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あけましておめでとうございます

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あけましておめでとうございます

あけましておめでとうございます。2013年は、Live 9とPushのリリース、無敵のAbletonコミュニティによる優れたコンテンツなど、すばらしい1年となりました。2014年をスタートする前に、昨年の出来事を振り返ってみたいと思います。 その前に―Sample Magic Beat Selectionはもうダウンロードされましたか?500MBのエレクトロニック・ビーツを収録したこのPack(Live 9に対応)は、Abletonから皆様へのプレゼントです。 Abletonは、幅広いジャンルとスタイルのアーティストが集まるAbletonコミュニティに属する、インスピレーション豊かなミュージシャンとサウンド・デザイナーを特集しました。そのうちのいくつかをご紹介します。下のリンクからご覧ください。 Machinedrum & Lando Abletonは、先進的なビートを生み出すダイナミックなこの2名のアーティストを追ってきました。彼らにひらめきを与えるものが何なのか、また長年にわたる友人でもある二人のPushを使用したスタジオ・セッションに迫る詳細なインタビューをご覧ください。 Gregor Schwellenbach:Kompaktという調べを奏でる楽曲たち 2013年夏、ケルンの老舗レーベルKompaktの20周年を記念したポップアップ・ストアが、Abletonベルリン・オフィスに1週間にわたって出店し、レコード、パフォーマンス、Pushステーション、デモなどが披露されました。AbletonはGregor Schwellenbachにインタビューを行い、彼が手がけたKompakt作品のモダン・クラシックな解釈について話を聞きました。また、Kompakt共同設立者のWolfgang VoigtとMichael Mayer、SaschienneやThomas Fehlmannといったアーティストのインタビューもどうぞお見逃しなく。 Paula Temple:Colonized Paula Templeは、圧倒的な魅力を放つEP「Colonized」を有名レーベルR&Sからリリースし、テクノの世界に華々しく再登場しました。見事な技術的および音楽的経歴を持つAbleton認定トレーナーでもあるPaulaを特集したこちらのインタビューをご覧ください。「Colonized」制作になくてはならない存在だったというLive 9についても語っています。 Tec Beatz:Now We’re Here ハードウェア・サンプラーを多用したワークフローを行っていたヒップホップ・プロデューサーTec Beatz(Killer Mike、Nelly、Attitude)は、あっという間にPushとそのパッドに夢中になりました。Abletonは、制作における経験についてTecに話を聞きました。Pushを使用した彼のビートメイキング方法を紹介するビデオもご覧ください。 Nicolas Bernier:インティメートな周波数 LiveとPushを使用するエレクトロニック・ダンスのミュージシャンを目にすることは多いかもしれませんが、LiveとPushの活用範囲はこのジャンルにとどまりません。サウンド・アーティストのNicolas Bernierにとって、LiveとMax for Liveは作曲と構成のハブとして機能します。こちらの特集では、Ars Electronica Golden Nicaを受賞したNicolasの作品「frequencies (a)」のオーディオとビジュアルの一部をご覧いただけます。 Lustmord:Layers of Meaning ミュージシャンとサウンド・デザイナーとして優れた活躍を見せているLustmord。2013年に登場した新進アーティストの多くが彼を影響力の強いキーパーソンであると語っており、Lustmordにとってエキサイティングな年となったようです。AbletonはLustmordにインタビューし、Ableton Liveのおかげで25年の時を経て初めて実現したライブ・パフォーマンス、最新アルバムで聞かれる不明瞭なボーカルの制作などについて話を聞きました。 皆様のおかげですばらしい2013年となりました。来年もAbleton.comをどうぞ宜しくお願いいたします。

トーマス・フェールマン - 流れるモーション

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トーマス・フェールマン - 流れるモーション

誰もが認める好人物で有名なトーマス・フェールマンは、しかるべき時にしかるべき場所に居合わせていました。最初のバンドパレ・シャンブルグは、1980代初頭にノイエ・ドイチェ・ヴェレの第一線で活躍しました。また彼は、草創期のテクノシーンのヨーロッパにおける立役者であり、モーリッツ・フォン・オズワルドとホワン・アトキンスとのプロダクション・トリオである3MBを通じてベルリンとデトロイトの強固なつながりの実現に貢献しました。The Orbのメンバーとして、またソロアーティストとしても活躍する彼は、フレッシュな魅力で人々の心を捉えるエレクトロニック・ミュージックを発表し続けていますが、その多くはKOMPAKTレーベルからリリースされています。 KOMPAKTの20周年記念を機会に、Abletonはトーマス・フェールマンにインタビューを実施し、ワークフロー、オーケストラとの演奏、想像上のキーボード奏者、手荷物について話を聞きました。 アレックス・パターソンとThe Orb用の素材を扱う際の制作シチュエーションはどのようなものですか? アレックスとの作業ではそのほとんどが細かい操作です。彼が提供してくれたサウンドを私がレコーディングし、トラックのフォーマットやチューンのフォーマットに合わせて調整していくという作業です。このスタイルはAbletonを使用することで実現しました。Logicを使用していた頃や、もっと前のサンプラーを入力ソースに使用していた頃は、タイミングやチューンなど細かな部分を合わせるのにかなりの時間がかかっていました。 おおまかな構造をつくるということでしょうか? そうです。以前は「アレックス、ちょっと時間がかかるよ」と言わなければならないことも多かったし、またあまりにも時間がかかるので細部に手をかけたくないと思っていましたが、今はまったく逆です。いわゆる「クイック・ソリューション」ループにとりあえず入れてみたとき、一見いいアイデアに思えない場合もよくあります。でも、後になって初見のときよりもずっといろんなことを発見することもあります。レスポンスの素早さと優れた操作性だけではありません。制作における私たちの関係性にも一役買っています。近年におけるトラック制作においても、Abletonをインターフェースとして初めから終わりまで使用していなければ、違ったサウンドになっていたはずです。 2005年発表のThe Orbのアルバム「Okie Dokie It’s The Orb On Kompakt」から一部をお聴きください。 大まかに言って…それにこのことを話すのはこれが初めてなんですが、Liveがなかったら再びライブ演奏することはなかったと思います。かなり長い間、2000年あたりまで、裏方としてずっとやってきました。「ライブ」と呼ぶに値するワークプロセスの可能性を見いだせるようになったのは、2000年だったんです。 これまでAbleton Liveを使用してきて、ライブでの演奏方法に変化はありましたか? そうですね。最近Pushを手に入れました。ステージに持ち込みたいという段階ではまだないのですが、「ライブ」という形態を向上し、再定義してくれるギアだという予感がしています。正直言って、重くて、旅行用バッグを変更しなければならないような機材を持って行くことはためらわれるんです。この点は本当に不精なんですよね… 手荷物だけですか!? さすがに米国でのツアーに手荷物だけということはありませんが、ヨーロッパだったら絶対そうですね。 フェールマンさんの「手荷物オンリー」ポリシーはかなり有名です。ご本人はそれをご存じでしたか? かなり前からの習慣なんです。79年にロバート・フリップに初めて会ったとき、彼はFrippertronicsのコンサートで世界を回っていました。キング・クリムゾンが1回目の大きな波を越えた後で、休止期間に入っていた頃だったんですが、そのとき彼が言ったことはずっと私の頭に残っています。「未来は小型で携帯式になる」ここまで発展するとは彼も想像していなかったでしょうが、私は今でもこのアイデアに強い共感を感じているのです。もちろん肉体的な労苦から自由にしてくれるという側面もありますが、資金繰り、効率性、人材、全体的なインフラという観点から見れば、ツアーという形態の構造自体を変えるアイデアだと思います。そういう点からも、役立っていると思いますね。 パレ・シャンブルグの1981年の作品「Wir Bauen Eine Neue Stadt」をご覧ください。トーマス・フェールマンはトランペットを演奏しています。 コンサートの話が出たところでもう少しお聞きしたいのですが、ラップトップを開いてセットをスタートするときの状況をお話しください。 セッションビューを使用しています。テープレコーダーのような感じで使っています。ベースドラムすべてを1つのチャンネルに、インストゥルメントをそれぞれのチャンネルにそれぞれ置いて、だいたい全部で14トラック程度です。その後、各トラックに一定数のクリップ(20列ほど)を置きます。これでアレンジの下準備が少しだけできているような状態になります。下に移動しながら途中でいくつかバリエーションを加えていく形です。 コンサートとコンサートの合間には、少しだけ時間を取って(これがとても楽しいんですが)、ライブセットを通しでリハーサルし、直前のギグの最中に考えたことを思いだすようにしています。新しいサンプルや、新しいシンセラインのアイデアを試すこともあります。こうして新しいアイデアを追加していくんです。自分にとって興味深く新鮮なサウンドになるようにするためです。 あなたの作品は音が非常に豊かです。サウンドを見つけてメロディパートを生み出す際の一般的なアプローチはどのようなものですか。 私のアイデアやパートの探し方は、キーボーディストがノートを演奏するようなスタイルとは異なります。キーボードでは簡単に再現できそうにないメロディラインを生み出したいといつも努力しています。伝統的な意味で言えば私はキーボーディストではありませんし、ベースラインやメロディやコードを演奏しているキーボーディストを想像すると、いつも少し凡庸な感じがするんです。できるだけ自然で無意識なものになるよう心がけています。これを形にすることがこの仕事の主要な部分です。だから、このサウンドを生み出すシンセを思い浮かべるということはありません。程度の差はあれ、オリジナルのソースから離れたものを作りたいのです。またサンプルの使用については、これまでにも増してサンプルの元をたどるのが難しくなってきていると感じます。識別できるリックやブレイクなどではなくなっているからです。 Liveでも同様です。最近はLiveを幅広く使用していますが、たとえば1小節のサンプルがあるとしたら、ボリュームレベルをゼロにして、サンプル内の1つか2つの要素だけをピックアップして、同様の処理を行った他のサンプルに織り交ぜます。一種のコラージュのようなテクニックです。こうすることで、サンプルの元の形やどこから手に入れたサンプルなのかをすぐに忘れてしまいます。何だったかは覚えていませんが、こうしてあっという間に新しい命を得ることになるのです。これが非常に楽しいんです。アレックスとの作業スタイルの話に戻りますが、これだとすばやく簡単にまったく異なる結果を得ることができます。 アレックスがベルリンに来るときはだいたい3~4日の滞在日程なので、ときにはかなりの作業量になることがあります。だからといって、スピードアップを自分たちに課しているわけではありません。本当に意図したことではないのですが、自然とすばやく作業できるようになりました。ほんのわずかの時間でトラックの方向性を決めることができることに、ときどき自分たちでも驚くほどです。もちろんそれで完成というわけではありませんが、核となる部分がクリアになるのに時間がかからなくなりました。 サウンドソースとインストゥルメントについての話が出たところで、KOMPAKTから発表された象徴的な12インチ「Titan One / DFM」の誕生秘話をお聞かせください。オーケストラとのコラボについてはどのような準備をされたのでしょうか。 あのプロジェクトは、Mutekと連携したモントリオール交響楽団からの依頼が発端でした。クラシック音楽とエレクトロニック音楽を本来とは異なるオーディエンスに届けるのが目的でした。モントリオールのシンフォニーホールとは違った空間で、オーケストラにマーラーの交響曲第1番を演奏させたんです。非常に感銘を受けました。100名にも上るオーケストラがあのような場所で演奏するのを見たのは初めてでした。その後、オーケストラの後に私が通常のライブセットを演奏する前の幕あいの部分を作成してほしいと依頼を受けたのです。つまり、橋のようなものを作ることになったのです。 マーラーの第1番の録音素材からいくつかの要素をサンプリングし、そこからチューンを作り上げていきました。これは第1楽章、これは第2楽章という風に単純に進めていったのではなく、第1番のさまざまな部分から30ほどのサウンドを抜き出し、そこから作成していきました。Ari Benjamin Meyersに同席してもらって、サンプルをいくつか置き換え、彼に記譜してもらって数人のミュージシャンに私と一緒に演奏してもらったんです。基本的に、クラシック楽器のセクションと、私が担当するエレクトロニックなセクションとに分けられていて、私は楽譜に変換しにくい部分を演奏しました。 「Titan One」と「DFM」の一部をお聴きいただけます。 オーケストラの録音素材をサンプリングして、サンプルベースの曲を作成し、サンプルのいくつかは記譜してオーケストラ楽器を使用して演奏したということですか? そうです。それが1曲目の「Titan One」でした。「Titan」というタイトルは、マーラーの交響曲第1番の標題から来ています。2曲目の「DFM」(これは「Du Fehlst...

KOMPAKTにフォーカス:マイケル・メイヤー

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KOMPAKTにフォーカス:マイケル・メイヤー

Kompaktの共同創設者である マイケル・メイヤーは、過去20年間にわたりレーベルがケルンのデリリウム・レコードショップからレコードレーベル、配給業者、そして予約エージェンシーに進化を遂げ、ドイツのテクノ音楽を定義する主要な役割を果たすのを見てきました。実力で 成功を収めたDJ およびミュージシャンでもあるマイケルはKompaktのA&R責任者として引き続きリリース用の新しいレコードを選定し、世の動きに耳を傾けています。「KOMPACTにフォーカス」シリーズの第二部として、Kompactのバックカタログを掘り起こしながら新しいサウンドに対してオープンであり続けること、ミックスCDの行く末など、2013年のレコードレーベルの場所についてマイケルと話しました。 Kompaktの歴史はもう20年にもなります。レーベルは確実にそのアイデンティティを維持しながら進化し続けてきました。新しい音楽で、Kompaktに似たサウンドを聞いた時、何に注目しますか。 これは本当に直感的なものです。8小節聞くと、だいたいトラックが好きか嫌いかが分かりますから、その中間はありません。好きか、嫌いかのどちらかです。KompactのA&Rプロセスはずっとそんな感じでした。初期の頃はウォルフガング[Kompactの共同創設者ヴォイト]と一緒に 全てのデモを聞いていましたが、7、88年前からはほとんど独りでやっていますし、ここ数年ではプロセス全体が随分変わりました。今でも直感に頼るのは変わりませんが、送られてくる全てのCDやリンクを聞いている時間がないのです。すでに優秀なアーティストが揃っているので、みんなで2年おきにアルバムを出し合ったり、シングルを持ってきたりして、基本的には新しいアーティストを見つける必要はありません。ある程度曲は揃っているので、後から加わった作品のほとんどは、わたしがどこかで出会った人や、数年来の友人とある時から一緒に仕事をしようと決めて個人的に契約した場合がほとんどです。 Kompaktは信頼できるレコードレーベルでありたいと思っています。経済的商業的な側面もありますが、アーティストが経営するレーベルでとことん金儲けをしたいというのが第一目標ではないのです。ですから、ビジネスをアーティストの視点から扱っている点が、他のアーティストにとって非常に魅力的のだと思います。Konpaktと私たちと契約したアーティストの間にはとても強い信頼関係があります。 リラックスしたいとき、自由時間にはどんな音楽を聞きますか。 私はレコードコレクションが趣味なので、自分が演奏したいレコードだけでなく、基本的にはどんな音楽でもスポンジのように吸収しています。これまで聞いたことのない音楽に挑戦して新しいものを発見するのが好きです。最近は世界の音楽にハマっていました。シアトル発のSublime Frequenciesという素晴らしいレーベルがあるのですが、スマトラの一風変わったポップ音楽や60年代のパキスタンのサイケデリック音楽などを一緒に収録したコンピレーションで、彼らが発掘した音楽には本当に驚かされましたよ。 そうおっしゃる通り、本当に興味深いですね。というのは、以前のインタビューで非西洋音楽が最新アルバム Mantasyに影響を与えたという話がありました。そのアルバムは貴方にとって劇的な変化に思えましたが。 自分では劇的な変化だとは思っていません。私のテクノはいつも多くの影響を受け入れてきましたし、テクノが閉ざされたジャンルと思ったことは一度もありません。私にとってテクノを何の関係もない別のスタイルとマッチするのはいつも大切なことであり、楽しいことでもありました。ウォルフガングがドイツの民謡を全く関係の無いものと組み合わせているのと同じです。こういうふうに仕事をするほうが楽しいですし、その影響が鮮明に音に反映されることはないかもしれませんが、私生活でそのような音楽を聞くと世界が広がり、レーベルのA&R、またDJとしての立場上、自分の耳を異なるリズムやハーモニー体系に馴らして、音楽全般に対する好奇心を忘れないのも自分の役目だと思っています。あちこちやり過ぎているかもしれませんけど。時々妻に怒って「私をもう苦しめないで。これは何?これはヨーロッパ地域の昔の魔女の呪い歌?あなたがこれが好きなのは勝手だけれど、この音楽で私たちまで苦しめないでよ。」と言われます。 過去20年間を振り返ると、、業界を取り巻く環境は劇的に変化がありました。1993年を振り返ると、自分の音楽を世に出す方法はレコードレーベルしかなかったのです。実際の媒体が必要でしたし、ほとんどのDJはレコード盤で演奏していました。ここ20年の間にKompaktサイトはデジタルストアの開店と閉店を共に経験されていますが、現在は通常CDで音源を販売しています。音楽配信の未来はどうなると思いますか。CDは段階的に消えていくと思いますか。 CDは確かにじきに消えていくでしょうがあまり悲しいとは思いませんね。あのフォーマットは昔から好きと思ったことがありませんから。レコード盤は低い次元では安定しているようです。熱狂的なファンやコレクターがいますがレコードが再びCDに取って代わることはないでしょう。確かに、ディランが言ったように、「時代は変わる」ですが、この三流品の海からお気に入りの音楽、売り出す価値があると思われる音楽をフィルターすることがレーベルや配給業者の主な仕事だと思います。テクノロジーがどれだけ進歩してもこれは変わらないでしょう。音楽愛好家として、自分が信頼するアーティストや会社を知っていることは大事なことです。多くの時間を節約できる上にテイストは変わりません。テイストを作り出す人と、その価値を理解する人がいます。 貴方はプロダクション、そしてDJとしても有名です。特に、貴方のImmerミックスシリーズには多くの賛辞が寄せられました。技術的には貴方のミックスはターンテーブルに凝ったりクレイジーなトリックを使ったりしていないので少しあっさりな気がしましたが、セレクションは本当に完璧で興味深いと思いました。なミックスを集めるときには何を追及し、DJセットでライブでするときには何を求めますか。 デモと同じプロセスです。週に1万枚もトラックを買うわけではありませんが、選定には細心の注意を払います。Immerシリーズのタイトルは「オールウェイズ(常に)」という意味で、狙いは長く記憶に残るものを制作することでした。CDに焼くのなら、何年後も聞きたくなるセレクションであるべきです。製品の生産や販売宣伝をあまり考えなくて良いスナップショットのようなポッドキャストとは異なり、もっと価値が高いものです。私はいつも時代を超えた作品を作ることを目指しています。 ミックスCDの制作を計画したことは一度もありません。大抵はクラブでのシチュエーションなのですが、この音色はもう一つのImmer CDの音色、まさにアンビエンスになり得る音、そのフィーリングが突然襲ってくる瞬間を待っていました。この瞬間がきたらクラブで感じたアンビエンスを形にすべく作業を始めます。けれど、二年ごとにミックスCDをリリースしないといけないというプレッシャーはありません。。適切な時がきたら出すという考えです。ただ、あまり長く待つのも良くないので、そこまで長くならないうちにリリースしようとは思っていますが。 Kompaktの 20周年ですが、それほど沢山の収録を出されていませんね。レーベルの歴史を考察して、しばらく聞いたことがないトラックで「これは時代を超えたトラック」と感じたものはありましたか。 Kompakt 12、 デッティンガーの『Totentanz』を聞いた時は笑いましたよ。1999年のダブステップトラックですから、基本的に私たちがでなければデッティンガーがダブステップを発明したのですから [笑い]。イギリスのプレスのインタビューでは彼らを怒らせるためにいつもその話に触れますよ。それは確かに…古い感じの部分もありますが、今でも非常に斬新で、まだまだ未来志向です。DJとしていつもカタログと絶えず対話をし、セットにひと味加えるのに古いトラックをいくつか選択することもありますから、ハートはちゃんと分かっていますし、驚くようなことはそんなにありませんでした。 デリリウム(後にKompakt)で働くようになる前は、お客として、そこに出入りしてレコードを買いに行っていたんですよね。その背景からすべてが繋がっているわけですが、このレコードショップ文化の再興についてどう思われますか。Record Store Dayなど、人々はデジタルコマースの時代に向き合ってもレコードショップを守ろうとしています。実際に店舗があって、そこに販売員がいるということは重要だと思いますか。 もちろん重要だと思います。レーベルや販売店が必要なのはどちらも理由は同じです。レコードショップの店員やバイヤーはフィルターなのですから。考えもしなかった音楽と自分を結びつけるのは、レコードショップでしか実現できません。確かにオンラインレコードショップでも似たようなことはできるかもしれませんが、レコードショップは…90年代ではカフェと呼ばれていました。文化的な場所で人々が出会い、アイディア交換し合う、今でもそんな感じですよね。ケルンの店に行くと、人に会っておしゃべりをしたり、一緒にコーヒーを飲んだりします。これは人との付き合いで、社交的、文化的なことで、デジタルでは再現できないことでしょう。 レーベルと共同作業をするにあたり、過去20年間が今後20年間の方向性について何か教えてくれた点はありましたか。 Kompaktは常にゆったり変化してきたレーベルです。これまで何をするにしても、ゆっくり時間をかけてきましたし、一度に二つの階段に登ろうとしたことはありません。常にゆっくりと自然に即した形で成長を遂げ、それが今で私たちが存在する理由の一つだと思います。私たちは慎重にビジネスをしてきましたし、音楽的に言うとKompaktはモザイクのようなものです。このポップアップストアに掛かっている大きなポスターのようなものです。音楽は常に成長し続け、わたしたちが今までリリースしてきた音楽にも、これまでのカタログにはなかったものが新しく加わったり、バリエーションが変わったりしますが、10年後Kompaktがメジャーなロックレーベルになる、というようなビジョンはありません。自分たちの愛するこの音楽に多少のアップデートやバリエーションを加えることはあっても、基本は常に変わらない姿であり続けると思います。

KOMPAKTにフォーカス:Saschienne(サチエンヌ)

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KOMPAKTにフォーカス:Saschienne(サチエンヌ)

Kompaktレーベルのもっと最近のサクセスストーリーのひとつは、デュオのサチエンヌ(サーシャ・フンケとジュリエンヌ・デサンジュ)です。警戒心を解きほぐすような人懐っこさと社交性があり、結婚しているカップルらしくステージ上で見つめ合い、仲良くこちらがほっこりするようなトークをします。サチエンヌとしてのデビューアルバムUnknown, も親密な雰囲気が前面に出ています。アコースティック楽器が醸し出すアンティークな雰囲気、ジュリエンヌとサーシャのデリケートなボーカル、各トラックに煙のように緩やかにに入り込むビートのどれをとっても Unknownは時空を完全に包み込む極上のアルバムです。Kompaktの宇宙を構成するアーティストを特集するシリーズの一貫として、サーシャとジュリエンヌを招き、私生活そして仕事上でも一体となることUnknownの制作、そして自分たちの音楽をステージ上で表現することの難しさについて話し合いました。 ***** 最初からお聞かせください、ふたりが出会ったきっかけは。 サーシャ・フンケ:ジュリエンヌがロンドンのクラブで働いていた4年前に出会いました。その後、2010年5月にジュリエンヌがベルリンに引っ越し、2010年10月には音楽プロジェクトを計画していました。出会った瞬間からただひたすら音楽を演奏して、それ以外は何もしませんでした。元々私たちは同じルーツでないのに、仕事を一緒にすると気がぴったり合うのには驚きました。そしてある日、「自分たちだけじゃなく他の人のためにも音楽をしよう、アルバムを制作しよう」と決めたのです。ここまで来るにはそれほど時間は掛かりませんでした。 ジュリエンヌ・デサンジュ:ちょっと早すぎたかも。 それからジュリエンヌ、貴方の音楽の経験はクラシック楽器のほうが多いですか。 ジュリエンヌ:そうとも言えますし、そうでないとも言えます。というのは、私はいろいろなジャンルの音楽が好きなので、このジャンル、あのジャンルとは言いがたいのです。ですからいろんな音楽を聴きますし、勿論クラブの経験もあります。グラスゴーにあるSomaや、ロンドンのFabricでも働いていました。そうです、クラブ経験がもありますし、この頃からKompaktの熱烈なファンでした。 私の受けたトレーニングはよりクラシックの学術的なピアノで、あまり面白くはありませんでしたが、現代音楽もよく聴いていました。フィリップ・グラスがお気に入りで、私達の音楽に共通点があります。ですから、ジャンルを問いません。私にとっては単に音楽だからです。 サーシャ、貴方は多くのテクノ系とハウス系レコードをリリースしてきました。貴方もアコースティック楽器の経験があるのですか、それとも電子楽器から始めたのですか。 サーシャ:私は子供の頃80年代のポップ・ミュージックをよく聴いていました。電子音楽を聴き始めたのは1992年です。他の音楽の存在を忘れたわけではありませんが、シンセサイザーやサンプラー、その他のテクノで学んだ機器以外を使って練習しませんでした。 Kompaktレーベルを知るようになったきっかけは。 サーシャ:ベルリンでKompakt DJが演奏している時はいつも観に行きました。最初にマイケル・メイヤー、トビアス・トーマス、スーパーピッチャーと知り合いました。1991年にはデモCDをレーベルに出したところ、幸運なことに幾つかの曲が選ばれ、それが私の初めてのシングルとしてリリースされました。 Kompaktで始めてから15年になろうとしています。1999年から2013年の間に何が変わりましたか。 サーシャ:レーベルの哲学は今も昔も変わりません。ユニークな性格を持つ個人的な音楽を探すアプローチは今も変わっていません。また、Kompaktで初日から働いている従業員の多くは今でも事務所で働いています。音楽に関する同じ考えやチャレンジを共有できる継続性があります。音楽シーンは絶えず変化してきましたし、今後も変わり続けるでしょうが、Kompaktの変化は絶えず独自のパス見つけます。 ジュリエンヌ、貴方はサチエンヌを始める前に音楽業界のビジネスサイドで仕事をしていました。Kompaktを知るようになったきっかけは。 ジュリエンヌ:私は十代の頃Kompaktに出会い、それ以来レーベルのファンです。私の中でずっと変わらないお気に入りの曲を沢山リリースしています。数年後には、私が働いていたFabricにマイケル・メイヤーがよく来て演奏していたので、彼とはその頃に出会いました。毎週世界中のアーティストがやってきていましたが、その中でもマイケル・メイヤーのセットは私にとっては格別なものでした。その当時、事務所のスタッフと出会って一緒に仕事をする機会にも恵まれました。Kompaktは事務所では本当にドリームチームが仕事をしているようで、みんなが音楽に情熱を持ち中で自分の仕事にひたすら打ち込んでいます。これがレーベルを特別な存在にする一つの要因です。 Unknownを聞いていると共通した雰囲気があります。特定の場所や時間のように感じたのですがレコードで表現されていると思うその時期に、何か特別なフィーリングはありましたか。 ジュリエンヌ:はい、勿論です。それがアルバムを面白いものにしていると思います。またそれがアルバムの限界でもあるかもしれません。私達がレコーディングを開始した2010年10月、11月、その時と場所に密接に結び付いています。フランスで小さなファームハウスのような家を借りました。その当時はアルバムなどを作る計画は全くありませんでした。いくつかの楽器があって、手元にあった古いシンセサイザーを持ち込みました。楽器があって、その場所で音楽を録音するのがただ楽しかったのです。。アルバムはその時間に結びついていると思います。都会から離れたインターネットも何もない農場の真ん中に二人で暮らす環境は外界から完全に遮断されていました。私達の他にいたのは牛ぐらいですかね。 サーシャ:携帯の電波もなかなか届きませんでした。。 ジュリエンヌ:ただ音楽を演奏し、ワインを飲んで過ごしていました。 その話に続きますが、サチエンヌの通常のスタジオプロセスについて説明していただけますないか。お互いに異なったアイデアを持ち寄るのですか、それともまず一緒に机に向かうのですか。 サーシャ:ジュリエンヌがこれを担当して、私はこれを担当する、というようなことは一度もありません。ある時点でお気に入りの楽器があってそれを使いたいということはあるかもしれませんが、最初のアイデアはふたりで出し合います。わたしはアルバムを念頭に置いて考えますが、ジュリエンヌは私をはるかに超えるアイディアを持っていたと思います。今はそれが変わりつつあります。 ジュリエンヌ:そうです、パターンというものはありません。以前、アルバムを作成した時は、サーシャがパーカッションとビートを担当することが多く、メロディーに関するアイデアは私が多く担当していました。Liveを使うのは初めてだったで私にとっては初の体験でしたが、このソフトウェアの素晴らしい点はとても使いやすくて自分のしたいことをとてもすばやく簡単にできるということです。それから、数カ月後には私がビートとベースをやり始め、サーシャが全てのメロディーを担当したぐらいですから、何かを始める前に担当が決まっているわけではないのです。 サチエンヌのライブセットを説明して頂けますか。 サーシャ:私がクリップを押し、シーンを選択します。ジュリエンヌは絶えずMoogを演奏しています。 ジュリエンヌ:ですから、シンセサイザーを演奏するのは私だけで、Abletonも使っています。エフェクトやプラグインを利用するのでわたしのサウンドMoogはコンピュータを通じて出力されます。 サーシャ:ジュリエンヌはAbeltonをミキサーとして使っています。どのサウンドも独自のチャンネルとエフェクトがあります。 ジュリエンヌ:そしてサウンドを簡単にトリガーできます。サーシャがシーンを演奏していて… サーシャ:ちょっとテクニカルな話になりますが、サウンドはたくさんあって、ある時は私の画面上に15のサウンドがあり、15のクリップが再生されます。それがこのハードウェアを使えない理由です。通常は8曲に制限されているからです。 ジュリエンヌ:サウンドには多くのレイヤーがありますから…他の人のライブ演奏みたいにチャンネルを8個にして、本当に簡素化しようとしたのですが管理できませんでした。今振り返ってみると、最初はこれがすごいストレスでした。「何か間違ったことをしているのでは」と思ったものです。他のみんながこのシンプルなのを使っているのに、私たちセットだけとても複雑に見えましたから。ただこれが私たちを特別にした理由だと思います。 サーシャ:ジュリエンヌがいつもライブで演奏しているのは大きなプラスです。彼女は生で演奏をいますが、普通一人でシーンを再生しながら確実に演奏するのは不可能に近いのです。ですから、私がやっているそれほどクレージーでないエフェクトは、丁度良かったのです。というのは、注目はMoogに向けられますし、ライブの醍醐味はMoogから生まれているのですから。

KOMPAKTにフォーカス: ウォルフガング・ヴォイト

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KOMPAKTにフォーカス: ウォルフガング・ヴォイト

電子音楽の世界では、ウォルフガング・ヴォイトは紹介するまでもありません。ウォルフガングはKompaktレーベルの共同創設者であるだけでなく、良く知られているプロジェクトの数例を挙げるだけでも、俗称 Mike Ink、Love Inc.、スタジオ1またはGasなど時代を定義する作品の数々を生み出した著名な音楽家です。多彩なアーティストであり続けるウォルフガングは学近年、自分の鋭い概念的、美的感性をビジュアルアートに焦点を当てて取り組んできました。Kompaktの20周年を迎えるにあたり、ウォルフガングが受けた影響、サンプリングの美学、そして自分で作ったルールを自分で破ることについて語り合いました。 ご自身を頑固なウォーホル主義者で、Kompaktを「ウォーホルのファクトリーをモデルにした生けるポップアート」と表現しましたよね。Kompaktの最初の20年で学んだことから、「生けるポップアート」において、今後数十年間に活かせるものは何だと思いますか。言い換えると、この業界でいかに優雅に年を重ねていくには、どうすれば良いのでしょうか。 私は自分が生きた手本だと思います。ウォーホルに興味を惹かれる側面が2点あります。一つは会社Kompaktと関係があり、もう一つは私自身の芸術的な実践と原則に関するものです。 ウォーホルはループのリピートのアーティストとして偉大なアーティストのひとりです。彼の描いたマリリン・モンローは様々なバリエーションがあることは誰もが知っています。芸術と音楽において、このような考え方にはいつも胸が踊ります。リピートの原則、連続性は類似したものがあると思います。ウォーホルのもう一つの側面はよく引用される工場の考え方です。私は常にこれによってインスピレーションを得てきましたが、一つ屋根の下に友人と共に生活しながら作業する、という考え方に沿ってビジネスを築き上げてきました。そうすることで家族の文脈の中でビジネス上の利益を追求することができるのです。 ウォーホルのファクトリーと弊社の主な違いは、ウォーホルのファクトリーは彼の芸術のみに限られていることです。対照的にKompaktは、何よりも他の人々の音楽に関するもので、ほんの少し派生して私の音楽も取り入れています。自分の音楽をKompaktでリリースすることはほとんどありません。私には自家ブランドがあり、Kompaktを通じて配信されています。これは異なるインターフェイスです。Kompaktとは私が主に貢献してきたブランドです。それは今より積極的に関与していた時の話ですが、主に他の人の音楽を理解し、ウォーホルならこうしたであろうという考え方で、つまり企業のアイデンティティとヴィジュアルによる認知の手段を与えることによりプロモーションしパッケージするのを支援することでした。 我々は自身をテクノのカルチャー内で優雅に年を重ねている良い例であると思っていますが、もちろん訂正されるのも光栄です。私は今後20年後の展望さえも見ることができます。一方では、絶えず進化している中、時とともに変化しています。もう一方では、伝統に固く根ざしたままです。二車線道路上で、二つの極の間を揺れているようなもので、要するに我々の未来は無限大なのです。 二重性と言えば、かつて貴方とKompaktがテクノ業界で「ポップをする」と言っていました。貴方にとってポップの本質とは何ですか。それから、テクノの本質とは。 Kompaktというレーベルの主要な音楽的メッセージとして、時々言うのは、「Kompaktはテクノの条件下で活動しているポップレーベルとして理解している。」ということです。勿論、テクノと共に育ちましたし、その音楽には単純なベース・ドラムとテクノクラブ内での機能があります。 私たちが言う「ポップ」には二つの理由があります。一つ目は、過去と現在のA&Rメンバーの大半、特にマイケル・メイヤーと私はポップで育ちました。80年代には様々なアングロ・アメリカンのポップミュージックに二人とも強い影響を受けました。Kompaktの作品にその精神を見出すのは難しいことではありません。我々にはハーモニーとボーカルへの強い思い入れがあります。また意識的に「我々は他のアーティストや、他の都市で純粋に実践されているミニマルなテクノのバラエティから差別化を図っている。」と言っています。誰もがこのような「この音」「あの音」というステレオタイプを知っており、勿論それには何か彼らに意味するものがあるのでしょう。しかし、我々にとってのポップはどちらかといえば気持ちなのです。ポップのように聞こえる必要はないのです。今では自分をミニマルテクノのプロデューサーと言うより、ポップアーティストだと思っています。もしくはミニマルアーティストなのかもしれません。これも哲学的トレーニングとその個人の経験に関わる問題なのです。ポップであるにはポップのように聞こえる必要はありません。これはメンタリティーの問題なのです。 新しいものは古いものから生まれます。電子音楽では、具体的に貴方の音楽では、過去がサンプルの形でしばしば現れます。ここに一つの仮定があります。サンプリングテクニックを使うプロデューサーはサンプルしている音楽に関して必ず健全な不敬から敬虔な畏敬へとつながる連続線のどこかに位置しています。この連続線のどこに自己を見出しますか。 全範囲にわたって、それは場合によりけりです。通常、サンプリングは自分の楽器だと言うことができます。私のギターです。初めてサンプリングに没頭し始めた頃は、この楽器は自分のために造られたと思ったものです。この頃好んで「外部音源の参照」と呼んでいましたが、アーティストとしての自分の考えに完全に一致していましたから。そこでウォーホルを思い出すのです。マリリンの既存の写真を取り上げ、その上に絵を描く。私がサンプルを使うならクラシックからジャズまで、AからZまで、何でもあり得ます。私には外部音源があるので、それを装飾、そして凝縮します。今の私の目標は当初意図されたものからサンプルを解放し、何か新しいものを作るための素材としてのみ利用することです。この考え方は、まだサンプリングに基いていますが、変わりましたね。 90年代、サンプリングが新しかった頃、私も含む他のみんなと同じく、T.Rexやワグナーやショーンベルグを私のアンビエント「Gas」プロジェクトで引用しました。けれど、これが誤解につながるのです。あまりに分かりやすくすると、人はソースの重要性を過大評価してしまいます。私にとっては何がサンプルされたかではなく、結果的に何が出てくるかが重要なのです。ある程度の崇敬の念をサンプルアウトします。何か素晴らしいものを見つけたら、次はそれにつながるように守り、またそれに何かを付け加えたり、もしくは何か気に入らないものを除去したりします。 今、自分の中に美学的な好みがあるとします。ある特定の音楽が好きで、それをサンプラーに入れて転調し、変化させ、変形させたりします。ただし、この特定の音響の世界が私の音楽の中で現れて欲しいので、特定の素材を開始点としてのみ使用します。つながりも欲しいですが、理想的には、それが何であるかに気づかれたくありません。最終的な作品がほんやりする場合もあります。音楽では、私はどんどん抽象的になっていき、もう「これは何だろう」と考えないようになります。何でもあり得るからです。それでも、前面の裏には最初にあった自分の経験が存在することは重要なのです。これは精神的なことです。こういうスパイスをよく分からない音楽のミックススープに入れますが、最終的にはその全部がどこから来たのかは分かりませんが、実際、知らなくて良いことなのです。音楽自体が語るべきだからです。本質は保存されています。そしてこの説明し難い世界で、サンプルがもたらす勢いの中にこそ、私にとっての魔法、音楽の魔法が存在するのです。 どんなテクニックを使いますか。 私は熱心なAbleton Live のユーザーになってもう数年になります。サンプリングは私にとって大きな役割を果たします。オーディオファイルをいじくり回しながらね。オーディオファイルを全方向に素早く曲げる可能性がAbeltonでは非常にうまくいくというのはよく知られています。もちろん、そう言っているのは私が最初ではありません。自分自身を「テクニカル門外漢」と呼ぶなら嘘を付いていることになるでしょうが、「先端」技術の知識を取得することにかけては比較的関心が薄い方です。Abletonは私が考える構造的簡素化に適応することでこれを非常に簡素化しました。 サンプラー はサンプルのパラメータを90年代に私がやっていた時と全く同じように操作できるので素晴らしいです。当時は、ハードウェアサンプラーを使って作業をしていました。ローランド750が私の武器でした。ある時点で全てデジタルとなりましたが、ローランドとAbeltonサンプラー間の全てのサンプラーにはできないことがありました。オルタネート、フォワード、バックワード、クリックしないループポイントの設定などです。 私はそれを使ってライブ演奏します。ギターとトレモロの技法などを使い、名演奏家のように演奏します。これらの二つがあります。リズムに乗っている間(グルーヴ状態の場合)、オーディオファイルで遊べます。サンプラーでオーディオをスライド、ストレッチ、変化できます。これはセンセーショナルです。テンポを落としながら曲のピッチを上げます。このように音楽に入り込むのは独創的不敬の表れで、著しく創造性を育てると思います。 音楽のパワーには、自由がありもう一方には苦悩があり、双方の間の緊張から生まれるということが言えます。これはあなたの音楽に見られる厳密でリズミックなフレームワークと、自由な、または普通とは違うトーナルな要素を組み合わせる傾向から聴き取ることができます。概念的なフレームワークを設定するこだわりと、それに対するフォローは型にはまらない作品結果につながっています。この緊張を維持するというのは自己鍛錬の問題でしょうか。プロデュースする際に、最初からゴールを念頭に入れていますか。それとも、定期的に自分の進行方向を変更しなければいけませんか。 良い質問ですね。回答はいくつかに分かれますが、まず初めに、これは正解です。一方では非常に厳密だと呼べるものもありますが、厳しさ、大いに楽しみたい要求、そして一貫して頻繁に追求している「最大に最小化すること」の葛藤ですね。「テクノはベース・ドラムであり、その他はすべて交渉次第だ」と私は思います。それが私がいつも回帰する原点です。ごく最近ひとつレコードを制作しました。エコーを通じた一時間のベース・ドラムです。 いわば自分自身の哲学と同期化するためにそれが必要です。単にスタジオに行ってジャムセッションをするということは決してありません。自分らしくないからです。Abletonとは非常に相性が合うし、名演奏家らしく演奏できるので、勢いにのって即興で演奏します。つい最近アルペジエーターを使用したピアノレコード『Zukunft ohne Menschen』を制作しました。図々しくても良いものか随分長い間悩みましたが、 思い切ってやってみることにしました。他には何も使わずAbleton Arpeggiator MIDI効果のみを使いました。ベース・ドラムの曲が2曲ありますが、それもピアノ演奏であるかのようにソロの演奏です。これはある特定仕様とリズミックなフレームワーク内でパターンをトリガーするシーケンサーです。しかし、これを手で演奏することによって破り、即興でショパンのように演奏しています。まあ、それはちょっと誇張かもしれませんが、出来上がった作品はとても変わっていると思います。 質問の内容に限定すると、スタジオに行く時は必ずコンセプトと明確なルールを持って入ります。 いつも私が原点に戻る大事な点があります。ひとつは「ループパターン」、もうひとつは「ミニマリズム」の原則です。 これを「余白の芸術」と呼んでいます。 ビートのある催眠ミニマル音楽 『Sog』、『Freiland』 のようなプロジェクトです。 最近もっと取り組んでいるのは、『Rückverzauberung』、『Gas』 プロジェクトの後継者です。これは抽象的なアンビエントミュージックです。 無調性とユーフォニーの間の音の世界に転調、変形、浸透し、アンビエントなサウンドスケープの中に抽象的なスペースを作ろうとしています。 実際、オーディオファイルに入り込み、抽象概念に全ての方向へ変形します。これは実際に耳で感じることのできるコンセプトの一例です。しかし、実際よくあるのは、結構オープンに言うと、自分が実際探しているものは、自分が見つけたい場所にはないことです 。 けれど、必要とするものは大抵はそばで見つかります。こうしたことは 、チャンスが重要な役割を持っていると感じます。それが音楽のスタイルなエレメントになっても良いという気持ちでいるならば、ですけど。。 芸術や音楽を制作する時の厳格なルールはありますが、実際創作するときは何度も何度も破ってしまいます。 私は自分の言うことを破ったり、矛盾している男なのです。 自分のルールでさえ受け入れないのですから、ましてや他の人に関しては言うまでもありません。 私はいつも自分自身を驚かせていなければなりません。 つまり、私の美的手段の選択と何らかの関連性はあるけれど、必ずしも私が欲しているものではなかった場合、方向性は間違っていなかったということです。と言うのは、音楽をアレンジするという意味において、私が克服しようしているのは「欠乏」だからです。 私の見方からすると、了見は狭いです。...

Gregor Schwellenbach: Kompaktという調べを奏でる楽曲たち

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Gregor Schwellenbach: Kompaktという調べを奏でる楽曲たち

20年目にして早くもKompaktは、ジャーマン・エレクトロニック・ミュージックの原動力としての地位を確立しています。地元色の強い共同体としての機能を保ち、そのフォーカスはプロデューサー、アーティスト、DJ、レーベル、サウンド関連イベントのコミュニティに置かれており、いつまでも失われることのない新鮮さが特徴的です。Kompaktの魅力と奇抜さ、来る者を友好的に受け入れながらもかたくなにケルンにこだわる忠実さは、ケルンという街の持つ、ポップ・ミュージックの姿を借りて発展したアヴァンギャルドなエレクトロニック・ミュージックの豊かな歴史が関係しています。 Kompakt20周年を記念して、予想を裏切る美しい作品を制作するべく、オーケストラ作曲家のGregor Schwellenbachが選ばれました。長年にわたる活動によりポップ・ミュージック界からクラシック界へとその転身の洗練度を高めてきたSchwellenbachは、Kompaktの膨大なカタログを用いてその過程を逆行することを試みました。レーベルを象徴する人気トラック20作品を分解し、彼自身が厳選した室内演奏家によるアンサンブル用にアレンジしてみせたのです。こうして、アルバム「Gregor Schwellenbach Spielt 20 Jahre Kompakt」が完成しました。20周年を記念したKompaktポップアップ・ストアがベルリンのAbleton本社に出店中のなか、本社にほど近いフォルクスビューネ劇場でのピアノ・ソロ・パフォーマンスを控えたGregorに、彼お気に入りの地元レーベルと取り組んだこのアルバム・プロジェクトについて、音楽による問題解決の手法と狙いについて話を聞きました。 あなたのSoundCloudページにヤマハのキーボードとトークボックスを使用したデヴィッド・ボウイのカバーが公開されていますね。異なる音楽的コンテキストによる音楽の再解釈についてはお詳しいと想像します。 ええ。あるものを取り上げて、それを別のコンテキストに翻訳するという作業は、これまでの音楽人生でずっとやってきたことです。クラシック界ではエレクトロニック・ミュージックとポップ・ミュージックに親近感を抱いている者として、またポップ界ではクラシック音楽の教育を受けたアカデミックなバックグラウンドを持つ者として、どの分野でも居心地よくやってきました。 他者の作品を扱う今回のプロジェクトでは、クリエイティブ面でどのような手法を採ったのかお教えください。 まずテクノ・チューンを楽譜に書き出すことから始めました。その後、自分がなぜKompaktチューンが好きなのかを理解するために、Kompaktチューンを別に書き出してみたのです。そのときは、これは作曲家として楽曲の構造を理解するために行う一作業にすぎませんでした。それが2003年か2004年だったと思います。その数年後、Kompaktのスタッフに「こんなことをやってみた」と見せてみたところ、「面白い。もう少しやってみてくれないか」という反応を得ました。それでこのプロジェクトを進めることにしたのです。本当に、当初は自分が惹かれる理由を知りたかっただけだったんですよ。 分解できないトラックはありませんでしたか? ありました。いろんなケースがありましたね。20トラックを用意することになっていたので、20曲を選ぶのに約200曲を楽譜に書き出しました。記譜に取りかかってすぐにキャンセルした曲もありますし、中にはレコーディング後、さらにはエディット後にキャンセルにした曲もあります。演奏が難しすぎたり、エレクトロニック・サウンドを抜くと退屈な曲や内容のないトラックになってしまったりするものもありました。レコーディングをスタートさせたのが40から50曲、レコーディングが完了したのが25曲、アルバムに収録されたのが20曲という具合です。 同様のプロジェクトを行っている他のアーティストについてはどのようにお考えですか?ジェフ・ミルズ、Francesco Tristano、Henrik Schwarz、Brandt Brauer Frick、Ricardo Villalobosなどのアーティストがエレクトロニック・ミュージックとクラシック音楽を結びつけた作品を発表していますが、そのほとんどがあなたとは逆の分野から出発した人たちです。 彼らと私の間にはたくさんの共通項がありますが、聴くことはあまりありません。気に入った曲が見つかると、先を越されたような気がしますし。まったく気に入らない場合もあります。名前が挙がったアーティストの中では、Francesco Tristanoがとても好きです。クラシックとその他の音楽の間に架けられるこのような橋は、極めて悪趣味なものになってしまうこともあります。お行儀が良すぎたり、シンプル過ぎるのは好きではありません。俗に言うロック・クラシックなどはおぞましいと思います。 同じようなことを私も考えていました。特定の音楽スタイルの観点から考えた場合、アーティストがクラシックやジャズのオーケストレーションで実験的なことを始めるとき、それは形式におけるある種の成長であり、結果そのものはよいものでなくても、音楽的正当性を最大限に証明するものであるはずです。このプロジェクトを進めるなかで、この形式対実体という点は意識されていましたか? 手っ取り早く陳腐なものを生み出したいなら、非常に大きな音を出せるぜいたくな楽器編成で演奏してしまえばいいんです。ロンドン交響楽団がコールドプレイを演奏するようなものですね。私がやったのはこういうことではありません。どのトラックにも、そのトラックを興味深いものにしている核となる要素を1つ見出すようにしました。そして、その要素にインスパイアされるまま、創造力を働かせていったのです。 室内楽は、小さな部屋で、少人数の聴衆を対象に小さなアンサンブルによって演奏されるのが一般的です。今回のプロジェクトで室内楽というスタイルを選んだのは、お話にあったようなクラシック・カバーというカテゴリとの区別をはっきりさせたいという意図があってのことでしょうか? それもありますね。室内楽の楽器編成は、交響楽のそれと比べてよりエッジが効いています。それに、私自身がテレビや劇場での仕事で、小さな楽器編成での制作に慣れているということもあります。そこでは、2~3名のセッション・プレイヤーを使用したエレクトロニック・ミュージックを短期間で制作しなければなりません。この分野には慣れているので安心できます。 アルバムには、原曲の構成とクラシックの楽器編成が自然にマッチしているもの、特定のクラシック・サウンドへと変換されているもの、そして意外性のあるサウンドが選択されているものと、さまざまなトラックが収録されています。Closer Musikの「One Two Three」は教会オルガン曲のような雰囲気となっており、またVoigt & Voigtの「Gong Audio」ではインドネシアのガムラン・アンサンブルがフィーチャーされています。これらの楽曲の制作中、使用するサウンドを決めるポイントとなったのは何だったのでしょうか? かなり初期の段階で決まっていました。「One Two Three」を聴いたとき、うなりごまを思い出したんです。うなりごまとは子供のおもちゃで、金属製のこまです。子供の頃、いい音を出すうなりごまを持っていたことがありました。それで、ケルンにあるおもちゃ屋を巡って、あのときのこまに似た音を出すこまを探しました。しかしいいものが見つからず、新しいものはよい音が出ません。非常に古いこまをEbayで購入してみましたが、それも思っていたのとは違う音でした。その後、ベルリンのあるスタジオで別プロジェクトのレコーディングを行っていたとき、このポンプオルガンを見つけたんです。これなら思ったとおりのサウンドが出るかもと思ったので、スタジオのオーナーに掛け合って滞在を延長し、オルガンを録音しました。「Gong Audio」の方は、アイデアは非常にシンプルでした。オリジナルがガムラン音楽のようだったので、ケルンの民族博物館に行きました。そこには巨大な古いガムラン楽器が所蔵されています。この楽器の責任者を探して、ガムラン音楽の基本を教えてもらいました。そして彼にエレクトロニック・ダンス・ミュージックの基礎を教え、共同でこのアレンジを作成したのです。博物館所蔵の高価で貴重なゴングを使用する許可を得るのは簡単ではありませんでしたが、チャレンジこそが私のエネルギーの源です。 このプロジェクトにおいて、スタジオ技術はどれほど影響を与えていますか?また、通常の制作ではいかがですか? 私が演出した曲でも、多くのプロデューサーがAbletonを使用しています。まず1つのループにすべてを詰め込んで、興味深い要素を含む1小節か2小節のパートを加え、細かな変更や小さなパートを作成して楽曲を構成していくという構造になっているので、聴けば分かります。これは、編集モードとアレンジ・モードを使用して作業することに関係しているのだと思います。私もLiveを含むさまざまなソフトウェアを使用しましたが、最終的にアルバムすべてのミックスをAbletonで行いました。興味深い経験でした。ミックス以外のすべてにAbletonを使用している人がいますが、私はその逆をやってみまというわけです。KompaktのスタッフはほとんどがAbletonに慣れていて、Abletonは彼らにとって核となるツールとなっています。 ライブでは、このプロジェクトを6ピースのアンサンブルで演奏することが多いとのことですが。 6ピースのアンサンブルで2回演奏しました。一度はケルン、もう一度はポーランドのTauron Nowa Muzykaフェスティバルです。土曜にはソロピアノのセットで演奏しました。6ピース、デュオ、ソロピアノと3バージョン用意しています。 アルバム用のオリジナルのトラックに加えて、ライブ・パフォーマンス用のバージョンが会場のキャパシティに合わせて3種類あるということですね。トラックの作成と比べて制作の難易度はいかがでしたか? アルバムが完成してからは少し楽でした。絵画の制作のようなもので、完成後はやり方が分かっているから、同じ画を描くのもそれほど大変ではありません。経験が増えた状態での再挑戦、という感じです。 パフォーマンスはすべてクラシック・コンサート形式で行われたのですか? いいえ。ケルンで行った最初のコンサートはごく一般的なクラシック・コンサート形式で行われましたが、フェスティバルは1,000名ほどの大観衆が立ったまま踊りながら聴いていました。開演前はかなり不安でしたね。観客が曲についての説明を聞き、座ったまま目を閉じ、集中して音楽を楽しむことのできるクラシック・コンサートのスタイルについては、問題は生じないことが想像できました。それがダンス・フェスティバル形式で通用するのか不安でしたが、皆、しばらく弦楽四重奏に耳を傾けてから、音楽に合わせて踊り始めました。結果としてかなりうまくいったと思います。 パフォーマンスへのアプローチは同じですか?それとも、フェスティバルでのパフォーマンスでは自由度が高くなるのでしょうか? クラシック環境の方がより自由だと思います。観客が集中しているので、変更を加えることができます。ダンス・フェスティバルでは、オーディエンスを盛り上げるためにも、ある程度キャッチーさを持続させていかなければなりません。 どちらがお好みですか?...