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Neil Rolnick: A Sampler For The Ages

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Darius MilhaudJohn Adamsの元で作曲を、(FMシンセシスを発明したJohn Chowingの元でコンピューター音楽を学び、パリの(MaxMSPを生んだ)IRCAMでPierre Bouezと共に研究者として勤務したNeil Rolnickは、20世紀の近代音楽の多様な潮流に精通した人物だ。しかしながら、学問の世界に30年以上携わってきたRolnickの作曲とテクノロジーに対する見方は、学問的とはほど遠い。実験精神に溢れ生き生きとした彼の音楽は、時に極めて複雑ながらも決して威圧的ではなく、むしろとっつきやすくメロディックで(あえて言ってしまうと!?)口ずさめるほどだ。

音楽パフォーマンスにコンピューターを用いた最初の(70年代後半)一人であるRolnickは、デジタル・サンプリング、インタラクティブ・マルチメディア、ヴォーカル、室内・オーケストラ作品といった分野を網羅し、常に技術的に洗練された手法と、人間的要素のバランスを保ち続けてきた。多くの場合、彼の作品には生楽器、即興演奏、不変のリズム、そしてミュージシャンとマシンのリアルタイムな相互作用が含まれている。

多忙なNeil Rolnickと話す機会を得た私たちは、彼の作曲家、教師、技術者としての進化について聞いた。

 

あなたのキャリアを考えると、その間に音楽テクノロジーは劇的な変化を遂げました。ハードウエアからソフトウエアへの移行がもたらした、あなたの考える良い点と悪い点とは何ですか?

まず最初の問題として、私は技術進歩の賛否を理論化することは非生産的だと思います。実践的な観点では、色んなことが変わった、それに合わせて自分も変わるか、置いていかれるか、のどちらかしかありません。

とはいえ、そこには双方のバランスを取る方法もあります。ソフトウエア・ツールは操作性という面で、BuchlaMoogといったアナログ・シンセサイザーで8あるいは16ステップのシーケンスを組んでいた、あるいはテープ・ループを使って作曲していた1970年代前半には想像もつかなかったような、ある種の音楽的能力と柔軟性をもたらしてくれました。70年代後半にStanfordIRCAMでリアルタイムではないコンピューター・シンセシスを使っていた頃と比較してもです。1980年代に「A Robert Johnson Sampler」を作曲した頃でさえ、各5~15秒しかサンプルを保存出来ませんでしたから…  個別のフレーズをサンプルし、ループするのが精一杯だったのです。それと比較すると、現在出来ることの可能性は規模が違います。作り手は、テクノロジーの可能性を越えて、それをさらに押し広げるような想像力を持たなければならなくなりました。

しかしその一方で、全てがソフトウエアに移行したことで、音楽制作は物理的な触れ合いをほとんど必要としなくなりました。再生ボタンを押すことは実に簡単です。でも、少なくとも私にとっては、音楽作りに身体的な関わりを持たなくなったことで何かが失われてしまった。ですから、私は全ての作品において、私自身が音楽に集中しそれを感じてプレイしなければいけない状態を作るようにしています。現在、ピアノとコンピューターのための新しい作品を作っているところで、二週間ほどで公開される予定になっていますが、毎日何時間も自分のパートを練習しています。まるで生楽器を演奏するかのように。アナログ時代は、同じようにケーブルやノブを使ってモジュラー・シンセを生演奏するために練習しなければなりませんでしたから。でも現在は、あえて自分にそれを課しているのです。

あなたの作品、「A Robert Johnson Sampler」がプラットフォームからプラットフォームへと’ポーティング’しても、本質的には同じままを保っているのはどうしてですか?

「A Robert Johnson Sampler」が、音楽的に、1987年と同じままを保っているという見方は興味深いですね。それは、私の音楽の作り方と関係しています。原則的に、私は作品のサウンドとアイディアを先に考えます。それをエレクトロニクスを使って実現するか、あるいは生楽器の演奏家のために書き出すかを考えることは、また別の作業です。確かに実演方法を考案している間に曲自体に対する考え方が変化することはあり得ますが… 曲自体はそのままです。ですから、実演方法が進化しても曲の聞こえ方が大きく変わっていないということは、新たなテクノロジーを起用しても、自分がやりたいことを達成できる段階まで使いこなせているということになります。新しい可能性を開拓するためにテクノロジーを試すことは、新しい作品を作る際にやることが多いですね… そして私はそれをやり続けている。

もともと「A Robert Johnson Sampler」を制作したMac Plus上のOpCodeシーケンサーとハードウエア・シンセとサンプラーという構成から、現在のLiveへのポーティングは、自分に自分が求めるサウンドを実現するにはどうしたらいいか、パフォーマンスに必要な相互作用を作り出すにはどうしたらいいか、を問う作業でした。最近になって、コントローラーとしてiPad上でLemurを使用し始めました。これによって、あらかじめデザインされたインターフェースに限定されることなく、パフォーマンスに必要不可欠な身体的な要素を持たせながら、それぞれの曲に最適なインターフェースをその場でイメージし直し、様々な音の可能性を模索することが出来ます。

あなたは先日、常勤の教師の仕事を退職されました。持てる時間を全て作曲に費やせるようになった今の心境はいかがですか?

はい、確かに私は32年間務めたRensselaer Polytechnic Instituteの学部の仕事を終えました。でも実のところ、これまでもほぼフルタイムで作曲も行っていたのです… だからこそ、その間CD17枚分に及ぶ音楽を発表することが出来ました。それに、私の教育に対する姿勢は、生徒に生計を立てたり、家族や人間関係を築いたり、世の中に自分の居場所を見つけたりといった無数の層から成る日常生活の中で、いかに音楽制作に集中すればよいかを伝授することでした。自分自身がそれを実践していないと、人に教えることは出来ません。私が教えた音楽的・技術的なスキルは、アーティストとして生きること、アートまたは音楽を通していかに自分の言いたいことを伝えるかというより大きな課題への道筋でしかないのです。

とはいえ、大学の官僚主義からやっと解放された気分はとても爽快ですね。今でも朝6時に起きて作曲を開始し、複数のプロジェクトに関わっています。

それ以外では、自分の好きな音楽をマッシュアップするパフォーマンスを、現在のテクノロジーを使って実現する方法を模索し始めました。夏の間に、私が10歳か11歳の頃に初めて所有したLPの1枚だった、Everly Brothersの曲を二つ使ったマッシュアップ曲を作りました。これを8月からコンサートで演奏していますが、観客からの反響はとても良いです。この形態、あるいはアプローチは、私が1980年代後半から1990年代前半に特に集中的に従事していた、コンピューターの音楽制作方法でした。20年近く経ってから、またこの手法に戻って来ることは、とても興味深くエキサイティングでしたね… それに、自分が20年前よりもずっとしっかりと説得力を持ってコンピューターによるパフォーマンスが出来るようになったことを実感しました。それに、私の音楽、サンプリング、マッシュアップに対する考え方も確実に進歩しました。

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それ以外では、現在はどんなことに携わっているんですか?

昨年の10月に、バイオリニストのTodd ReynoldsとAlan Piersonが指揮するAlarm Will Soundのメンバーたち、Nicole Paiementが指揮するサンフランシスコ音楽大学のNew Music Ensembleを迎えて作った新しいCD、『Gardening At Gropius House』を出しました。次のCDは、ソロの名演奏家たちとインターフェース・コンピューター・プロセシングのための、三つの曲から構成される作品です。一曲目は「Dynamic RAM & Concert Grand」という、Fromm Foundationの依頼によりBang On A Can All-StarsのピアニストVicky Chowのために作ったものです。もう二つの曲は、2005年から作ってきたピアノとコンピューターのための大規模な作品で、「Digits」(2005)をKathleen Supovéが、「Faith」(2009) をBob Gluckが、それぞれ私が曲を提供した演奏家によって演奏されます。

次に作曲する予定になっているのが、サクソフォンとコンピューターの曲で、これはニューヨーク州議会のArts for Demetrius Spaneasの依頼です。その作品を引っさげ、私たちは2014~15年にかけて、ヨーロッパと(おそらく)中央アジアでプレミア・ツアーをい、ニューヨーク市でも演奏する予定になっています。その後は、チェロとコンピューターのための曲作りが控えています。

それと同時に、バイオリン、チェロ、ピアノとコンピューターという編成のための新しい作品を2015年の春にあるフェスティバルに向けて制作予定で、その資金を調達しようとしているところです。また、MONOという長期プロジェクトにも参加していて、これは感覚、つまり視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚の喪失をテーマとしています。このプロジェクトは2008年、正確には2008年3月30日の朝9:30から11時の間に、私自身が左耳の聴覚を失い、その体験への反応として形になったものです。生命を脅かすような出来事ではありませんし、私の日常生活に深刻な影響をもたらしたわけではありませんが、音楽家・作曲家としての自分には大きな衝撃でした。この経験を色んな人に話しているうちに、多くの人々がこうした知覚の損失や喪失を経験し、それに慣れることを学んでいくことに気づいたのです。最終的には、ステージ上で展開される公演になる予定ですが、過去数年間に渡り、全体の2/3ほどのシーンを個別に作曲し、演奏してきましたし、その中の二つの大きなパートはCDとしてリリースしました。

 

Neil Rolnickの多数のプロジェクトについてさらに詳しく知るにはNeil Rolnickのウェブサイトで、Live Set of A Robert Johnson Sampler(Live 9 StandardかSuiteが必要です)もダウンロード出来ます。

4月14日までの期間限定

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