2019年に「ニルヴァーナ」でボカロPデビューを果たしたサツキは、ハッピーハードコアやエレクトロを取り入れた高速かつ情報量の多いサウンドと、叙情的な歌詞で多くのリスナーを魅了してきました。特に2024年にリリースした「メズマライザー」は大ヒットを記録しており、同年にはYouTube再生数が1億回突破するなど、現在、最も注目を集めるボカロPのひとりとして知られています。
本インタビューでは、ボカロPとしての活動を始めた経緯や、Ableton Liveとの出会い、お気に入りの機能に加え、初音ミクの歌声を活かすエフェクト・ラックの設計思想、そしてボーカルを際立たせるための工夫などについて、話をうかがいました。
サツキ:僕がVOCALOIDを知ったのは小学校3年生のときで、2010年頃ですね。当時、ニンテンドーDSの「うごくメモ帳」というサービスがあって、その中でVOCALOIDの存在を知りました。ニコニコ動画にもアカウントを登録して、2010年頃からボカロ曲を聴き始めたんです。
でも、だんだん聴くだけでは満足できなくなってきて。中学2、3年生の頃から、受け手だけじゃなくて自分も発信側に立ちたいという思いが出てきました。それでニコニコ動画で「ゆっくり実況」を作ったりもしてましたね。ただ、本当は一番やりたかったボカロPを学生の頃はなかなか始められなかったんです。その代わりにゆっくり実況をやっていたという感じです。やっぱりDTMって結構お金がかかるし、初音ミクを買うだけでも1万円以上するので、学生からしたらめちゃくちゃ大金なんですよね。だから、その時点では、お年玉を貯金して蓄えておこうという感じで、まだボカロP活動は始めていませんでした。でも、そうしている間も、ずっと好きだったボカロ曲を自分でも作って出してみたいという欲は高まっていきました。
そこから大学生になり、札幌で一人暮らしを始め、バイトもできるようになったので、貯めていたお年玉や初めてのバイトのお給料を元手に機材を揃えて、ボカロPの活動を始めました。
サツキ:そちらは興味がなかったというか、軽音でみんなとバンドをやりたいとか、そういう欲求はなく、あくまで「ボカロ曲を作りたい」というすごく限定的な欲があっただけなので、楽器の演奏経験は全くありませんでした。
サツキ:そうですね。黒鍵の意味もわかっていなかったくらい、本当に音楽の知識はなかったですね。
サツキ:ネットで最低限のことを学びました。音楽には調というものがあって、12個のうちから7個を選んで音を並べていくとか、4/4拍子がどうとか、本当に基本的なことだけを確認して、1曲目を発表したという感じですね。
サツキ:最初のDAWは、無料で使えるCakewalk by BandLabです。DAWはやっぱり高かったので、その時はプラグインだけ持っていました。そこからCakewalkを1年くらい使っていたのですが、操作感があまりしっくりこなくて。それでStudio Oneに乗り換えました。当時はまだ大学生だったし、DAWに何万円も出せるほどお金があったわけではないので、月額数千円を払えば、使用できるSpliceのRent to Ownプランに契約してStudio Oneを使っていました。
サツキ:「メズマライザー」を発表した2024年まではStudio Oneを使っていましたが、次作の「オブソミート」では完璧にLiveに移行していました。
正直、SpliceでサブスクとしてあったからStudio Oneを使っていたんです。ネットの評価も高かったですし、オーソドックスなDAWという感じだったので「これでいいか」という感じでしたね。でも、使っているうちに自分が好きなボタニカやハイパーポップといったアングラな音楽も作っていきたいと思うようになりました。それに実験的なこともしたかったので、音をコラージュするように自由自在に操れる感覚で制作できるDAWがいいなと思っていたんです。
それとその頃は、ちょうど原口沙輔さんがLiveを使っているということがボカロシーンの中でも広まってきていた時期でした。なので、僕的には原口さんの曲調に寄せに行く、というわけではないのですが、ああいう感じの面白い曲を作りたいと思っていましたし、、もっとアングラな方向に行きたかったこともあって、Liveを使ってみようと思って乗り換えました。
サツキ:CakewalkからStudio Oneに移ったときとは違って、DAWのステレオタイプ的なものとは異なるUIや操作感だったので、最初は面食らいました。でも、使っていくうちにすぐ慣れて、逆に今は普通のDAWの操作感にちょっと違和感があるくらいになりましたね。
サツキ:機能としては、ワープ機能がすごいなと思っています。長いサンプルでも、プロジェクトの中にポンと放り込むだけで、かなり高い精度でBPMを合わせてくれます。BPMが記載されていない、あるいは設定されていないサンプルも結構あるので、自動でプロジェクトのBPMに合わせてストレッチしてくれるのは助かります。
それとワープモードも [Beats]、[Tones]、[Texture]、[Re-Pitch]、[Complex]、[Complex Pro]と6種類あり、使い分けができます。テンポを合わせるだけでなく、あえて音質を保ったままにしたり、逆に音質を劣化させてエフェクト的に変えたり、サンプルを自由に扱える要素があるなと感じました。
インストゥルメント・デバイスではSimplerがお気に入りですね。一般的なサンプラーのような使い方もしますが、Granulator IIIで加工したサンプルをスライス機能を使って分割し、それをMIDI生成モードでランダムに並べることで、また別のグラニュラーシンセっぽいサウンドを生み出したりもします。それにスライス機能を使えば、ボーカルチョップも簡単にできます。そういう意味ではかなり拡張性があって、本当にパズルみたいな感じで音を再構築できるのでかなり重宝しています。
サツキ:エフェクトはMultiband Dynamics、特にOTTですね。あとBeat Repeatも結構使います。僕の曲は煌びやかなサウンドというか、カオス感みたいなものが特徴なので、パキッとしたサウンドが欲しい場面がたくさんあります。Multiband DynamicsのOTTの設定は、いろんなトラックにとりあえず挿してからどうするか考えるくらいの勢いで使っていますね。
Beat Repeatに関しては、ポンと挿すだけでもともとあったビートやフレーズを本当に別物に変えてくれます。グリッチノイズみたいな効果やスタッターみたいな効果を生んでくれるので、楽曲のアクセントになってくれるエフェクトなので、かなり気に入っています。
あとはドラムラックにアーメンブレイクなどの素材を入れて使っています。まだあまり使いこなせていないんですけど、Pushで叩いて偶然できた良いビートのパターンを採用することはよくあります。
自宅のPush。
サツキ:さっきの話とも関係してくるんですけど、Simplerでミクのボーカルチョップを作れるところですね。あとはCorpusやRoarといったエフェクトで、ハイパーポップ的な音を作るときにミクの声も一緒にエフェクトを混ぜることで、異質なセクションを作り出すことができます。Liveは飛び道具的なエフェクトががっつり揃っているので、アングラな音楽シーンとVOCALOIDシーンの融合が簡単にできる印象がありますね。
それとミックスに関しては、Liveの純正エフェクトとWAVESのプラグインをほぼ半々で使っています。EQやコンプレッサーは、純正のものだとわざわざプラグイン画面を開かなくてもデバイスビューで操作できるじゃないですか。その操作の手軽さもあって、純正のものを使うことが多いです。
サツキ:はい。ここがStudio One時代との大きな違いですね。Liveは純正エフェクトの質がかなり高いので、無理に高いお金を出して外部のプラグインを揃える必要はないと思います。それに音源も豊富なので、純正のものだけでも十分作曲できます。なので、これからボカロ曲を作りたい人は、まずはLiveとVOCALOIDを購入するのがいいと思います。僕がStudio Oneを使い始めたときと同じように、今はLiveもRent to Ownプランがあるので、以前よりも手に入りやすくなりましたしね。
サツキ:そうですね。他のDAWを使ってからLiveに移ると、UIの違いなどで「馴染めなかった」という人がちょくちょくいます。そうなるくらいなら最初からLiveを使った方が全然いいと思いますね。
あとMax for Liveデバイスも、有志でいろんなものを作っている人がいて、拡張性がかなり高いです。無料でダウンロードできるMax for Liveデバイスは結構多いし、エフェクト・ラックの配布も充実しています。そういうコミュニティが活発なところもLiveを選ぶ大きな理由になり得ると思います。
サツキ:Hocket IIをよく使っています。コードやメロディーの各キーを異なるMIDIチャンネルに送って、様々なボイスで再現させることで、いろいろな音を鳴らしてくれるんですよ。もちろん、これ以外にも痒いところに手が届くものが多いですし、Liveを使っているボカロP同士で「こういうMax for Liveデバイスを作ってみたから試してみて」みたいな感じで、知り合いからもらったりもします。
Hocket Ⅱを使って様々な音を鳴らす。
例えば、長年のLiveユーザーでもあるボカロPの歩く人さんから、「最近 ”Project x Session Time Counter” というプロジェクトをどれくらいの時間開いていたかがわかるタイマーみたいなデバイスを作ったから使ってみて」と言われたので、それも使わせてもらいました。そういうネタ的なものもあれば、もっと実用性のあるものも沢山あるので、今後はLiveを使っているボカロP同士でそういった研究をしていくコミュニティみたいな動きがあれば、新人の人たちは助かるんじゃないかなと思いますね。
作業時間がわかるProject x Session Time counter。
サツキ:普段はLive純正のものだけじゃないものも使ってボーカル処理をしていますが、今回はそれに近いボーカル処理をLiveの純正エフェクトだけでやろうというコンセプトで作らせていただきました。
サツキ:最初のEQ Eightはローカット用です。これを使って低域をバッサリ切っています。次にCompressorで音量を整えます。さらにMultiband DynamicsのOTTのAmountを40%程度に設定することで、パキッとしたサウンドの下地をつけます。
そして、SaturatorのカーブタイプをAnalog Clip、ポストクリップ・モードをSoft Clipに設定して、倍音や歪みを加え、ミクの声がオケの情報量に埋もれないように太くします。その後に抜けが良くなるようにEQ Eightで高音域を上げつつ、ミクの声の基音となる一番大きいところを逆にちょっとだけカットします。
さらにエンハンサー的な役割としてもうひとつMultiband Dynamicsを入れています。ここで高音を少しブーストしつつ、逆に低音を下げるという感じです。また、中音域もちょっとだけ下げるように設定しています。次にボーカルに厚みを加える目的で「Chorus-Ensemble」をダブラー的に使用しつつ、持ち上げた高音域がうるさくなりすぎないようにその抑えとして「De-esser」も入れています。最後に薄めにプレートリバーブをかけるために「Hybrid Reverb」も加えています。
初音ミク用エフェクト・ラック。
サツキ:基本的にはメインボーカル用として使いますが、コーラスハモに使いたい場合は、ここに左右に振るダブラーを加えて使うこともできます。なので、この設定を主軸にしつつ、用途ごとにアレンジしながら使ってもらえると思います。
サツキ:それで言えば、僕はボーカル処理よりもむしろオケの方に気を使っています。例えば、ボーカルの抜けを良くするためにオケのセンターはなるべく開けるとか、ボーカルが鳴っているときだけ、干渉する帯域を下げるとか、そういったところに注意しています。やっぱりどれだけオケが良くても、ボーカルが聞こえないと歌モノの曲をやる意味がないと思うんです。
そのためにボーカルの高音域をブーストして抜けを良くしているんですけど、その処理はすごくテクニカルというよりは、さっきのエフェクト・ラックを見てもらえばわかるように、割とゴリ押しです。もちろん、もっと繊細なやり方の方がいいのかもしれないんですけど、僕の作る曲のオケの情報量を考えると、それくらいやっても意外と成立するんですよね。
理論やテクニックをいくら学んだとしても、結局は自分で実際にやってみないとそういうミックスの感覚って身につかないと思うんです。だから、一般的に言われているセオリーとは違うやり方でも、自分がしっくりくるのであれば、その方法でいいと思います。そして、その感覚を掴む一番の近道は、とにかくたくさん曲を作ることだと思いますね。
サツキ:僕より上の世代のボカロPの方は、よく「相棒みたいな存在」と表現されます。でも、ミクって僕が子供の頃にはすでに一般向けに発売されていたこともあって、当たり前に存在しているものという感じなんですよね。だから、僕の中では音楽を作るのであればボカロを使わないという選択肢はありえないんです。そう考えると、自分の身体の一部というか、心臓みたいなものですね。それくらい僕にとっては欠かせない存在です。
一方でLiveは、自分のアイデアを拡張してくれるのはもちろんですが、自分の中になかったアイデアも生み出してくれるパートナーみたいな存在ですね。そういうDAWはLive以外ではなかなか見当たらないと思います。
初音ミクをAbleton Liveのアレンジメントビューで録音。
サツキ:さっきから言っているようにLiveはUIが他のDAWとは少し違うので、別のDAWを触ったことがある人だと最初は戸惑うかもしれません。でも、音楽制作の楽しさを一番味わえるのはやっぱりLiveだと思うので、いろいろな人に体験してもらいたいです。その中で自分だけの音楽制作の楽しさを見つけると、それが自分の楽曲における個性の獲得への近道になると思います。
あと、初音ミクを使ってボカロ曲を作りたいという人はたくさんいると思いますが、まずは一度やってみてほしいですね。もちろん音楽理論や基礎的なDTMの知識は学んでおくに越したことはないのですが、いろいろ考えるのはその後でいいと思います。それよりも手を動かして、周りの評価なんか気にせず、自分の世界に没頭して楽しみながら音楽を作ってみる。それが最初に挫折しないコツなのかなと思います。一緒に頑張りましょう!