水槽:直感的アプローチが生み出す独自のジャンルレスサウンド

エレクトロ、ロック、ヒップホップなど多様なジャンルを独自のスタイルに昇華し、自身で作詞、作曲、編曲、プロデュースを手掛けるシンガー・トラックメイカー、水槽。彼女の的確なリズム感と多彩な表情を併せ持つ情感豊かな歌声とラップは、多くのリスナーを魅了しています。
元々は既存曲を歌って動画サイトに投稿する"歌い手"として活動していた彼女がアーティストとして新たに活動を始めた背景には、歌い手としての葛藤と、友人を通じて出会ったBTSの音楽から受けた大きな影響があるといいます。
本インタビューでは、彼女の音楽的ルーツをはじめ、Ableton Liveとの出会いやMacのキーボードとマウスのみでトラックメイキングを完結させる独特の制作スタイル、ボーカル処理のためのエフェクト・ラックの活用方法までが語られています。
元々、歌い手として活動されていましたが、その後にアーティストとしてのキャリアをスタートさせたきっかけを教えていただけますか?
自分の中では精神的なきっかけと物理的なきっかけの2つの軸があるんです。まず精神的な部分ですが、当時の歌い手の環境では、同じ人気曲をいろいろな人がカバーしていました。その中で再生数が伸びる人と伸びない人が出てくるのが、元々、人と比べがちだった自分の性質をさらに助長してしまったことが悩みになっていました。
もう一つは、元々リスナー時代から0から1を作り出す人たちが好きで、歌い手活動を始めてからも友達はボカロP側に多かったのですが、その中の1人からBTSを教えてもらいました。それまでは国内の音楽しか聴いてこなかったので、初めてK-POPのプロダクションに触れた時は「こんな音楽があったのに知らずに生きてたのか!」とすごく大きな衝撃を受けたことを覚えています。
それがきっかけで洋楽のビルボード・チャートをチェックするようになり、K-POP全体のクオリティの高さや、洋楽チャートのトップにある楽曲が自分の知っていた音楽とは全く違うことに気づきました。人と比べるのに疲弊していたこともあり、「自分も国内にはないような音楽を作ってみたい」と思って、オリジナル楽曲の制作を始めました。
楽曲をお聴きしているとエレクトロ、ロック、ヒップホップ、マスロック/ポストロック、ハイパーポップなど多様な影響を感じますが、これまでに影響を受けたアーティストや音楽的なルーツを教えていただけますか?
音楽的なルーツは、トラック制作と作詞では明確に違うんです。まず、トラック制作では、軸にBTSがあります。ただ、初心者が急にBTSのトラックを作れるはずがないということももちろんわかっていたので、最初は自分が通ってきたマスロック的な音楽を作ることから始めました。
そういう音楽が好きになったそもそものきっかけはボカロPのトーマさんの楽曲です。多くのボカロPに影響を与えているし、自分も彼の影響をすごく受けています。
トーマさんの影響とBTSの影響をどのように融合させていったのですか?
例えば、曲の中でBPMが変わったり、拍子が変わったり、転調したりという楽曲構成は、完全に彼の影響です。そうした音楽性をK-POP文脈から来たダンスミュージックと融合させたいという考えがあって。違ったものを掛け合わせて"キメラな楽曲"を作ることに全力でした。
具体的には主にトーマさんとBTSの音楽を掛け合わせることを意識していたのですが、その時々によって掛け合わせるものも違うというか。Ed Sheeranとcinema staffとか、あと、当時はUSのトラップやエモラップがすごく流行っていたので、そういうラップとフューチャーベースだとか。
要は、それまでかけ合わされることがなかった国内の音楽と海外の音楽を掛け合わせるというのが、私の楽曲制作のルーツになっています。その頃から一貫して自分の中で1本ちゃんと筋が通っているものはと言われると、実はあんまりないのですが、メロディーとグルーヴに関しては宇多田ヒカルさんの影響が大きいと思っています。
歌詞の世界観に関しても何か特定の影響があるのですか?
歌詞に関しては、小さくいろいろなところから影響を受けていますが、明確な影響源は特にありません。でも、ラップのスタイルに関しては、ぼくのりりっくのぼうよみ(現たなか)さんや、トップハムハット狂さんの影響を受けています。それと、ヒップホップクルーの夜猫族を知って、日本語の母音一文字で韻を踏むスタイルを取り入れました。
彼らのスタイルに影響を受けたことで、2023年のアルバム『夜天邂逅』から、自分のラップのスタイルが大きく変わりました。
Liveを使うようになったきっかけを教えていただけますか?
以前は別のDAWを使っていたのですが、友人でもあるボカロPのhigmaから「お前みたいな奴はLiveの方が向いてる」と言われたことがきっかけです。
Liveは、全ての操作ができる限り直感的にできるように作られています。色分けがたくさんできたり、スキンを好みのものに着せ替えたりと、UIのデザイン面でも優れています。そういう部分で勧めてくれたのだと思いますが、実際に使ってみると本当にその通りで。特にデザイン面は自分の中でLiveを使う上での大きなモチベーションになっています。
Liveで気に入っている機能を教えていただけますか?
Liveを使い始めてすごく感動したのは、ショートカットを使って一発でオートメーション・モードに切り替えることができるところですね。オートメーションを描きたい項目も、一度クリックするだけで切り替えられるのがすごくありがたいです。これはどのアーティストにも言えることだと思いますが、自分の頭の中にあるものと作品の間で、それを反映させるまでの段階が少ない方がいいんですよ。
例えば、このゲインをちょっとだけこうしたいと思った時にワンタッチでできるのがLiveの良いところです。直感的な操作性のおかげで、より自分のインスピレーションを曲に反映させやすくなりました。将来的にはアーティストが頭の中で考えていることがすぐに反映されるDAWが出てくると思いますが、Liveはそれに近い印象があります。
そのほかに便利だと感じる機能はありますか?
センドが複雑なルーティングなしで使えるところですね。例えば、Liveでは同じエフェクトを複数のトラックにかけたい場合、エフェクトをかけたいトラックをまとめてグループ化すれば、その全てに同じエフェクトをかけられます。以前使っていたDAWは、いちいちバスを全てのトラックにルーティングしなければいけなくて...。それが大変で苦手でした。
そもそも初心者は、センドやバスが何のためにあるのかわからないんですよ。でも、Liveはそういう概念を知らなくても直感的にそのままやらせてくれるというか、DAWを使い始めるハードルを下げてくれるところが良いところですね。
ちなみにLiveのデバイスの中で特に気に入っているものはありますか?
RoarとMeldです。Roarは音数が多い曲の中で、埋もれずに一歩前に出てきてほしいパートに使うようにしています。
それとMeldは、UIがかわいくて好きです。特に雷や傘など、視覚的にわかりやすいアイコンで波形を選んでいけるところが気に入っています。自分はサウンドギークではないので、触っていて楽しいかどうかをデバイス選びの基準にしているんですよ。そういうポイントを押さえたデバイスが用意されていることもLiveを使う大きな理由のひとつですし、使っていてやる気が出ます。
Liveの他にはどのような機材を使用されていますか?
主にマイクですね。普段から使っているマイクのひとつはBLUEの「Blueberry」です。これを、頭だけが入るパーソナル防音録音ブース「ISOVOX」の中に設置しています。メロディーと歌詞を書く時は、卓上に設置しているAudio-Technicaの「AT4040」を使います。
ゲーム実況のように椅子に座ったまま歌いながらスケッチしていき、そこで確定させたものを録音ブースで録るスタイルでいつも制作しています。あと、上手く弾けるわけではないのですが、ギターも沢山持っています。
その中でよく使うのはどんなギターですか?
TeiscoのSS-4Lです。PolyphiaのギタリストであるTim Hensonモデルの、NeuralDSPのアンプシミュレーターを挿すとすごく良い音になるので色々な曲で使っています。
あと、FenderのAcoustasonicもよく使います。3つのエレキギターの音、2つのアコースティックギターの音に加えてその中間の音、全部で6種類の音が出せるので、色々なサウンドが作れます。本体が軽いから使いやすいですね。
楽曲によってはバーチャルシンガーの声も取り入れていますよね。どういった視点で選んでいるのですか?
自分自身はボカロカルチャーにルーツがありますが、所謂ボカロPではないので、バーチャルシンガーを前面に押し出すような使い方はしません。それよりも、自分の曲を引き立ててくれる楽器のようなイメージで、「この曲に違和感なく馴染む声の持ち主は誰かな?」という感じで選んでいます。水槽の曲であれば、やはりメインに置くべきは自分の声であるべきだと思っているので、バーチャルシンガーを使う場合も聴いた人が合成音声とのデュエットにならないラインでの使い方を心がけています。
あとは、思い入れがあるかどうかですね。例えば「POLYHEDRON」という曲では、「Synthesizer V AI Mai」を使いましたが、Maiはバーチャルシンガーとしての知名度はあまり高くないんですよ。ただ、声自体はすごく自然だし、歌も上手い。自分の声にあまり自信がないので、初音ミクや重音テトのような華やかな存在というよりは、Maiにどこか親近感を覚えて、感情移入してしまうのかもしれません。
普段からよく使っている制作テクニックや機能を教えていただけますか?
Liveのピアノ音源は[Release]を0に設定するだけで、すぐに所謂"リリースカットピアノ"が作れてしまうんです。[Bright][Tone][Soft/Hard]だけで音色の調整が完結するので、いつも使っています。

リリースカットピアノで使うGrand Piano。
鍵盤が得意ではないので、音楽制作を始めた頃から、MIDIキーボードなどは使わず、ずっとMacのキーボードとマウスのみでトラックを作っています。そういう人間からすると、Live 12で導入された「command+E」(Windowsの場合は「Control+E」)で、MIDIノートをグリッドに沿って細かく刻むチョップ機能は革命的ですね。MIDIの打ち込みが本当に楽になりました。
あと、よく使うのは指定したMIDIノートのベロシティをランダマイズする機能ですね。打ち込みだけで生演奏的な揺れのあるグルーヴを作ろうとすると、MIDIノートのベロシティの強弱をひとつずつ細かく設定しないといけないのですごく手間がかかるんですよ。この機能を使えば、フレーズ全体のベロシティを自動でランダムに調整して、簡単に人間らしい強弱のあるパターンを作ることができるので重宝しています。

ベロシティをランダマイズして作る人間らしいパターン。
今回ご提供いただいたエフェクト・ラックのプリセットについて説明してもらえますか?
これは普段、仮歌の録音時に使っているボーカル処理専用のエフェクト・ラックをLiveのデバイスだけで再現したものです。
EQ Eightで簡易的に抜けを良くし、Gateでノイズを除去しつつ、音量差を整えるためにCompressorを2段構えながら、最後にOTTでテンションを上げています。

今回提供してくれた仮歌用エフェクト・ラック。
実はこのエフェクト・ラックを使う一番大きな理由は、録音中に自分のテンションを上げるためなんです。さっきも言ったように自分の声があまり好きではなく、具体的には低域と中域はいらないし、高域が足りないと感じています。だから、モニターから自分の生声がそのまま返ってくると、作業のモチベーションが上がらなくて...。少しでも自分の声が華やかに聴こえるようにエフェクト・ラックを組んでいます。
最後に読者に向けて、何かメッセージをお願いします。
音楽的な知識もなければ楽器のスキルもない自分でもMac1台あれば曲が作れるので、音楽制作を始めたいけど二の足を踏んでいるという方には、まずは一歩踏み出してみてほしいです。
そうすれば、きっと一気に音楽の世界が広がっていくと思います。初心者が音楽制作を始めるにあたって、Live以上に優れたツールは他にないと思うので自信を持っておすすめしたいですね。
文・インタビュー:Jun Fukunaga
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