、Ad Noiseamからリリースされています。 Stavros Gasparatosについて詳しくは、ウェブサイトをご覧ください。

バークリーのMichael Bierylo、カリキュラム・デザインについて語る

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バークリーのMichael Bierylo、カリキュラム・デザインについて語る

音楽と音楽技術の発展にあわせて、音楽と音楽関連学科を教える機関も進化を遂げてきました。しかし、学界における発展のペースは、「リアルな」世界の変化に後れを取りがちです。音楽院や音楽学校は、その方法論やコンセプトを、技術的に可能となった音楽制作の新たな現実に不承不承に適合させるに留まっています。この傾向に断固として抵抗する教育機関のひとつが、バークリー音楽大学の エレクトロニック・プロダクション・デザイン(EPD)学科です。熟練の教育者でありミュージシャンの Michael Bieryloが率いるEPDプログラムでは、パフォーマンス、作曲、オーケストレーション技術の習得がコンピューター、シンセシス、マルチメディア技術に組み合わせられています。今日の学生向けのカリキュラム・デザインにおける課題、教育と音楽の枠組みの変化のまっただ中で方向性を保つことについて、Michael Bieryloに話を聞きました。ラップトップが楽器としてある程度の市民権を得るようになりましたが、この変化はバークリーのEPDプログラムにどのような影響を与えていますか?ラップトップを楽器として捉える考えはバークレーでも非常にホットな話題となっており、それがどんなことを意味するのか、定義を試みているところです。教育機関という枠組みで言えば、実質問題として、たとえばラップトップ・ミュージシャンの実技審査をどうするのか、というようなことになります。技能をどのように評価するのか、またどのように熟練度を高めるのか?課題曲は何になるのか?といったことです。ただ、ラップトップをピアノやバイオリンといったより伝統的な楽器のように考えると、うまく整合しません。結局のところ、何が楽器なのかという認識を新たにする必要がありますが、意味論の堂々巡りとなりかねません。私は、いくつかの基本的な考えにたどり着くに至りました。- コンピューターは、音楽を学び、新しい音楽のアイデアを発展させるツールとして、ピアノに代わる標準となりつつある。あらゆる音が音楽となり得るというアイデアを考察する場合、もはやピアノは、音楽における標準点としての期待に応えるものでない。- コンピューター単体では楽器と成り得ない。ソフトウェアとハードウェア・コントローラーにより、楽器と成り得るシステムを形成することができる。コンピューターは、非常に汎用な装置で、楽器を組み立てるプラットフォームとして機能する。- 楽器のデザインは、パフォーマンスの一部である。誰もが独自のシステムをデザインするため、個々のパフォーマーと一緒に新たな学習手法が発展する。ある意味、特定の練習曲を弾けるようになるようギターを練習するというより、作曲家/演奏者が想像するサウンドや表現行為を生成する楽器をデザインするようなものである。EPDは1980年代後半からバークリーで開講されていますが、当時はミュージック・シンセシス科という名前でした。バークリーはおそらく、電子楽器にフォーカスを当てた専攻を提供した初の音楽大学です。よりトラディショナルな楽器や作曲に対する学生の興味が高まっていると感じますか?コンピューターを楽器として学ぶことは、伝統的な楽器を習得したミュージシャンにとって、概して音と音楽をより深く学ぶことの助けになると思いますか?通常、従来の楽器を学んだ学生は、コンピューターでの音楽制作経験もある程度ありますが、本人たちには技術に詳しいとの自覚はないようです。音楽について学ぶ目的での学生たちのテクノロジーへの関わりには3段階あると思います。バークリーの学生がラップトップを使用し始めたとき、まず彼らは音楽をPDFで読むのに使用し始めました。どの合奏室にも、リード・シートが表示されたラップトップが置かれています。YouTubeで練習したい曲を検索すれば、どんな種類の曲も見つけることができます。多くの場合、演奏方法を教授するレッスンさえあるのです。そういう意味で、コンピューターは、主な伝統的楽器でのより豊かな体験を学生たちに提供していると思います。これは、テクノロジーを日々の学習に使用している他の分野とほとんど変わりません。学生たちは、エレクトロニックであろうとアコースティックであろうと、自分たちの作りたい音楽を制作する手段においてコンピューターが大きな役割を果たすということをより意識するようになるにつれ、制作プロセスを意識するようになりました。バークリーの学生にとって、「チーム論文」が曲であることはよくあることです。自らの音楽アイデアを制作することができる能力は、そのアイデアを共有し、コミュニケートするために不可欠です。 制作は繊細かつ洗練された作曲プロセスの一部であり、私たちはこの進化を評価し、興味深く見守っています。ピアノのレッスンでLFOをテンポに同期させる方法を学ぶことはありませんが、今日の音楽制作において、これは不可欠なスキルです。伝統的編曲においては、ロー・インターバル・リミットといって、この限界を超えると音の濁りが生じるという考えがあります。制作では、低音域において特定の音のまとまりでなぜサウンドが「濁る」のかについて議論します。サウンドと制作に関する知識を必要とするいろいろなアイデアや異なるアプローチについて話し合うのです。エレクトロニック・サウンドと音楽のアイデアを信奉する学生には、より深いレベルへと到達する者がいます。音楽表現のひとつであり、制作に特殊な技術スキルが必要とされる、エレクトロニックならではの音楽テクニックや効果―ウォブル、ドロップなど―には、ありとあらゆる種類があります。ピアノのレッスンでLFOをテンポに同期させる方法を学ぶことはありませんが、今日の音楽制作において、これは不可欠なスキルです。つまり、あらゆる種類の音楽装置が楽器の一部となり、サウンドとテクノロジーの深い理解が、単に技術エリートにとってだけでなく、より一般的なミュージシャンにとっても重要なものとなったのです。音楽教育の多くはメロディ、ハーモニー、リズムに焦点を置いていますが、形態の要素は、以前よりも重要な部分となっています。西洋音楽の伝統はメロディやハーモニーに、アフロカリビアンはリズムに焦点を置いていますが、現在のDJカルチャーや音楽は形態を扱っています。作曲家は一般的にリスナーを導く音楽体験を作り出しますが、DJはオーディエンスに呼応して音楽体験を作り出します。これは教えるのが困難ですが、現在の音楽において重要な部分です。独自の楽器を作り上げることは、作曲やパフォーマンスについて独自の思考を構築する上で重要な進化だと思います。楽器構築のプロセスについて、どのようなガイダンスと教授を行っていますか?また、そこからどのような結果が生まれていますか? ひとつ覚えておいていただきたいのは、私が持つ印象は必ずしもバークリーの主要カリキュラムの一部とは限らない点です。楽器の構築には、サウンド・デザインの要素と、インタラクティブなパフォーマンスの要素があります。サウンド・デザインでは、音楽的機能について、音楽におけるサウンドの機能について議論します。この議論は、メロディ、ベース、伴奏という伝統的な概念を中心に展開することも、リズム単位で音色が変化するサウンドについてなど抽象的な機能を中心に展開することもあります。EPD学科は30年前にミュージック・シンセシス科としてスタートしましたが、シンセサイザーの研究に学位を与えた世界初のプログラムでした。私たちは、シンセサイザー・パッチをデザインすることは、楽器をデザインすることと同じだと考えています。ある意味、楽器をミクロ・レベルで考えた、多数あるさまざまな組み合わせのひとつです。ラップトップを使用する場合、それだけではなく、マクロ・レベルでの合奏デザインも行えます。ひとつのサウンドをコントロールするに留まらず、ピッチ、音色、ラウドネス、リズムなどサウンド間の相互作用をあらゆるレベルにおいてコントロールします。デザインする楽器が汎用なもの、つまりさまざまな場において機能するツールなのか、または特定な目的を持つもの、つまり特定の作品やイベントに対してデザインされたものなのか、という問題もあります。モジュラー・シンセ・システムでは、通常、特定のパフォーマンスに対してパッチをデザインします。ラップトップ楽器では、さまざまなパフォーマンスに対して機能するテンプレートをデザインすることができます。それぞれ、デザインを考える上で異なるアプローチが必要となります。作曲家は一般的にリスナーを導く音楽体験を作り出しますが、DJはオーディエンスに呼応して音楽体験を作り出します。これは教えるのが困難ですが、現在の音楽において重要な部分です。先ほど、「もはやピアノは、音楽における標準点としての期待に応えるものでない」とのお話がありましたが、音楽教育機関はこの変化にどのように対応していますか?また、教育機関がこのパラダイム・シフトに後れを取っているとするならば、どのような問題があるでしょうか?音楽についての偏狭な理解を吹き込むというリスクを冒しているのでしょうか?こういったことの多くは、個々の機関の展望に関係があります。音楽学校や教育機関には、教育の評価基準として機能する合意規範があります。この規範が発展する可能性はありますが、その速度はゆっくりです。研究機関は新しいアイデアを発展させることができますが、こういった機関で教えられるのは、通常、研究の手法に関することです。音楽関連技術の博士号取得者で教職のポジションを探している者はたくさんいますが、履歴書に書かれている経歴は論文やカンファレンスでの演奏がほとんどで、商業リリースに関するものはありません。つまり、ミュージシャンが実際に行っていること、この分野において研究されていること、そして規範との間にはギャップがあります。これはあらゆる教育が直面している構造的問題ですが、分野によって状況は多少異なります。医学やビジネスの分野では、これらのギャップを埋めることは生き残りのために不可欠です。アートの分野ではそうとは限りませんが、教育コストが飛躍的に高騰する中、ほとんどのアート系教育機関にとってもこの重要性は高まるでしょう。バークリーは、その時々の音楽を通じて音楽を教授するというアイデアに基づいて設立されましたが、実際には、それは口で言うほど簡単なことではありません。バークリーでエレクトリック・ベースが専攻楽器として認められるのに、25年かかりました。(ジュリアードや他の音楽機関ほどではないにしろ)ターンテーブルのコースを設立するのにも、25年かかっています。それを考慮すれば、ラップトップやモバイル機器が楽器としてある程度認められるには、2025年を待たないといけない計算になります。もちろん、急いではいますが…。ここで示唆されている問題や議論は、EPD学科で私たちが積極的に考察を行っている部分であり、私たちが学生に提供すべきと考える教えを明確に示すものとなっています。重要な問いがここには含まれているのです。 バークリーのEPD学科についてさらに詳しく

Jace Clayton:グローバル・シチズン

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Jace Clayton:グローバル・シチズン

DJ /rupture名義で知られるJace Claytonは、多方面にわたり意欲的に活動するミュージシャンで、それぞれ独自の環境におけるサウンドの働きに鋭い耳を持っています。彼の作品は洗練度が際立っており、2001年に彼が制作しオンライン・リリースしたDJミックス『Gold Teeth Thief』で初めて披露された型破りなサウンド・ミックスが特徴的です。プレイリストにはその先見の明が表れており、ミッシー・エリオット、中東音楽、ドラムンベース、レゲエとジャンルを超えた混成の組み合わせで、しばしばすべてが同時にプレイされます。このようなスタイルが標準となり、オンラインDJミックスがありふれたものとなる前に発表された『Gold Teeth Thief』は大きな衝撃を与え、その影響は未だに消えていません。ClaytonはDJ /ruptureとして制作を続けていますが、他の活動も行っています。雑誌や専門誌のライターとしても成功を収めており、来年には新刊が出版される予定です。ライブ・バンドNettleへの参加のほか、本人名義でアヴァンギャルドな前衛作曲家Julius Eastmanのトリビュート・アルバムも制作しています。また、独特なサウンドを収録したプラグインを無償でオンライン提供するプロジェクトSufi Plug-Insでソフトウェアも作成しています。ニューヨーク・アッパーマンハッタンの自宅で、多岐にわたる活動とそれらの相互のつながりについてClaytonに話を聞きました。『Gold Teeth Thief』制作時のプロセスが、現在のミックス制作方法と比べてどのようなものだったか、お聞かせいただけますか?面白いことに、技術的なプロセスはそう違っていません。基本はミックスを生で録音する、それだけです。ツーテイクで終わらせて、MiniDiscに録音しました。Seratoやその他の機材を導入する前だったので、レコードと、CDの数トラックだけでした。カルチャー面からみると、かなり大きく変わったと思います。私のミックス手法は当時ほとんどの人にとって非常に新しいものでした。ある意味、今の私がここにいるのは、その手法があっという間に拡散したからです。あの種のつなぎやジャンプ、重ね合わせは、今やDJイングにおける主流のアプローチとなりました。また、当時はミックスを行う方が道理にかなっていました。DJミックスがオンラインにそれほど存在していませんでしたから。口コミが広がって、膨大な数の『Gold Teeth Thief』がダウンロードされたわけですが、実のところ、当時マドリッドに住んでいたので遠くの友人にも聞いてもらいたいと思い、CDを作成してある友人に送り、CDから作品をリッピングしてウェブのどこかに乗せて欲しいと頼んだのがきっかけだったのです。あらゆるものへのアクセスがオープンになり、ジャンル間の境界が曖昧になったことで、このような混成スタイルは衰退したと思いますか?はい。状況は変わりましたが、どのように変わったかをはっきり言うのは難しいですね。人々は同じ空間を共有することに慣れています。人々が一緒に作業を始めるとき、彼らの頭にどういう思いが巡っているのか、またどうやってそれぞれのポジショニングを行うのか、いったいどんなことを考えているのか、私はそこに興味がわくのです。すべてがそこにあるとき、次のステップとなるのはいったい何なのだろう?と。執筆中の新刊はどのような内容ですか?おおまかに「21世紀の音楽とグローバル・デジタル・カルチャー」についてと説明されていますが。タイトルはまだ決まっていませんし、タイトルも付いていないものについてあまり詳しく話すのもどうかと思うのですが、2016年7月に出版される予定です。ここ15~20年についての技術的変化(MP3、安価なラップトップ、ストリーミング視聴)と、この新しい状況を巧みに利用してこれまでにない方法で音楽を作成、実験、共有している人々について書こうと思っています。自分の経験と旅をインスピレーションにするつもりです。草の根的な技術に非常に興味を持っていて、グローバルな草の根的視点で書いています。これは学術書ではありません。新たな視点や思考を提供する文学作品のように読んでもらえればいいなと思っています。取り上げた事柄のひとつに、ベイルートのパレスチナ難民キャンプでの体験があります。政治的な意図があったわけではありません。ベイルートでライブがあったのです。本全体のアプローチもこのような感じで、変化がどのように感じられるのかを、単に技術的観点からだけではなく考察しています。この種のテーマを扱った本のほとんどは業界に焦点を合わせたもので、金の行方や、ストリーミングとは何か、といったことばかりです。こういったディベートのほとんどは、私にとって非常に退屈でつまらないものです。Sufi Plug-Insプロジェクトは、広範な世界を取り上げるという興味深い内容となっています。このプロジェクトはどのようにスタートしたのですか?スペインに6年間住んでいたのですが、その間にモロッコ人のバイオリニストAbdel Rahalといろいろな活動を行いました。彼は私のバンド・プロジェクトNettleに参加していたのです。モロッコ音楽の長年のファンだったこともあり、非常に興味深い体験だったのですが、あるとき、スペインに住んでいるのであれば、モロッコ人ミュージシャンと実際に仕事をし、さらに踏みこんだ活動を行うことも可能だと思いついたのです。セッションを初めてすぐ、音階に違いがあることが分かりました。彼はあらゆる種類の4分音のアラブの音階に違和感を感じることがありませんが、シンセやその他の機材はそうはいきません。美しくしなやかなモロッコ音楽のポリリズムについても同じで、コンピューターのシーケンサーは4/4、6/8などかっちりとした時間アプローチを取るよう作られており、ポリリズムが考慮されていないのです。また、逆でも同じ現象が起きました。制作中だったヒップホップのビートに合わせて演奏するようAbdelに頼んでプレイしてもらったとき、彼にはまったく異なる聞こえ方をしていたことが分かったのです。彼は、存在しない複雑なものを「聞き取」っていました。「ああ、この世にはまったく異なる面白い世界があるのだな」と思いました。Sufi Plug-Ins誕生のいきさつについてお聞かせください。Abdelと制作に摩擦を生み出して、アコースティック/エレクトロニック・サウンドをよりタイトに結び付けるものになればと考えました。つくづく、非西洋的観点から生まれたツールが少ないと感じていました。はじめは、パフォーマンスに使用できるツールを作成するのが目的でした。しかし、無償提供というのも悪くないと思いました。購入するとなると、人は「これは一体何なんだ?」「これを手に入れてどうする?」「カスタマー・サポートはどうなってる?」といったことを考えがちですが、無償にすれば、それは芸術作品のような存在になると考えたのです。美しい原ティフィナグ文字―2,000年も前の文字です―を使用して、スーフィー(イスラム神秘主義)の詩を説明のないまま表示させれば、興味深いインターフェースが作成できるな、と思いました。ユーザーにリアルな体験を提供したいと考えたのです。 マカーム・シンセサイザーBayati インターフェースにはスーフィーの詩が使用されていますが、これらの詩はどのようにして集めたのですか?もともと、詩の断片を集めていました。スーフィーの詩は膨大な数が残されています。プラグインでは、(カーソルで)マウスオーバーできるすべての要素で、ポップアップとして詩が表示されます。概してソフトウェアはどれも堅苦しく、すべてが灰色で、直線的です。ボリューム・フェーダーにマウスオーバーすると、「ボリューム」と表示されるのが常です。そこで私は、マウスオーバー時に何か別のものを表示させようと考えました。詩集からランダムに組み合わせたり、オンライン検索した言葉を使用しています。ルーミーは最も有名なスーフィー詩人ですが、400年にわたって英語に訳されてきたこともあり、その作品にはさまざまなバージョンが存在します。韻を踏むものもあれば、神について語ったものもあり、また全く非宗教的なものもあります。ペルシア語から英語への翻訳にはさまざまなバリエーションがあり、面白いです。 The Palmasハンドクラップ・ドラムマシン Sufi Plug-Insはさまざまなソフトウェア環境で動作しますが、開発時にLiveを想定していましたか?これも面白いんです。このプロジェクトに本格的に取りかかったのは、Max for LiveとしてMaxMSPがLiveに組み込まれてからでした。Maxは非常に興味深いプログラミング環境です。証券取引所からリアルタイム・データを取り込み、特定の音楽情報に変換するプラグインを作成したことがあります。Maxでは、こういったことが比較的簡単にできるのです。プログラミング知識は必要ですが、データをサウンドにマニピュレートするといった非常に変わったことを行うのに適しています。ただ、かなり扱いにくいのも事実です。アプリケーションを開いても、表示されるのはボックスや線ばかりで、ユーザーフレンドリーとは言えません。MaxがLiveに組み込まれたことで、オブジェクトをMaxで作成していた人たちにオブジェクトのケースが与えられることとなり、Maxはユーザーフレンドリーなプログラムになったのです。他にはLiveをどのように使用していますか?Liveは制作環境として使用しています。参加しているバンドのNettleでは、ライブ用のメイン・ツールとして使用しています。Julius Eastman Memorial Dinner(ニューヨークを拠点に活動していたアヴァンギャルド作曲家、故Julius Eastmanのトリビュート・アルバム『The Julius Eastman Memory Depot』のパフォーマンス・ショー)では、Liveを使用してライブ・プロセッシングを行いました。以前、音楽ソフトウェアのほとんどがアメリカとドイツで開発されていることについて語っていらっしゃいましたね。ソフトウェア使用の多くは私的なもので、海賊版も少なくありません。エジプトやボリビアでは、英語が一言も分からない子供たちが、Fruity Loopsでのビート作成方法を説明したビデオを観ながら、ソフトウェアの使用方法をなんとか理解しようと四苦八苦しています。文化的関連性のある新しいサウンドを中東やアフリカにもたらすことへの逸話としてSufi Plug-Insを説明されていましたね。それらのサウンドをその他の地域にも導きたいとお考えですか?アートとしての音楽ソフトウェアですから、非常に限定的な方法で非常に限定的な体験をユーザーに求めるものです。ただ、それをできるだけ広範囲に広めるというアイデアには好感を持っています。可能性の空間が広がるということです。ソフトウェアは、より高い立場にあるメーカーからより低い立場のユーザーにもたらされ、ユーザーはやりたいことを実現するため四苦八苦しなくてはならないといった存在である必要はありません。もちろん、そういった環境にも創造の可能性は広がっていますし、一概にはいえないのですが、クリエイティブなデジタル・ツールが局地的側面を有する、そんな世界を見てみたいと思うのです。楽器について言えば、どこへ行っても、さまざまな楽器がさまざまな方法で使用されています。一方、ソフトウェアには五指に余るほどのプラットフォームしかありません。膨大な量のクリエイティブなエネルギーと表現方法が、ほんの小さな蛇口に注がれている状態なのです。このプラグインが人気を得ているのは、これらが非常に独特で、他のすべての製品と異なっているからです。これをインスピレーションと捉えていただいているのならうれしいですね。 DJ /ruptureことJace Claytonは、Abletonによるミュージック・メイカーのためのサミットLoopに参加します。Jace Claytonの最新情報については、Jace Claytonのブログをご覧ください。Sufi Plug-Insを無償ダウンロードDJ/rupture名義でのJace Claytonのミックスの多くは無償ダウンロードとして入手可能です。

Battles:The Art of Repetition

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Battles:The Art of Repetition

ニューヨーク・シティをベースに活動するトリオBattlesは、これまでに2枚のアルバムと多数のEPをリリースし、その過程において複雑で推進力に満ちた音楽はますます洗練度を高め、その精度は羨望のレベルに到達しています。近々リリースとなるアルバム『La Di Da Di』はこのプロセスの延長となるもので、バンドはこれを「反復のモノリスがキノコのように増殖し…一定に留まることを拒否する、ほとんど無限のループのオーガニックなテクノ・スラム」と説明しています。 美しい詩のように私たちの耳に響くこの言葉。Battlesのミニドキュメンタリー『The Art of Repetition』をご紹介できることに、私たちも興奮を隠せません。ビデオでは、トリオのリハーサル・スペースを訪問し、新アルバムのトラック制作を行っているロードアイランドのスタジオや、強烈なライブ・パフォーマンスを魅せるドイツでのステージに同行しています。その中で、バンドのセットアップ、ユニークな作曲メソッド、そしてなによりも、バンドを前進させるそれぞれのメンバーの強い個性を細部までうかがい知ることができました。まずは『The Art of Repetition』をご覧いただき、その後バンドのギタリスト、キーボーディスト、PushプレーヤーであるIan Williamsのインタビューをお読みください。Ian Williams、ループについて語るループ・テクニックはもう長いこと使用されているのですか? 前のバンド、Don Caballeroにいた頃にループ・テクニックを使用し始めました。バンドにはギタリストが2名いたのですが、残りのメンバーがバンドを辞めてしまって、「予定に入っているギグ、どうしよう…」ということになって。そのときAkai Headrushのことを知って―98年くらいだったと思いますが―それがきっかけでした。2002年にBattlesを始めたときも、ループを使った試みを続けていました。元のアイデアは、初期のEPを聴くと分かるのですが、ループを使ってよりシンプルな形に分断するという手法で、ババババという短音をつま弾くようなサウンドをたくさん使用しており、ビッグで劇的な複雑さはありませんでした。それがJohn Stanierの演奏するドラム―いくらかミニマルでクリスプな演奏―にマッチしていました。Ableton Liveを使用するようになったのはその後です。私にとって、それは私がやろうとしていたことの延長にある、ロジカルな選択でした。 Battlesの1994年のEP C『ras 2』 とはいえ、あなたのサウンドは時としてかなり複雑です。結果にご自身が驚くということはよくあるのでしょうか?創作のプロセスを不可解なものにする一種の能力のようなものを楽しんでいます。ソフトウェアでは、新しいプラグインに出会い、チェーンに加えることで、プロセスにランダムな要素を加えることができ、先が読めなくなります。また、Pushでは、異なるスケールを選択したり、キーを固定にするかしないかなどさまざまな要素を選択できます。思いがけず不慣れで新しい状況に出くわすことで、再発見することができます。ペダルから離れてAbleton Liveに移行した理由は、Liveならある意味ペダルづくし、ペダルまみれになることができるからです。デジタル領域なので、次から次へとループし続けることができ、非常にたくさんのバリエーションを作成することができます。特に気に入っているループ・テクニックはありますか?サンプルをリサンプリングして独創性を出すのが好きです。たとえば、1つのオーディオ・ループを3つのトラック上で3つのクリップ・スロットにリレコーディングして、この3つのクリップ・スロット内でスタート・ポイントから再生できます。これが気に入っていて、この手法でたくさんのループを作成しています。まるでDJがビートジャグリングを行っているように聞こえますが、実はスピーカーをオン/オフするトリックと同じに過ぎません。3つのループ間(3つのトラック上にあるのはまったく同じサンプルです)を行き来して、そのスタート・ポイントが少しだけずれていると、すごくクールなダンス・リズムが生まれます。こうやってどんどん進めていくわけです。そしてさらに無数のプラグインを加えることができる。ライブで手持ちのクリップにこのテクニックを使用してみることをおすすめします。テクノロジーがバンドで中心的な役割を果たしていることにより生じる問題はありますか?テクノロジーが問題を生むことも、確かにあります。90年代にバンドで演奏を始めた頃、ツアーに出ていることが多くて、毎晩メンバーと過ごしていましたが、当時は新しい機材やコンピューターなどが氾濫する前で、いつもギター、ベース、ドラムの毎回単調なステージに飽きを感じ始めていました。ですから、テクノロジーがこうやって刺激を与えてくれて、私たちを新しい状況に置いてくれたのはうれしいことです。ただし、同時に孤立化も進みました。誰しも経験があると思います。クールなサウンドで先進的な音楽を聴こうとライブに行くと、ステージにはラップトップと1名のアーティストだけで、これなら家にいてステレオで音楽聴いていれば良かったな、と思ったことが。つまりテクノロジーには長所と短所がありますが、今の課題はあの親近感をどうにかして取り戻すことだと思います。これこそ、私たち皆が取り組んでいる問題です。 Battlesについて詳しくは、FacebookおよびWarp Recordsをご覧ください。Battlesライブについては、ツアー日程をご覧ください。

Electric Indigo:ジャンルを超えたサウンド

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Electric Indigo:ジャンルを超えたサウンド

「これはジャンルについてだけではなく、世代についてでもあります」Susanne Kirchmayrは、Heroines of Sound Festivalについてこう語っています。「そして、それはより重要な意味をもつのです」Electric Indigo名義によるDJと制作で知られるKirchmayrは、エレクトロニック・ミュージックの試行の最先端にいる女性による革新を讃えるイベントの重要性について見解を述べるにぴったりの人物です。ベルリンとイスタンブールで開催されたこれまでのフェスティバルでパフォーマンスを披露し、3回目となる今回のフェスティバルのラインナップにもその名を連ねています。そのコメントは、Kirchmayr自身にも当てはまるものです。ウィーンのエレクトロニック・ミュージック・シーンを1980年代後半から牽引してきたKirchmayrは、ヒップホップやファンク、さまざまなカラーのテクノ、実験的なエレクトロニック・ミュージック、最先端のサウンド・アートとさまざまなジャンルを通過してきました。クラブやフェスティバルの招聘アーティストの常連であり、またサウンド・デザインにおける時空間的操作を探求する作曲プロジェクトや学際分野に携わるほか、デジタル・ネットワークおよび支援プラットフォームfemale:pressureの創設者でもあります。Heroines of Soundで最新作『109.47』を発表するKirchmayrに、グラニュラー・シンセシスの綿密なプロセスの詳細、彼女の長いキャリアがひとつの連続したつながりの一部であると説明するその理由について話を聞きました。Heroines of Sound 2014では『Morpheme』のパフォーマンスを披露されましたが、これは哲学者セイディー・プラントのスピーチのサンプルが核となっています。『109.47』にも同様に生まれたサウンドが使用されているのでしょうか?はい、ベーシックな素材として2つのソースを使用しています。ひとつはバロックオルガンで、手動でストップを半分だけ引き出してあるので息をするときのような音になっています。ストップが中途半端な状態にされているので、時折すっかり引き出されたり押し込まれたりされることがあり、それが作品内にクリックノイズとして現れています。もうひとつは、いろいろな物体を使用して、グランドピアノの木の部分や弦の部分を叩いた音です。これらのサウンド・ソースはどちらも非常にトラディショナルな音ですが、これをコンテンポラリなものに変化させるというのがアイデアにありました。作品作りに使用したツールは何ですか?Robert Henkeの Granulator IIと、Michael Norrisの SoundMagic Spectral、特にGrain Streamerと呼ばれるデバイスです。また、Spectral FreezingとSpectral DroneMakerも使用しました。『109.47』の抜粋の0:40~1:20部分では波の音のようなアンビエントが消えていきます。この部分がどのように生まれたかについて、少し詳しくお聞かせください。この作品はピアノ弦をピチカートでつま弾いた音を加工したサウンドから作成し、その後同じファイルを2種類の方法でグラニュラー加工しました。比較的グレインサイズが大きいので、スキャン設定をかなり極端な値にしても、サウンドの元のテクスチャが識別できます。サンプル全体は22秒で、グレインセクションはサンプルを+3000%でスキャンします。これだけですでにかなり特徴的になりますが、このサウンドに最も特徴的な効果はスペクトルをフリーズすることで、これでとげとげしい風変わりなサウンドになります。ここは、この作品のデモを聴かせた人たちの反応が一番よかったパートです。マルチチャンネル・サラウンド設定を試行錯誤したことで、このパートよりも、深海のようなドローン・サウンドの方がよりイマーシブになりました。オーディエンスやこの作品に対する理想的な設定や空間について何か具体的なアイデアはありますか?マルチチャンネル作品にはもちろん最適なリスニング・ポジションというものがあるので、コンサートを最高に楽しめるよう、できる限り自分がスイートスポットにいられるようにしています(笑)。真面目な話、ほとんどの場合オーディエンスのほとんどに空間的体験を提供できるようなセットアップを構築できています。サウンドの動きというより、大きく広がる空間を感じることができると思います。じっくり聴き入るタイプの作品なので、オーディエンスから大きな反応を得るということはあまりないのですが、パフォーマーとして、オーディエンスが夢中になっているかどうかは分かります。姿勢や、アイコンタクト、身振りなどで、オーディエンスが興味を持っているのか、魅力を感じているのかどうかが判別できるのです。ボディ・ランゲージから手がかりを得るというところに、DJイングと似ているところがありますね。ダンスフロアが満杯で大声を上げていれば、ずっと簡単に分かりますよね(笑)。これまでのすべてのプロジェクトの共存についてはどのようにお考えですか?すべて同じ分野に属するものだと思います。DJイングとまったく違ったものに感じられるかもしれませんが、私がDJイングで気に入っていたのはドラムンベースでしたから。最近はリズミカルでない音楽も作りますが、サウンドへの愛ははじめから変わっていません。テクノ・ミュージシャンの多くにも同じことが言えると思います。彼らはソングライターというよりもサウンド・デザイナーなのです。特定のサウンドをどのようにして実現するか、スペクトルと空間または空間とタイムラインの両方においてどのサウンドを置くべきか、これがテクノ・ミュージシャンの思考回路なのです。そこからある種のアヴァンギャルドなエレクトロアコースティック・ミュージックが生まれることはあっても。とはいえ、理解されにくいのは私にも分かります。1980年代に同じ経験をしましたから。私はファンク、ジャズ、ヒップホップDJからスタートしてテクノに転向したのですが、ウィーンではほとんど理解されませんでした。なぜかって、彼らにとってテクノとはファシストのマシン・ミュージックのようなものでしたから(笑)。彼らにとってはテクノはファンクの真逆にあるものでしたが、私にとって、ファンクとヒップホップの本質がそれでした。まだ未達成というチャレンジは?一番の課題は、最高にクールなテクノ・トラックを生み出すことですね(笑)。ループ・ミュージックで成功を収めることはできないみたいでが、少なくとも私がこれまで行ったDJのほとんどはループ・ミュージックがベースです。どうなんでしょうね、ひとつのアイデアで7分間持たせるという構成が私には難しいみたいです。実験的なサウンドや緩い構成により満足感を感じるのです。 Susanne Kirchmayrは、Abletonによるミュージック・メイカーのためのサミットLoopに参加します。Electric Indigoについて詳しくは、ウェブサイトをご覧ください。

Holly Herndon:愛の新しい形

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Holly Herndon:愛の新しい形

自身の作品と、異なる分野のアーティストの作品との間に興味深い結びつきを生み出すことのできるミュージシャンは希少です。音楽という領域を越えて、自身のイメージアップのための単なるジェスチャーとしてではなく、現実社会の問題に関与するミュージシャンとなるとさらにまれです。美的興味と政治的道義のバランスを取ることに成功しているアーティストのひとりが、Holly Herndonです。だからこそ、私たちは近年の彼女の活躍を喜ばしく感じています。最新アルバム『Platform』で、Herndonの圧倒のエレクトロニクスと幾重にもレイヤーされたボーカル・テクスチャは、これまで同様机上の規範やクラブのセオリーを回避しつつ、音楽以外の世界からもたらされたいくつかのラジカルなアイデアを組み込むことに成功しています。選択するコラボレーター、ビデオのイメージ、作品が扱うテーマを通して、Herndonは、文化的批評、未来の理想形、エレクトロニック・ミュージックのポテンシャルという点を結び、説得力のある全体像を作り上げています。 今回のHolly Herndonのロング・インタビューでは、エキサイティングなこれらのテーマに加えて、制作プロセス、独時のボーカル使用方法、興味深いASMRの世界について話を聞きました。 『Platform』のトラックの多くは、個別に識別可能な多数のサウンド要素と、ソングごとに独立したサウンド「イベント」から構成されています。この密度はどのようにして生まれたのでしょうか?私のライティング/制作は非常にプロセス・ベースで、過程において素材を生み出す面白い方法を探し出し、たくさんの素材を生成して、編集を加えてトラックを作り上げていきます。また、リミックスもかなり行います。何かを書いたら、それを細かく切り刻んで、リミックスして別の何かを生み出すのです。面白いことに、自分の作品のリミックスは大好きなのですが、他のアーティストの作品のリミックスは好きではありません。Interference, by Holly Herndonトラックのアレンジやエディットの傾向についてお話しいただけますか?ミキシングは、作曲やアレンジのプロセス後、またはプロセスとは独立して行われますか?それとも、同じプロセスの一部として?幅はもちろんありますが、多くの場合、ボーカル・パッチやパーカッション・システムなど特定のプロセスからスタートします。残り火から炎を作り上げる感じです。初期の段階でボーカルの表現と全体的なパレットを固めておくのが好きなのですが、主要なリズム・セクションは何度も書き直します。たとえば、トラックのBPM、ドラム・パターン、スイングが当初とまったく異なるものになるということはよくあります。「これ、ジャングルだったらどんな感じだろう…?あれ、元のヒップホップのスイング・ビートよりこっちの方が断然いいじゃない」といった感じですね。昔は、トラックをうまくまとめるのにかなりの時間をかけていました。おさまりが良くて分かりやすい曲にしなければいけないとプレッシャーを感じていたんです。でも、時間が経つにつれて、プレッシャーはすっかり消えてしまいました。持っている時間の90%を興味深い作業に費やした後、ふいに自信がなくなって、最後のハードルでそれをダメにしてしまうようなこともなくはありません。一定のジャンルにうまくはまる作品を作れば、自信を保つことは簡単です。何十年もの間認知されてきたジャンルに迎合したいという衝動を無視するのはとても大変なことだと思います。面白いことに、つい最近、初期の作品を聴いていて、あのときの私に今の知識があればよかったのに、と思ったことがありました。アイデアのいくつかは本当にクレイジーなものなのですが。ミックスはいつも最後に、だいたいMark Pistelと一緒に行うのですが、彼は私がセッションに持ち込む膨大な数のトラックの扱いがとても巧みなんです。ミックスもマスタリングも自分でこなすアーティストもいて、それはそれですばらしいと思うのですが、私は自分の作品とあまりにも長い時間を過ごしていろんなバージョンを耳にしてきているので、私の耳をクリアにしてくれるフレッシュな意見が必要なのです。このアルバムには、バラエティ豊かなボイスとボーカル・サウンドが使用されています。ボーカル素材に適用するテクニックや加工でお気に入りのものについてお聞かせいただけますか? 声は私の作品にとって重要なものです。私が構築する人工的な環境において、いかに歌声に生気を与えるか、その方法を模索するのが好きです。それはつまり、ボーカルを最前面に出して他とは別個の存在として扱うという一般的なポップ向けのミキシングを行わないことを意味します。これを受け付けない人もいますが、私にとっては、これこそ、テクノロジーへの自分のアプローチ、つまりテクノロジーは私たちに結び付けられ組み込まれてた私たちの一部であるという考えを具現化するものなのです。 年月を重ねるにつれて培ってきたテクニックがいくつかあり、それは環境によってそれぞれ異なります。SkypeやYoutube、その他ラップトップ上で瞬間的に録音したボイスを使用したり、他のボーカリストを登用したりするようになりました。他の人の声を扱うのはとても楽しいです。それぞれの独自性をもたらす特性を見つけ出すのが面白いですね。『Platform』には多数のコラボレーターがフィーチャーされていますが、全員が専業のミュージシャンというわけではありません。コラボレーターのアイデアや貢献により得られた、単独では実現しえなかったであろうものは何だと思いますか?どのコラボレーターも、私ひとりでは考えつかなかったであろうユニークなアイデアをもたらしてくれました。Mat Dryhurstは、コンセプチュアルな厳密さ、ユニークな制作テクニック、細部にわたる知識を提供してくれました。Metahavenは、この作品に非常に大きな影響を与えた政治的切迫感、視覚的言語、概念的フレームワークをもたらしてくれました。コラボレーション・トラックのひとつ『Lonely At The Top』には、「ASMRのアンバサダー」Claire Tolanの声がフィーチャーされています。この曲が生まれた経緯と、曲のシナリオの意味についてお聞かせください。ASMRに興味を持ったのは、ネットでこの情報に触れ、人々がオンラインで有意義かつフィジカルにつながる方法だという点に魅力を感じたのがきっかけです。人々がこういったビデオを公開し、ときには匿名で、そして多くの場合無償で互いに癒やしを与えているということがとても素敵で、興味深いことだと思いました。私のパートナーがClaireにTransmedialeで出会い、そのつてで紹介してもらいました。彼女はベルリンでASMRのラジオ番組を担当しているので、この分野について尋ねるのに最適だと思ったのです。私たちは、ASMRの美学を反映させたサウンドプレイを作成しつつ、語り口を人口の1%に向けた批判にしたいと考えました。この記事には、富裕層が、自分たちをその富だけでなく与えられた機会をも得るにふさわしい存在であり、あたかも自分たちが豊かになる遺伝子を持つ存在であると考えているということが書かれてあります。これは、この世界が直面しているおぞましい不均衡を理解し、鏡に映った自分の姿を直視するための一種の対処メカニズムなのです。そこで、選ばれし者たちであると思い込んでいるこの人々に対するASMRのセラピー・セッションを作成すれば面白いと私たちは考えました。人々に現在の力構造を継続させている責任を取らせる必要があると考えたのです。ここでは具体的にこの1%の人々をターゲットとしていますが、私たち全員、少なからずこの状況に対して責任があります。このことは、ClaireがFaderのインタビューで鋭く指摘しています。「もちろん、対処メカニズムと特権の正当化に関するこの研究は、私たち全員にある程度当てはまるものです。私たちの生活には、こういった超富裕層の「連鎖」と同じモデルで生み出されたダブルバインドがあふれているのです」この作品をエロティックなものと感じる人もいれば、ミソジニー(女性蔑視)に対する批判と捉える人もいるでしょう。しかし実際のところは、特定のジェンダーを意識したものではありません。今後一緒に仕事をしてみたいと思う、尊敬するアーティストは誰ですか?たくさんいます!マイケル・スタイプと仕事をしてみたいですね。彼は南部出身で、とても独特な声の持ち主です。今後の南部のサウンドがどのようなものになるのか興味があります。チャイナ・ミエヴィルも好きです。彼の著作は非常に音質的に豊かだと思います。彼の作品のサウンドトラックを制作したり、一緒にシナリオを書けたらいいなと思います。Metahavenデザイン・スタジオとのコラボレーションで制作された『Interference』のビデオのイメージとテキストは、個人的および政治的もつれについて取り上げているように思えます。『Chorus』と『Home』は、システマチックな監視に対する個人の脆弱性の問題を扱っています。今回の新作アルバムは、ご自身の政治的道義における進化と、それを表明することに対するより強い意欲を表すものなのでしょうか?最近の最も強い関心事は何ですか?また、こういった事柄は、あなたの音楽そしてアーティストとしての生活にどのように影響を与えていますか? Holly Herndon – “Home” このアルバムは、間違いなく私の政治的道義の進化といえるでしょう。まさにおっしゃるとおりです。Metahavenはこの考えに大きな影響を与えています。彼らは第二波フェミニズム運動のスローガン「The Personal is Political」(女性の抑圧は個人的な問題ではなく、政治的な問題である)を、より現代に即した「The Personal is Geopolitical」(個人的な問題ではなく地政学的な問題である)と変更しました。私たちの世代は、ジェンダーと人種の不平等、所得格差、環境問題、政府の行き過ぎなど、おびただしい量の問題に直面しています。『Platform』の背景にあるアイデアは、特定の処方箋を出すことではありません。それはともすると責任逃れになりかねません。Benedict Singletonはしばしばプラットフォーム構築の必要性について語っています。アルバムのタイトルはここからインスピレーションを得ました。ファースト・アルバム『Movement』のリリース時、ツアー・アーティスト/ミュージシャンのグループに招かれました。すばらしい名誉で、今でもとても感謝しています。ここ数年間で気付いたのは、フェスティバル/パフォーマンス/イベントは、コンテンツやキュレーションという観点からだけではなく、現実からの逃避を提供しているという点でも非常に似通っているということです。この衝動を理解し、時として楽しむこともある一方で、逃避をデザインするのではなく、現代の状況からの脱出をデザインするとしたらどうなるのだろうと考えるようになりました。この考えは、理論家Suhail Malikに大きく影響を受けています。彼は現代芸術の循環構造からの出口戦略について書いています。これは、批評としての優れた機能を持ちながらも、なぜか現代芸術自体の構造への漸進的変化(バインドにつながる)として現れることはありません。芸術作品、音楽、コンサートが、私たちが逃れようとしている人生の一部に分に代わるものに関係しているとしたらどうでしょう?それが無味乾燥で退屈なものである必要はありません。熱狂的できらびやかなものであるかもしれないし、そうであって欲しいものです。私は、人々が現在の地平線を越えた人生を思い描くための新しいファンタジーを生み出す役割を、音楽が果たすことができるのではないかと考えています。愛の新しい形、生きることの新しい形です。人々がその作品で言及するすばらしい音楽の多くは、こういった種類の環境や変化を得ようと奮闘してきましたが、それでも私は時々、こういった作品からきっかけとなるサウンドを得ることに喜びを感じる一方で、私たちは、これらの文化、新しい可能性やアーキタイプの背後にある真の論点をつかみ損なうという危険にさらされているのではないかと心配になります。自分が自分の作品でどれだけのことができるかについて現実離れした考えは持っていませんが、機会があるうちにそれを活かして、私の活動のあらゆる側面でこれらの対話や実験をスタートさせるつもりです。誰かがこれらに興味を抱くことを期待してはいませんが、私には興味深いことなのです。Holly Herndonについて詳しくは、ウェブサイトをご覧ください。

Decap:Pushで感じるままにパフォーマンス

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Decap:Pushで感じるままにパフォーマンス

サンフランシスコをベースに活動するヒップホップ・プロデューサーDecapは、今週、ニュー・シングル『Feeling』の技巧が光るビデオを公開しました。ステディカムで撮影されたこのビデオでは、ヒップホップのベテラン・プロデューサーであるDecapが、Pushを用いてワンテイクでトラックを演奏する様子がご覧いただけます。シーケンスもループもソロも、すべてまったなしのワンテイクで演奏されています。イーストコースト出身で13歳でビートメイキングを開始し、これまでタリブ・クウェリ、Smoke DZA、スヌープ・ドッグなど蒼々たる面々と仕事をしてきたDecapは、ますます頻度を上げる彼のライブにおいてPushが欠かせないものとなっていると話します。以下のインタビューで、Decapはビデオの撮影プロセスと2015年の展望について語っています。ビデオについて少しご説明いただけますか?ビートをつないでからループにして手を加え、さらにソロを加えているように見えますが、クオンタイズは使用されていないようですね?ええ、クオンタイズは使用していません。間違えずに最後まで演奏し、すべてを撮影することが目的でした。あのときはとにかく興奮していました。はじめのうちは、「弱ったな、すごいプレッシャーだ」という感じでしたが、やってみるとけっこう簡単で最高の気分でした。トラックの冒頭ではヘッドフォンでメトロノームクリックを聴いていたので、タイミングを合わせることができました。一糸乱れぬクオンタイゼーションは逆にタイトさを失わせます。感情とタイミングを表に出してもいいのです。クオンタイズをするとどうしても硬直した感じになるし、このトラックについての感情を音楽という言葉に翻訳して、リスナーの心の奥底に実感させること、それが私の目指すところです。撮影の1日半前にロサンゼルス入りして、何度も練習を重ねて完璧に仕上げました。いくつか別ショットも撮影してリラックスしてから、深呼吸して、パフォーマンスを始める前に瞑想してから、なんとかワンテイクでやりました。プレッシャーを感じ、それに打ち勝ったあの瞬間を体験したのは最高でしたね。本当にいい気分でした。技術的な点についてもお聞かせください。Pushはどのように使用されていますか?Live 9.2ベータがあったので、64パッドすべてをパフォーマンスに使用することができました。トラックの主要構成すべてを64のパッドに配置しておいたのですが、ライブ・セッティングにすご便利だと思いますね。ドラムマシンのほとんどが16パッドです。これだと、1画面でやるには少し手狭です。ハイクオリティなAkaiパッドを右手と左手両方でそれぞれ使用することで、できることが大幅に増えます。ビデオでやっている演奏ができるようになるまでかなり練習しなければなりませんでした。両手の動きについて同時に考えなければなりませんからね。始めてもう数カ月になりますが、その可能性を発見しつつあるところです。ソロはまるでもの悲しいエレクトリック・ギターのようにも聞こえますが、タッチ・スライダーを使用してピッチ調整しているのではないのですよね?いいえ、あれは一番上のノブで、ワウにマップしたLFOです。(タッチ・スライダーも)使用しましたが、最後になってからです。これも、Pushが大好きな理由のひとつなのですが、表現力がすばらしいんですよ。独創性を刺激してくれます。ソロは、練習するたび違ったものになるのが面白かったですね。タイトルどおり、まさに「フィーリング」です。自分の表現に忠実であること、その瞬間に自分にとって自然だと思えるものを演奏することが大事でした。活気に満ちたソロもあったり、リラックスしたソロもあったりでしたね。 Pushを64パッド・モードで演奏するDecap ビデオにあった、サンプルのチョーキングはどうやって実現したのですか?まず、パフォーマンスの冒頭で、長いサンプルのループを録音しておきます。音量を落としているけれど、演奏中のサンプルと同じチョーク・グループにある2つのパッドを使用してチョーキングしてバリエーションを作成します。これで、ぎくしゃくした粗さのあるヒップホップな感じが出ます。尊敬するアーティストのひとり、DJ Premierといった名手たちも作品のなかでこのテクニックを使用しています。2015年の活動についてお聞かせください。LPリリースやライブの予定は?2014年に録音したスヌープの未リリース・トラックがあるのですが、今年はリリースされません。今はアルバム制作のまっただ中ですが、パフォーマンスについても考えを巡らせています。これまでは、タリブやスヌープ、その他のアーティストとの仕事でプロデューサー的役割を担うことが多かったのですが、Pushのおかげで別のアイデンティティに移行できそうです。かねてから、アーティストとして活動し、自分の作品をパフォーマンスしたいと思っていました。Pushが発売されたとき、スタジオに置くことになるだろうとは思っていましたが、パフォーマンスで重要な役割を果たすようになるとは思っていませんでした。パフォーマンスが自分にとってこれほど重要なものになるとは考えてもいませんでした。こうして、プロデューサーがパフォーマンスを行うアーティストとして活躍できる時代になったのはすばらしいことだと思います。Decapについて詳しくは、FacebookおよびSoundcloudをご覧ください。

James Hoff:ウイルスとアートの関係

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James Hoff:ウイルスとアートの関係

James Hoffは進取の気性に富んだアーティストであり、音楽とサウンドによるその作品は複合的活動の一部です。ニューヨークを拠点に活躍する彼は画家として成功し、国際的な美術館やギャラリーで開催されている展覧会は高評価を博しており、コンセプチュアル・アーティストとしてそのアイデアはオールラウンドに広がっています。また彼は詩人でもあり、コンテンポラリーおよび1960年代まで遡る過去の掘り出し物を扱う芸術関連書籍の出版社Primary Informationの共同設立者(Miriam Katzeffと共に)でもあります。音楽においては、Hoffは2014年にエレクトロニック・ミュージック・レーベルPANからリリースされたアルバム『Blaster』で最もよく知られています。目的と力を持って放たれる収縮するグリッチーなリズムが特徴的なこのアルバムには、Hoffが斬新な効果を得るために収集、分類したコンピューター・ウイルスに感染させたサウンド・ファイルがフィーチャーされています。(彼の絵画にも、イメージの裏にあるコードを侵入にさらしてイメージを根底から改ざんするウイルスが活用されています。)彼のウイルスを伴うサウンド作品群には、非常になじみ深く支離滅裂でもあるさまざまな種類の携帯電話の着信音も含まれています。『Blaster』リリース以降、Hoffはさまざまなメディアで作品作りを続けてきており、ニューヨークでの絵画のソロ展覧会、ベルリンでの絵画とサウンドの展覧会、ドイツの放送局Deutschlandradioが放映権を獲得したプロジェクトが継続中です。ブルックリンにあるおいしいドーナツが供されるHoffの自宅で、作品と世界各地で話題を呼び起こすその方策について話を聞きました。 さまざまな領域で開発され、進化し、うごめくウイルスを用いていらっしゃいますね。ウイルスをツールとして使用することへの興味とはどのようなものですか?私にとって、ウイルスは2通りに興味深いものです。自分が考えるとおりにやった場合とは異なる方法で作品を生み出すことができ、複数のメディアを介して作業することができます。コンセプトのフレームワークとしてのきっかけと、幅広いジャンルにおけるさまざまなメディアを介した作品作りのためのツールを与えてくれます。ウイルスはありふれた風景のなかに隠れる性質があり、さまざまな顔を呈するので、これは1種類ではなくさまざまな種類の芸術活動に興味を持つ私のような者にプラットフォームを超えた作品作りの手段を提供してくれます。それがとても気に入っています。ウイルスには突然変異があり、また突然変異にもさまざまなものがあり、それぞれ異なって現れます。あなたの作品の一部、特にアルバム『Blaster』は、ダンス・ミュージックをテーマに取り上げているように思えます。ダンス・ミュージックはウイルスによる攻撃というアイデアを受容しやすいと?耳障りなノイズや聴き応えのあるサウンド・パレットを含むダンス・ミュージックに人々が興味を持つようになったのと同じように、私たちの時代ではより受容されやすくなっていると思います。ただ、これは私のプロジェクトに『Blaster』制作を決めたとき、すでにいくつかのコンピューター・トーンを感染させていて、そのプロセスに興味を持ち、仕組みを解明しようと思いました。コンピューターで生成したチャープやハム、モーターの回転音など、いくつかのトーンを感染させてみました。こういった方向に向かいたい、こういった音が欲しいというイメージがあって、概念上こうなるのではないかというものが私にはありました。ストックしてあったコンピューター・サウンドを用いて、それらを感染させてたくさんのソース素材を作成しました。地下鉄に乗って、イヤホンでそれらを聴いていると、子供たちがやって来てブレイクダウンスを始めたのです。彼らはビート・ミュージックを流していて、それが私の聴いている音に重なったとき、ひらめいたんですね。「これだ!」と。Blasterウイルスを選んだのもこれがきっかけでした。少なくとも私の世代は、子供の頃大型ラジカセを「ゲットーブラスター」と呼んでいたと思います。「Stuxnet」や「Morris」ワームではなく、「Blaster」を選んだのはそのためです。目的とセレンディピティ、両方を少しずつ取り入れた結果です。制作プロセスにおけるあなたの役割をウイルスに完全に譲ってしまうのですか?作曲におけるアルゴリズム的処理に興味はありますが、究極の目的としてそれに興味があるわけではありません。私自身の制作の手段を譲ってまで作曲におけるプロセスを妨げることはしません。音楽について言えば、私が扱うほとんどのことはどこか別のプロジェクトでもやっています。そのプロセスを使用してパレットを作成し、その上に何かを制作するのです。『Blaster』には、まるで破損しているかのようなビートやサンプルが見られます。しかしそこには、そういったビートやサンプルを使用して新しい音楽を作成しようと試みる私の存在があるのです。コンセプトとプロセスは重要ですが、プロセスを無視して、マシンだけでは生み出すことのできない何かを生み出すためにそれを使用するアーティストとしての権利を留保することも非常に重要だと思うのです。アルバムのリリース以降発表されたさまざまな作品でこれと似たプロセスを使用されていますが、どのように違ってきていますか?比較的新しい作品では、(Maxによる)トランスクリプション・プロセスを使用しています。ノートをウイルスのソースコードの各キャラクターに割り当て、MIDIにリアルタイムで描画します。『Blaster』の素材と同じ系列のその他の素材は、聞こえ方において非常に独特です。しかし、このプロセスは他の楽器構成にも使用でき、より大型のパレットも可能になるので、異なるジャンルにもアプローチすることができます。ベルリンでの展覧会では、Stuxnetコードをキース・ジャレット風のアルペジオ・ピアノに変化させました。ニューエイジ・ミュージックのようですが、数日にわたって続きます。非常に巨大なコードです。Deutschlandradio用に『Operation Olympic Games』をいう一連の作品群を制作されましたね。タイトルには何か特別な意味が?Stuxnet、Flame、Skywiper作成に使用されたCIA作戦の名前です。ドイツのラジオ用に作成したこの長編は、Blaster、Stuxnet、Skywiperで作成しています。Skywiperは、ニューヨークで開催された私の展覧会のタイトルでもあります。ベルリンでの展覧会のタイトルは『The Quick Brown Fox Jumps Over the Lazy Dog(すばしっこい茶色のキツネはのろまなイヌを飛び越える)』でした。この英文にはアルファベット26字すべてが使用されています。タイピング試験に使用されるほか、コンピューター・ソフトウェアでのアルゴリズムの検証にも使用されます。また、ロシアとアメリカが60年代に大西洋横断ケーブルを設置した際、アメリカ側が送った最初のメッセージがこれでした。ロシア側は非常に困惑したそうです―その意味が分からなかったのですから。あなたのプロセスは大きく進化し、また今でも進化を続けています。『Blaster』制作の基本的なプロセスはどのようなものだったのか、お話しいただけますか?Hex Fiendというバイナリエディターを使用しています。たとえば、クラップ音なら、それをエディターにかけて、16進コードに分解します。その後、ウイルス・コードを放り込みます。コードにウイルスを満たすわけです。コードをどこに置くか(また何回置くか)で、効果は大きく異なります。元のサウンドにどのような影響を与えるかには大きな幅があります。この方法で、『Blaster』用のサンプルを800ほど生成しました。これらは、このアルバムのビルディングブロックになりました。このプロセスにおけるLiveの役割は何ですか?ほぼすべてにLiveを使用しましたが、私が使用したのは数ある機能のうちごく基本的なものです。ただ、もしかするとそれこそが重要な違いなのかもしれません。制作する作品の多くは、その過程を進めるに従って、このプログラムを学び、開拓する機会を与えてくれます。私にとって、これらの知識ははじめから身についていたものではありません。Liveは2002~2003年から所有していますが、当時はライブ・パフォーマンス用でした。しかし『Blaster』では、スケッチ、作曲、アレンジとすべてをLiveで作成しています。ライブのセットアップもLiveを使用しています。今、感染後に感染の内容を修正でき、それにより少し異なる音色を得ることができるサウンドデザイン機材の使用を始めているところです。これはLive外ですが、その他すべてはLive内部のままです。新しい試みを始めたばかりなので、どうなるかはみてのお楽しみです。これまで音楽についてお話を伺ってきましたが、絵画でも同じくらいすばらしい作品を制作されています。音楽と絵画の間を行ったり来たりといった感じなのでしょうか、それとも一定期間どちらかに集中して取りかかる、というやり方でしょうか?現時点では、絵画と音楽をほとんど同時に行っています。私にとっての第三の柱は、Primary Informationと出版です。私には、出版社としての仕事とアーティストとしての仕事を分けて考える傾向があります。芸術という枠内においては、音楽とビジュアル・ワークは常に同じ歩調で進行します。これらは、アーティストとしての私にさまざまな関心を提供してくれます。また、どちらにもそれぞれの定型みたいなものがあるので、こういったパターンを脱するためにも、両方を行ったり来たりするのはいいことです。サウンドはイメージに比べてウイルス攻撃に対する受容度が高いのでしょうか?それとも逆でしょうか?ビジュアル素材のほうがずっと受容度が高いと思います。できることが多いです。イメージをありとあらゆる種類の方法で感染させて、ひとつのフォルダーに入れます。画として上手くいきそうに思えるものを選び出して、「maybe(多分)」という名のフォルダーに入れます。絵画約20点の展覧会ごとに、少なくとも1,000のイメージを生成します。そのうち50ほどが「maybe」フォルダーに入り、そこからさらに選別していきます。元のイメージはすべて絵画の下地となる素材です。いつもそうではありませんが、そうであることが多いです。ビジュアル素材の方がより受容度が高く可鍛性があるとのことですが、結果として生まれる作品の観点から、絵画と音楽のどちらを好まれますか?素材のレベルでは、絵画の方がプロセスの受容度が高いと思いますが、コンセプトのレベルにおいて、私がより好むのは音楽というメディアです。文化に流通していくさまは、絵画に比べてはるかに優れています。ある絵画を偶然目にしたとして、それが頭に焼き付いて離れないということはあまりありません。私は音楽を聴くということにおいてかなり受動的で、何か別のことをしながら常に音楽を聴いているのですが、バックグラウンド・ミュージックとしての音楽というアイデアが好きなのです。座って聴くというのも好きです。人々が私のショーを見に来てくれるのはうれしいことですが、おもいがけない場面に音楽が現れるというアイデア、日常の背景に音楽があるというアイデアにずっと強く興味を引かれます。ウイルスを使用した作品で難しいのは、そこに辿りつくことです―つまり、制作内容を、さまざまな環境においてシームレスでありながらそれぞれがある種の独自性を保つ音楽制作を行える段階に到達させることです。これらのウイルスからピュアなポップ・ミュージックを作ろうとは思いませんが、ポップな作品が生まれたり、たとえば病院の待合室に流れるような音楽が生まれるのも面白いなと思います。音楽には、その生みの親の思いも寄らないようなふうに進む潜在的な力があるという考えが、私は好きなのです。 James Hoffによる着信音『I Just Called To Say I Love You』のダウンロードはこちらから。James Hoffについて詳しくは、Hoffのウェブサイトをご覧ください。

インプット/アウトプット:Valet

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インプット/アウトプット:Valet

シリーズ「インプット/アウトプット」では、Abletonコミュニティに属するプロデューサーのスタジオを訪ね、彼らの制作プロセスに取り入れられるインスピレーション、テクニック、技術と、そこから生まれる最新の音楽作品に光を当てていきます。ポートランドのアンダーグラウンド・ミュージック界で長年にわたり活躍するHoney Owensは、音楽ですでに数々のキャリアを重ねています。Nudge、Jackie O Motherfuckerなどのグループでコラボレーターとしても活躍するOwensは、ドローンとツイストの効いたブルースをValet名義で、サイケデリック・ハウスを(パートナーRafael Fauriaとのコラボレーションである)The Miracles Club名義でそれぞれ発表しています。今年5月、Owensは2008年以来となるValetとしての新アルバムを由緒あるKrankyレーベルからリリース。LP『Nature』にはギターが印象的な8作品が収められており、プロジェクト初期の自由な実験的レコーディングを構造化し、(Fauria、ポートランドのドラマー/マルチインストゥルメンタリストのMark Burdenの優れた妙技により)バンドライクな形に仕上げられています。Valetの新たな―そして少し意外な―進化の裏側に興味を引かれたAbletonは、OwensとFauriaにインタビューを敢行。新アルバムについて、『Nature』のクリエイティブな要素とテクニカルな要素について、The Miracles Clubをより実験的なテリトリーへと進めるプランが、偶然にもValet3枚目のアルバムと変化したいきさつについて、二人に話を聞きました。Valet名義の前作のリリースは2008年でしたが、あれから今日までに数々の音楽的試みがなされていますね。Valetプロジェクトに戻るきっかけは何だったのでしょうか?Honey Owens(HO):ある種偶然の出来事でした。友人から、Miracles Clubとしてチャリティ・イベントで演奏して欲しいと依頼されたのです。このイベントは、サンフランシスコでギャングに襲われ、病院で数回にわたる手術を受けなければならなくなった別の友人のためのものでした。ショーの日程が息子を産んだ数週間後だったので、どっぷり音楽につかるという状態ではありませんでした。私の妊娠中、RafがDJをして、私は出かけていってそれを鑑賞するといった感じだったのですが、出産予定日が近づくにつれて、母親になるということ、子供が生まれるということが、刻々と現実のものとなっていきました(笑)。そうこうしているうちに、Miracles Clubの新曲制作について話し始めるようになり、そのアイデアをもとにいろんな試みを始めるようになって、(曲やパフォーマンスの)構築し始めました。私がギターを使用するというのはRafのアイデアで、それはMiracles Clubの元のアイデアがそこから始まったからです。Rafael Fauria(RF):バギーでシューゲイザー的なダンス・ミュージックを作ろうと思って始めたのですが、全然ダンスの要素がないロック・ミュージックになりました(笑)。HO:それに、そのときはドラマーもいなかったので、Rafがドラムをプログラミングしたんです。それまで、ハウスやテクノの作品でしかドラムを制作したことがなかったので、「それじゃ、ぼくたちのお気に入りのバンドのドラム・サウンドがどんな風なのか考えてみよう」ということになって、それで「ヴェルヴェット・アンダーグラウンド ドラム」とググって、モーリン・タッカーのドラミングをコピーしようとしてみたり、とにかく手に入るドラム・サウンドを片っ端から試してみました。RF:結局、(Roland)R-70ドラムマシンを使用することになりました。HO:これを使うと決めてからも、「どうやったらモー・タッカーみたいなドラム・サウンドを出せるのか」という試行錯誤は続きましたね。それに、結局ドラマー(Mark Burden)が参加するまで「ロック」っぽいサウンドにすることはできませんでした。Markが参加するまではチャリティ・イベントでMiracles Clubとして演奏していましたが、実際はValetの作品をプログラミングしたドラムと一緒に演奏していました。RF:当初は、アルバムすべてにプログラミングしたドラムだけを使用していたのですが、その後Markが録音した実際のドラムと入れ替えたりミックスしたりしました。HO:基本的には、Rafがレコ―ディングしたすでに存在しているリズムにあわせてMarkがドラムを演奏し、それをあたかもプログラミングされたドラムのように扱うという形をとりました。各ヒットにコンプレッションをかけたり、スイングを加えたりと、合成ドラム・サウンドをリアルなドラム・サウンドにするためのさまざまな加工を施しました。RF:主に行ったのは、Liveの オーディオ-MIDIマッピング機能です。それまであまり使ったことはありませんでしたが、ドラマーのニュアンスはそのままに、ドラムキットにマイキングしたサウンドを使用しただけの場合に比べて非常に巧みなヒットを作成することができました。生のドラムキット・サウンドだけを鳴らすのではなく、ドラムマシンのスネアとリバーブを欠けたアコースティックのスネアを同時に鳴らして音を重ねています。『Nature』はその大部分をLiveを使って自宅でレコーディングしたのですか?Live使用歴はどの位になりますか?HO:実は、(これまでのValetのアルバムである) 『Naked Acid』と『Blood is Clean』もLiveで制作しています。なので、Live歴はかなりになりますね。RF:あの頃、HoneyはLiveを4トラックのように使用していました―トラックをひとつ作っては再生、録音し、また別のトラックを作っては再生、録音…という感じで。HO:基本的に、Liveは私の2インチ・テープでしたね(笑)。RF:でも『Nature』では事情は違っていました。というのも、すべてライブ演奏用に作成されていたので、どの作品もセッションビューで制作をスタートしました。小さなループから始めて、ソング間を行き来できるコントローラーを使って即座にアレンジを作成しました。Miracles Clubのトラック構築でも同じようにLiveを使用すると思います。『Nature』はドリーミーなテクスチャと豊かなアトモスフィアのレイヤーが特徴的です。これらの要素はハードウェアとペダルを使用して外部で作成されているのですか?それともLive内部で?あるいはその組み合わせでしょうか?RF:内部で使用したエフェクトはリバーブとディレイをほんの少しだけ、それと主にコンプレッサ―関連です。より目立つテクスチャはペダルやラック・ユニットによるものです。こういったサウンドは、ライブ演奏中に録音したものですか?それとも、後で追加したり微調整したりしているのでしょうか?RF:ええ、ゆっくり調整を加えていき、ペダルを繰り返し演奏して「パーフェクト」なサウンドを見つけてから、演奏しながら録音して微調整を加えていきます。HO:アルバムに収録されている(アンビエント)テクスチャのほとんどは、古いBossペダルやEventideといったペダルや外部機器を通したギターなどの演奏によるものです。RF:ときには、後で変更するつもりでLiveのリバーブをボーカル・パートに重ねておいて、結局そのサウンドに慣れてそのままにしておくということもあります。なので、リバーブが強調されているということはありますね。外部シンセやドラムマシンを使用する際、ライブで演奏して演奏内容をサンプリングするのでしょうか、それともMIDIを使用してユニットをコントロールするのでしょうか?RF:両方ですね。シンセでは普通MIDIを使用しますが、それは時間に沿ってきちんと作成したいからです。このレコードでは、シンプルなシンセ・トーンとDrum Rackを使用して作成したクイック・ビートから始めて、Honeyがそこにギターを加えて、それをアンプに通して録音し、ループするクリップにしました。より自由な印象のこれまでのValetのLPとは異なり、『Nature』はどこか調和を感じさせる構成になっていて、ひとりのミュージシャンが多数のギター・ペダルを操っているというよりも、まとまりのあるミュージシャンのグループによる演奏を思わせます。『Nature』と、これまでの2作品『Blood is Clean』と『Naked Acid』をつなぐものとは何だと思われますか?HO:私もそれについて考えを巡らせました。曲を作っている間、それがMiracles Clubの作品ではないことは分かっていましたが、Valetの作品だとも思えず、「これをどう呼べばいいのだろう?」と考えていました。1991年、私は20歳かそこらでしたが、(マイ・ブラッディ・ヴァレンタインの)『ラヴレス』や(ニルヴァーナの)『ネヴァーマインド』、ほかにもたくさんの(影響力の大きい)作品が発表された頃でした。当時の私といえば、友達のアマチュア・バンドでドラムや他の楽器を演奏していたに過ぎません。でも、91年に本当のバンドが組めていたとしても、あのときのバンドがそのバンドにあたるものになっていたと思います。だからこう思ったんです。このレコード用には新しいバンド名が必要かもしれない。でも、「いや、これはValetのアルバムだ。他のアルバムにも、いかにもValetという曲が1~2曲ある」と人は言うでしょう。そう考えるようになって、つながりを見出すようになりました。これまで多数のさまざまな音楽プロジェクトに参加されており、キャリアを通じて幅広いジャンルをカバーされていますが、こういった異なるインスピレーションをどのようにナビゲートされているのですか?プロジェクトやレコードごとのアイデアを構築する際に意識されていることはありますか?あるいは、クリエイティブなプロセスにおいて自ずから明らかになるようなものはありますか?HO:実際のところ、こういったことをやるアーティストがあまりいないことに驚いています。音楽好きなら、あらゆる種類の音楽が好きであるのが普通です。ラップトップのトラック・リストやレコードのコレクションを見ると、必ず誰のコレクションにもラップ、ダブとさまざまなセクションがあります。たくさんの音楽を聴いていろんなものを吸収すれば、「よし、今すぐこれをやってみよう」という気になります。Rafはレコードを通してヴァイブにこだわることに興味を持っているのですが、それを実行するのは楽しかったですね。「これはハウスだな」とか、「この曲には、このドラムと、ギターと、これら2つのキーボードだけを使用しよう」とか。いろいろと切り替えるのはごく自然なことだと思います。それができるのなら―ハウス・ビートもギター音楽も作れるのなら―両方やらない手はないでしょう? Valetについて詳しくは、KrankyのSoundcloudページおよびウェブサイトをご覧ください。その他のインプット/アウトプット・シリーズ記事はこちらから。

Lakker、サウンドとイメージの境界をあいまいに

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Lakker、サウンドとイメージの境界をあいまいに

音楽は、私たちの頭の中にイメージを浮かばせます。サウンドは、私たちの意識の目の前に、実際には存在しない空間上に形や景色を写しだします。数々のミュージシャンやプロデューサーが空間の変化を意識した音楽に取り組んでいるのも、この想像上の内部空間を実体化するための自然な発展といえます。オーディオとビジュアルをつなげることはプロデューサーやデザイナーにとって必須となりましたが、説得力と迫力のある両メディアの関係を構築することは、口で言うほどたやすいことではありません。 幸運にも、アイリッシュ・デュオのLakkerのメンバーDara Smithは、デザインとビジュアル・エフェクトのバックグラウンドを持っています。同じくメンバーのIan McDonnellと共に、Smithは、LiveとTouch Designerの組み合わせを使用して、Lakkerのテクノを強調し劇的な力を放つ多種多様な形状、テクスチャ、カラーを作成しています。下の実演ビデオでは、Lakkerがサウンドとイメージの間で注目のバランスを保つ方法が説明されています。始まりと終わりは抽象的になり、循環がもたらす求心力のあるコンセプト―音楽だけ、またイメージだけでは実現し得ない、深い概念―が姿を現します。LakkerがLiveとTouch Designerをビジュアルに使用する方法、わずか数個のベーシックな要素から驚くほど幅広いビジュアルをもたらすその手法については、こちらをご覧ください。Lakkerについて詳しくは、ウェブサイトおよびSoundcloudをご覧ください。Lakkerの『Tundra』はR & S recordsからリリースされています。

Aron Ottignon:バランスの問題

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Aron Ottignon:バランスの問題

ニュージーランド出身で現在はパリを拠点に活躍するピアニスト、Aron Ottignonは、ソロとして、またStromaeやWoodkidといった他のアーティストとのコラボレーションで、ジャズ・ピアニストとしてのピアノの腕を着実に成長させています。最新リリースで、OttignonはRodi Kirk、UKのスティールパンおよびパーカッションの名手Samuel Duboisとタッグを組みました。その結果生まれた『Starfish E.P.』は、エレクトロニックを効かせたパーカッション満載の21世紀ジャズの万華鏡のような作品となっており、幅広い非西洋音楽のスタイルからひらめきを受けた作品ともなっています。 EPを素材とするライブを準備するなかで、この3名のミュージシャンにとっての課題は、ジャズ・パフォーマンスの醍醐味でもある即興性を残しつつ、スタジオ・レコーディングの複雑さを再現することにありました。Rodi Kirkは、Push、ドラムマシンTempest、ミキシング卓、カスタムのMax for Liveデバイスを取り入れたソリューションにたどり着きました。これにより、エレクトロニックな要素をピアノやパーカッションと対等に使用することができるようになり、Ottignonのダイナミックな作品でトリオが駆け引きをする余裕が生まれました。 オーディエンスの前で試す準備を整えたOttignon、Kirk、Duboisの3名は、歴史的なスタジオFunkhaus Berlinで親密なライブ・レコーディング・セッション用に楽器をセットアップしました。Abletonのカメラ・クルーは、このパフォーマンスの全貌を記録するべく現場に立ち会いました。カリビアンな雰囲気を伴うトラック『Starfish』のライブ・テイクをご覧ください。3名のミュージシャンが、ライブ感豊かな活気にあふれた装飾で緊密に組み合うグルーヴを構築する様子がご覧いただけます。Abletonのミニ・ドキュメンタリー『A Question of Balance』では、Aron Ottignon、Rodi Kirk、Samuel Duboisが作品をスタジオからステージへともたらす方法、音楽的自由度を最大限に広げるためにセットアップを調整する手法をご覧いただけます。PushのユーザーボタンをMIDIマップ可能にする(Pushユーザーモードをオフにする)には、この無償のMax for Liveデバイスを使用します。Aron Ottignon、Rodi Kirk、Samuel Duboisによる30分にわたるFunkhaus Berlinでのパフォーマンスはこちらをご覧ください。 Aron Ottignonについて詳しくは、ウェブサイトおよびFacebookをご覧ください。Rodi KirkによるBandcampでの音楽プロジェクトはこちら。Samuel Duboisについて詳しくは、Facebookをご覧ください。

Anthony Pirog:オーディオからMIDI、そしてまたオーディオへ

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Anthony Pirog:オーディオからMIDI、そしてまたオーディオへ

Anthony Pirog アメリカ人ギタリストAnthony Pirogは、その多才さが特徴です。ブルース、ジャズ、ロックのるつぼで育った名手であるPirogは、ずらりと並んだペダルと変幻自在なテクニックで、その姿を自由自在に変えます。そんな彼のデビュー作『Palo Colorado Dream』は、ある種の新たなギターヒーローとしてのPirogの存在を決定づけるものとなりましたが、彼はそういった賛辞にあぐらをかいたり、定評のサウンドに手を出すようなアーティストではありません。新しい何かを求めて、Pirogが目を付けたのは、Liveのオーディオ-MIDI変換機能の可能性でした。アナログシンセのレイヤーやアレンジのトリガーにギターを使用するかどうかに関係なく、Pirogのストーリーは、テクノロジーを使用してよく知る何かに新たな命を吹き込むケーススタディとなっています。 Audio-MIDI変換機能を使うアイデアはどこから得られましたか?この機能に初めて触れたのは?2013年3月、私はデビュー作『Palo Colorado Dream』の制作にとりかかっていました。The Brinkというスタジオでポストプロダクションを行っていたのですが、ギターのトーンが思っているのとかなり違うように感じていました。ギターパートをシンセでダブリングして優れたテクスチャを加えたのですが、2つのトーンをうまく組み合わせるのは簡単ではありませんでした。まるで、2名のミュージシャンがそれぞれのフィーリングで演奏しているような感じでした。私が求めていたのは、ギタートーンの特定の部分を補強することでした。 そこで役に立ったのが、LiveのオーディオをMIDIに変換する機能です。当時はまだLiveを持っていなかったので、1カ月間無償で試用できる試用版をダウンロードして、ギター演奏をインポートし、MIDIに変換しました。すぐにLiveに内蔵のシンセサウンドを使用してギタートラックのMIDI録音をチェックしましたが、セッションでの自分のパフォーマンスの人間らしいリズム感にマッチしたことに感動を覚えました。これで、サウンドの組み合わせを使用するまったく新しい可能性の扉が開かれたのです。The BrinkのオーナーでありエンジニアのMike Reinaは、私のデビュー作の共同プロデューサーでもあるのですが、ビンテージアナログシンセをかなりの数コレクションしています。彼と一緒に、Liveから抽出したMIDIトラックをいくつかのシンセ(特に、Sequential Circuits Prophet 5とsynthesizers.comのモジュラーシンセ)に送信することを始めました。 このシンセサウンドは必ずしも目立つものではなくギターパートを圧倒するようなことはまずない一方、温かみと減衰を加え、レコーディングセッションから取り上げたギター演奏を強化してくれました。ギター演奏に完全にマッチするようシンセパートにフェードインするオプションがとても気に入りました。 コンピューター、シンセ、MIDIがオーガニックなツールとして語られることはあまりありません。装飾を省いた美が特徴のあなたのスタイルにこれらのツールを適合させ、強化ツールとして使用するのにどのような手法を用いたのですか? シンセを用いた音楽を長い間聴いてきました。シンセのテクスチャを使用することは、スタジオ作業中によく考えるアイデアです。10代前半、私は録音物とライブ演奏はまったく異なるものだと考え、それらは同一である必要はないし、ケースによっては同一なものにはなり得ないと思っていました。今回の作品では、Michael Formanekをベースに、Ches Smithをドラムに迎えたトリオでの録音を考えていました。2日間に渡ってライブ演奏し、単なるスタジオでのライブ演奏以上の何かを制作するために時間をかけました。録音される音のまわりの空間に注目し、単に録音した音を並べるのではなく、それらの空間に十分配慮したサウンドにしたいというのが私のアイデアでした。ジャズミュージシャンとして捉えられることが多いのですが、インディーロックもよく聞きますし、今気に入っているレコーディングにはシンセが多用されています。それらによって興味がそそられ、シンセサウンドを作品に使用する気になりました。 このセットアップでの作業を始めるにあたって、慣れるまでに時間はかかりましたか?実はかなり簡単でした。ほとんど時間はかかりませんでした。ギターのオーディオトラックをインポートして、ボタンを押すだけでMIDIに変換できました。変換は完全ではありませんでしたが、非常にすばらしいと思いました。上音やいくつかの音の検出ミスがあったので、MIDIトラックに手を加える必要がありました。でも、演奏のリズムはそのまま変換されていたので、音にいくつか手を加えなければならなかったことはたいしたことではありませんでした。少しの修正が終わると、「MIDIの世界へようこそ!」という感じでした。ワークフローと結果には正直圧倒されました。次の作品では、ドラムとアコースティックベースにこのツールを使用するつもりです。このツールには大きな可能性があると思います。 スタジオでMIDIギターを抱えたAnthony Pirog それでは、レイヤーの次は何でしょうか?オーディオ-MIDI変換機能で次に実現したいことは?次の目標は、ギターをライブ演奏やレコーディングにMIDIコントローラーとしてうまく使用できるようになることです。キーボードはあまり上手ではないので、MIDIやソフトシンセをギターでコントロールできるようになることは、非常にエキサイティングでインスピレーションをかきたてます。私にとって、ギターとシンセのミキシングは美的見地からいって危険なテリトリーですが、自分に何ができるのか非常に楽しみです。Anthony Pirogについて詳しくは、彼のウェブサイトをご覧ください。

美しきデータ:マックス・クーパーと音楽における創発

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美しきデータ:マックス・クーパーと音楽における創発

その概念について見聞きしたことはないかもしれませんが、創発は、私たちを取り巻く世界に深く組み込まれています。創発は、はるか昔から万物を形成する力であり、今も生命の行く末を決定し続けています。大まかに言って、小さな特性が相互に作用し、より複雑な現象を形成するプロセスのことをいいます。結晶を形成する水の分子、有機体へと進化する細菌などがそれにあたります。創発が意味するところは、生物学者、哲学者、化学者と、それを誰に尋ねるかにより異なります。遺伝学者からプロデューサーへと転身したマックス・クーパー(Max Cooper)にとってそれは、彼の新しいオーディオビジュアル・ライブの概念的枠組みです。サウンド・デザイン、音楽構造、ビジュアル・モチーフを創発に結び付けることは、人々の興味を引きつける組み合わせです。あなたの音楽が均整美により進化し、宇宙そして生命を形成するとしたら?Abletonは、目がくらみそうなこの概念下で何が起きているのか、普遍法則が音楽にどのような影響を与えているのかについて、クーパーに話を聞きました。 創発の概念に出会ったのはいつですか?科学とは、要は還元主義で、自然現象と過程を説明するのに使用できるシンプルな原理や法則を学ぶことです。しかし、気体分子の作用のシンプルな方程式を学んだとしても、現実はずっと複雑です。創発はそこに内在しています。つまり、部分の性質の単純な総和にとどまらない性質が、ひとつの科学的観点では説明できない方法で、私たちを取り囲む世界においてより豊かで多面的に現れるという考えです。創発は、初期段階で教わる概念ではありませんが、常に表面下に存在しています。それがいつだったかは分かりませんが、いつだったにせよ、私のそれまでの知識の延長線上にあるものだと捉えることができました。これは、あらゆる種類のさまざまなアイデアをショーに持ち込むことを可能にする一般的原理です。科学的データ内に存在する自然の美を利用する優れた方法です。私たちの周りには、たくさんの美しいデータがあるのです。音楽における創発の現れはどこにあるとお考えですか? グラニュレーションは音楽的創発の好例です。音楽からごくごく微量の断片を取り出し、それをまったく新しい作品の起点として使用するというところです。前からミクロなディテール、クリック、グリッチが好きでした。ライブでは、Grain DelayやMonolake Granulatorを、ビジュアルに影響するパラメーターにマップ下ローパス・フィルターと組み合わせて使用しています。これらのオーディオ・グリッチをフィルターして、画像をビジュアル・グレインへと徐々に分解していき、オーディオとビジュアルの相乗効果を得ています。これは、コンセプトとプロセスを結び付ける試みのひとつです。ショーではこの反対を試みることも数多くあり、その場合曖昧なところからスタートして具体的な何かを形成していきます。スクリーン上にある何だかよく分からないものが、ゆっくりと識別できる何かへと変化していきます。こんな感じで、脱構築することも、構築することもできます。ソースが分からなくなるようなサウンドの扱い方や加工の仕方、またそのプロセスを逆転させて行う方法を常に模索しています。そうすることで、ごみに思えるものからこのような興味深いサウンドやボーカルの創発を得ることができるのです。カオスから秩序へとつながるこの推移は、私が愛するもののひとつです。 Emergenceショーのセットアップについて説明するマックス・クーパー このストーリー展開は創発を反映していますか?ストーリー展開は創発についてですが、宇宙の時系列について語っています。このショーはビックバン以前からスタートし、素数分布、数学的形式における数の構成、宇宙の出現前に存在した自然法則の概念について見ていきます。その後、ビッグバンから星と惑星の形成、初期の生命体の進化へと進んで行きます。さらに人類の登場と人口の爆発、資本主義、悪夢を思わせるバランスを失った私たちを取り巻く現在の状況へとつながります。ストーリーのこの部分はどうみても暗くネガティブなので、それに合わせて音楽はよりアグレッシブで不穏なものとなり、一方、初期のパートの多くは比較的美しいものとなっています。このストーリー展開によって特定の感情の連鎖へと追い込まれたことで、これまでとは少し違った音楽になりました。音楽に普遍的法則はありますか?自然法則は単なるパターンです。何億年も前そして今も真である物事の相互作用を定義するものです。そこには対称性があり、時間的なパターンがあります。そして音楽も、時間的なパターン、波形におけるパターンです。つまり、音楽と自然法則の間には深いつながりがあります。人類は環境にパターンを求めるよう進化してきました。人間が音楽を楽しいと感じるのも、もしかするとそのしるしなのかもしれません。パターンを見つけると、人はそれを好ましいと感じます。好ましいと感じると、人はよりいっそうそれを探し求めます。これこそ、人類が非常に成功した種である理由です。私たちを取り囲む環境をコントロールし、人間ならではの方法で理解するのはそのためです。これと同じ論理を、人類がなぜ音楽を楽しむのかという問いにも当てはめることができます。パターンの探求という人類の基本的欲求が関係しているのです。 マックス・クーパーについて詳しくは、FacebookおよびSoundcloudをご覧ください。