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Battles:The Art of Repetition

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Battles:The Art of Repetition

ニューヨーク・シティをベースに活動するトリオBattlesは、これまでに2枚のアルバムと多数のEPをリリースし、その過程において複雑で推進力に満ちた音楽はますます洗練度を高め、その精度は羨望のレベルに到達しています。近々リリースとなるアルバム『La Di Da Di』はこのプロセスの延長となるもので、バンドはこれを「反復のモノリスがキノコのように増殖し…一定に留まることを拒否する、ほとんど無限のループのオーガニックなテクノ・スラム」と説明しています。 美しい詩のように私たちの耳に響くこの言葉。Battlesのミニドキュメンタリー『The Art of Repetition』をご紹介できることに、私たちも興奮を隠せません。ビデオでは、トリオのリハーサル・スペースを訪問し、新アルバムのトラック制作を行っているロードアイランドのスタジオや、強烈なライブ・パフォーマンスを魅せるドイツでのステージに同行しています。その中で、バンドのセットアップ、ユニークな作曲メソッド、そしてなによりも、バンドを前進させるそれぞれのメンバーの強い個性を細部までうかがい知ることができました。まずは『The Art of Repetition』をご覧いただき、その後バンドのギタリスト、キーボーディスト、PushプレーヤーであるIan Williamsのインタビューをお読みください。Ian Williams、ループについて語るループ・テクニックはもう長いこと使用されているのですか? 前のバンド、Don Caballeroにいた頃にループ・テクニックを使用し始めました。バンドにはギタリストが2名いたのですが、残りのメンバーがバンドを辞めてしまって、「予定に入っているギグ、どうしよう…」ということになって。そのときAkai Headrushのことを知って―98年くらいだったと思いますが―それがきっかけでした。2002年にBattlesを始めたときも、ループを使った試みを続けていました。元のアイデアは、初期のEPを聴くと分かるのですが、ループを使ってよりシンプルな形に分断するという手法で、ババババという短音をつま弾くようなサウンドをたくさん使用しており、ビッグで劇的な複雑さはありませんでした。それがJohn Stanierの演奏するドラム―いくらかミニマルでクリスプな演奏―にマッチしていました。Ableton Liveを使用するようになったのはその後です。私にとって、それは私がやろうとしていたことの延長にある、ロジカルな選択でした。 Battlesの1994年のEP C『ras 2』 とはいえ、あなたのサウンドは時としてかなり複雑です。結果にご自身が驚くということはよくあるのでしょうか?創作のプロセスを不可解なものにする一種の能力のようなものを楽しんでいます。ソフトウェアでは、新しいプラグインに出会い、チェーンに加えることで、プロセスにランダムな要素を加えることができ、先が読めなくなります。また、Pushでは、異なるスケールを選択したり、キーを固定にするかしないかなどさまざまな要素を選択できます。思いがけず不慣れで新しい状況に出くわすことで、再発見することができます。ペダルから離れてAbleton Liveに移行した理由は、Liveならある意味ペダルづくし、ペダルまみれになることができるからです。デジタル領域なので、次から次へとループし続けることができ、非常にたくさんのバリエーションを作成することができます。特に気に入っているループ・テクニックはありますか?サンプルをリサンプリングして独創性を出すのが好きです。たとえば、1つのオーディオ・ループを3つのトラック上で3つのクリップ・スロットにリレコーディングして、この3つのクリップ・スロット内でスタート・ポイントから再生できます。これが気に入っていて、この手法でたくさんのループを作成しています。まるでDJがビートジャグリングを行っているように聞こえますが、実はスピーカーをオン/オフするトリックと同じに過ぎません。3つのループ間(3つのトラック上にあるのはまったく同じサンプルです)を行き来して、そのスタート・ポイントが少しだけずれていると、すごくクールなダンス・リズムが生まれます。こうやってどんどん進めていくわけです。そしてさらに無数のプラグインを加えることができる。ライブで手持ちのクリップにこのテクニックを使用してみることをおすすめします。テクノロジーがバンドで中心的な役割を果たしていることにより生じる問題はありますか?テクノロジーが問題を生むことも、確かにあります。90年代にバンドで演奏を始めた頃、ツアーに出ていることが多くて、毎晩メンバーと過ごしていましたが、当時は新しい機材やコンピューターなどが氾濫する前で、いつもギター、ベース、ドラムの毎回単調なステージに飽きを感じ始めていました。ですから、テクノロジーがこうやって刺激を与えてくれて、私たちを新しい状況に置いてくれたのはうれしいことです。ただし、同時に孤立化も進みました。誰しも経験があると思います。クールなサウンドで先進的な音楽を聴こうとライブに行くと、ステージにはラップトップと1名のアーティストだけで、これなら家にいてステレオで音楽聴いていれば良かったな、と思ったことが。つまりテクノロジーには長所と短所がありますが、今の課題はあの親近感をどうにかして取り戻すことだと思います。これこそ、私たち皆が取り組んでいる問題です。 Battlesについて詳しくは、FacebookおよびWarp Recordsをご覧ください。Battlesライブについては、ツアー日程をご覧ください。

Electric Indigo:ジャンルを超えたサウンド

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Electric Indigo:ジャンルを超えたサウンド

「これはジャンルについてだけではなく、世代についてでもあります」Susanne Kirchmayrは、Heroines of Sound Festivalについてこう語っています。「そして、それはより重要な意味をもつのです」Electric Indigo名義によるDJと制作で知られるKirchmayrは、エレクトロニック・ミュージックの試行の最先端にいる女性による革新を讃えるイベントの重要性について見解を述べるにぴったりの人物です。ベルリンとイスタンブールで開催されたこれまでのフェスティバルでパフォーマンスを披露し、3回目となる今回のフェスティバルのラインナップにもその名を連ねています。そのコメントは、Kirchmayr自身にも当てはまるものです。ウィーンのエレクトロニック・ミュージック・シーンを1980年代後半から牽引してきたKirchmayrは、ヒップホップやファンク、さまざまなカラーのテクノ、実験的なエレクトロニック・ミュージック、最先端のサウンド・アートとさまざまなジャンルを通過してきました。クラブやフェスティバルの招聘アーティストの常連であり、またサウンド・デザインにおける時空間的操作を探求する作曲プロジェクトや学際分野に携わるほか、デジタル・ネットワークおよび支援プラットフォームfemale:pressureの創設者でもあります。Heroines of Soundで最新作『109.47』を発表するKirchmayrに、グラニュラー・シンセシスの綿密なプロセスの詳細、彼女の長いキャリアがひとつの連続したつながりの一部であると説明するその理由について話を聞きました。Heroines of Sound 2014では『Morpheme』のパフォーマンスを披露されましたが、これは哲学者セイディー・プラントのスピーチのサンプルが核となっています。『109.47』にも同様に生まれたサウンドが使用されているのでしょうか?はい、ベーシックな素材として2つのソースを使用しています。ひとつはバロックオルガンで、手動でストップを半分だけ引き出してあるので息をするときのような音になっています。ストップが中途半端な状態にされているので、時折すっかり引き出されたり押し込まれたりされることがあり、それが作品内にクリックノイズとして現れています。もうひとつは、いろいろな物体を使用して、グランドピアノの木の部分や弦の部分を叩いた音です。これらのサウンド・ソースはどちらも非常にトラディショナルな音ですが、これをコンテンポラリなものに変化させるというのがアイデアにありました。作品作りに使用したツールは何ですか?Robert Henkeの Granulator IIと、Michael Norrisの SoundMagic Spectral、特にGrain Streamerと呼ばれるデバイスです。また、Spectral FreezingとSpectral DroneMakerも使用しました。『109.47』の抜粋の0:40~1:20部分では波の音のようなアンビエントが消えていきます。この部分がどのように生まれたかについて、少し詳しくお聞かせください。この作品はピアノ弦をピチカートでつま弾いた音を加工したサウンドから作成し、その後同じファイルを2種類の方法でグラニュラー加工しました。比較的グレインサイズが大きいので、スキャン設定をかなり極端な値にしても、サウンドの元のテクスチャが識別できます。サンプル全体は22秒で、グレインセクションはサンプルを+3000%でスキャンします。これだけですでにかなり特徴的になりますが、このサウンドに最も特徴的な効果はスペクトルをフリーズすることで、これでとげとげしい風変わりなサウンドになります。ここは、この作品のデモを聴かせた人たちの反応が一番よかったパートです。マルチチャンネル・サラウンド設定を試行錯誤したことで、このパートよりも、深海のようなドローン・サウンドの方がよりイマーシブになりました。オーディエンスやこの作品に対する理想的な設定や空間について何か具体的なアイデアはありますか?マルチチャンネル作品にはもちろん最適なリスニング・ポジションというものがあるので、コンサートを最高に楽しめるよう、できる限り自分がスイートスポットにいられるようにしています(笑)。真面目な話、ほとんどの場合オーディエンスのほとんどに空間的体験を提供できるようなセットアップを構築できています。サウンドの動きというより、大きく広がる空間を感じることができると思います。じっくり聴き入るタイプの作品なので、オーディエンスから大きな反応を得るということはあまりないのですが、パフォーマーとして、オーディエンスが夢中になっているかどうかは分かります。姿勢や、アイコンタクト、身振りなどで、オーディエンスが興味を持っているのか、魅力を感じているのかどうかが判別できるのです。ボディ・ランゲージから手がかりを得るというところに、DJイングと似ているところがありますね。ダンスフロアが満杯で大声を上げていれば、ずっと簡単に分かりますよね(笑)。これまでのすべてのプロジェクトの共存についてはどのようにお考えですか?すべて同じ分野に属するものだと思います。DJイングとまったく違ったものに感じられるかもしれませんが、私がDJイングで気に入っていたのはドラムンベースでしたから。最近はリズミカルでない音楽も作りますが、サウンドへの愛ははじめから変わっていません。テクノ・ミュージシャンの多くにも同じことが言えると思います。彼らはソングライターというよりもサウンド・デザイナーなのです。特定のサウンドをどのようにして実現するか、スペクトルと空間または空間とタイムラインの両方においてどのサウンドを置くべきか、これがテクノ・ミュージシャンの思考回路なのです。そこからある種のアヴァンギャルドなエレクトロアコースティック・ミュージックが生まれることはあっても。とはいえ、理解されにくいのは私にも分かります。1980年代に同じ経験をしましたから。私はファンク、ジャズ、ヒップホップDJからスタートしてテクノに転向したのですが、ウィーンではほとんど理解されませんでした。なぜかって、彼らにとってテクノとはファシストのマシン・ミュージックのようなものでしたから(笑)。彼らにとってはテクノはファンクの真逆にあるものでしたが、私にとって、ファンクとヒップホップの本質がそれでした。まだ未達成というチャレンジは?一番の課題は、最高にクールなテクノ・トラックを生み出すことですね(笑)。ループ・ミュージックで成功を収めることはできないみたいでが、少なくとも私がこれまで行ったDJのほとんどはループ・ミュージックがベースです。どうなんでしょうね、ひとつのアイデアで7分間持たせるという構成が私には難しいみたいです。実験的なサウンドや緩い構成により満足感を感じるのです。 Susanne Kirchmayrは、Abletonによるミュージック・メイカーのためのサミットLoopに参加します。Electric Indigoについて詳しくは、ウェブサイトをご覧ください。

Holly Herndon:愛の新しい形

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Holly Herndon:愛の新しい形

自身の作品と、異なる分野のアーティストの作品との間に興味深い結びつきを生み出すことのできるミュージシャンは希少です。音楽という領域を越えて、自身のイメージアップのための単なるジェスチャーとしてではなく、現実社会の問題に関与するミュージシャンとなるとさらにまれです。美的興味と政治的道義のバランスを取ることに成功しているアーティストのひとりが、Holly Herndonです。だからこそ、私たちは近年の彼女の活躍を喜ばしく感じています。最新アルバム『Platform』で、Herndonの圧倒のエレクトロニクスと幾重にもレイヤーされたボーカル・テクスチャは、これまで同様机上の規範やクラブのセオリーを回避しつつ、音楽以外の世界からもたらされたいくつかのラジカルなアイデアを組み込むことに成功しています。選択するコラボレーター、ビデオのイメージ、作品が扱うテーマを通して、Herndonは、文化的批評、未来の理想形、エレクトロニック・ミュージックのポテンシャルという点を結び、説得力のある全体像を作り上げています。 今回のHolly Herndonのロング・インタビューでは、エキサイティングなこれらのテーマに加えて、制作プロセス、独時のボーカル使用方法、興味深いASMRの世界について話を聞きました。 『Platform』のトラックの多くは、個別に識別可能な多数のサウンド要素と、ソングごとに独立したサウンド「イベント」から構成されています。この密度はどのようにして生まれたのでしょうか?私のライティング/制作は非常にプロセス・ベースで、過程において素材を生み出す面白い方法を探し出し、たくさんの素材を生成して、編集を加えてトラックを作り上げていきます。また、リミックスもかなり行います。何かを書いたら、それを細かく切り刻んで、リミックスして別の何かを生み出すのです。面白いことに、自分の作品のリミックスは大好きなのですが、他のアーティストの作品のリミックスは好きではありません。Interference, by Holly Herndonトラックのアレンジやエディットの傾向についてお話しいただけますか?ミキシングは、作曲やアレンジのプロセス後、またはプロセスとは独立して行われますか?それとも、同じプロセスの一部として?幅はもちろんありますが、多くの場合、ボーカル・パッチやパーカッション・システムなど特定のプロセスからスタートします。残り火から炎を作り上げる感じです。初期の段階でボーカルの表現と全体的なパレットを固めておくのが好きなのですが、主要なリズム・セクションは何度も書き直します。たとえば、トラックのBPM、ドラム・パターン、スイングが当初とまったく異なるものになるということはよくあります。「これ、ジャングルだったらどんな感じだろう…?あれ、元のヒップホップのスイング・ビートよりこっちの方が断然いいじゃない」といった感じですね。昔は、トラックをうまくまとめるのにかなりの時間をかけていました。おさまりが良くて分かりやすい曲にしなければいけないとプレッシャーを感じていたんです。でも、時間が経つにつれて、プレッシャーはすっかり消えてしまいました。持っている時間の90%を興味深い作業に費やした後、ふいに自信がなくなって、最後のハードルでそれをダメにしてしまうようなこともなくはありません。一定のジャンルにうまくはまる作品を作れば、自信を保つことは簡単です。何十年もの間認知されてきたジャンルに迎合したいという衝動を無視するのはとても大変なことだと思います。面白いことに、つい最近、初期の作品を聴いていて、あのときの私に今の知識があればよかったのに、と思ったことがありました。アイデアのいくつかは本当にクレイジーなものなのですが。ミックスはいつも最後に、だいたいMark Pistelと一緒に行うのですが、彼は私がセッションに持ち込む膨大な数のトラックの扱いがとても巧みなんです。ミックスもマスタリングも自分でこなすアーティストもいて、それはそれですばらしいと思うのですが、私は自分の作品とあまりにも長い時間を過ごしていろんなバージョンを耳にしてきているので、私の耳をクリアにしてくれるフレッシュな意見が必要なのです。このアルバムには、バラエティ豊かなボイスとボーカル・サウンドが使用されています。ボーカル素材に適用するテクニックや加工でお気に入りのものについてお聞かせいただけますか? 声は私の作品にとって重要なものです。私が構築する人工的な環境において、いかに歌声に生気を与えるか、その方法を模索するのが好きです。それはつまり、ボーカルを最前面に出して他とは別個の存在として扱うという一般的なポップ向けのミキシングを行わないことを意味します。これを受け付けない人もいますが、私にとっては、これこそ、テクノロジーへの自分のアプローチ、つまりテクノロジーは私たちに結び付けられ組み込まれてた私たちの一部であるという考えを具現化するものなのです。 年月を重ねるにつれて培ってきたテクニックがいくつかあり、それは環境によってそれぞれ異なります。SkypeやYoutube、その他ラップトップ上で瞬間的に録音したボイスを使用したり、他のボーカリストを登用したりするようになりました。他の人の声を扱うのはとても楽しいです。それぞれの独自性をもたらす特性を見つけ出すのが面白いですね。『Platform』には多数のコラボレーターがフィーチャーされていますが、全員が専業のミュージシャンというわけではありません。コラボレーターのアイデアや貢献により得られた、単独では実現しえなかったであろうものは何だと思いますか?どのコラボレーターも、私ひとりでは考えつかなかったであろうユニークなアイデアをもたらしてくれました。Mat Dryhurstは、コンセプチュアルな厳密さ、ユニークな制作テクニック、細部にわたる知識を提供してくれました。Metahavenは、この作品に非常に大きな影響を与えた政治的切迫感、視覚的言語、概念的フレームワークをもたらしてくれました。コラボレーション・トラックのひとつ『Lonely At The Top』には、「ASMRのアンバサダー」Claire Tolanの声がフィーチャーされています。この曲が生まれた経緯と、曲のシナリオの意味についてお聞かせください。ASMRに興味を持ったのは、ネットでこの情報に触れ、人々がオンラインで有意義かつフィジカルにつながる方法だという点に魅力を感じたのがきっかけです。人々がこういったビデオを公開し、ときには匿名で、そして多くの場合無償で互いに癒やしを与えているということがとても素敵で、興味深いことだと思いました。私のパートナーがClaireにTransmedialeで出会い、そのつてで紹介してもらいました。彼女はベルリンでASMRのラジオ番組を担当しているので、この分野について尋ねるのに最適だと思ったのです。私たちは、ASMRの美学を反映させたサウンドプレイを作成しつつ、語り口を人口の1%に向けた批判にしたいと考えました。この記事には、富裕層が、自分たちをその富だけでなく与えられた機会をも得るにふさわしい存在であり、あたかも自分たちが豊かになる遺伝子を持つ存在であると考えているということが書かれてあります。これは、この世界が直面しているおぞましい不均衡を理解し、鏡に映った自分の姿を直視するための一種の対処メカニズムなのです。そこで、選ばれし者たちであると思い込んでいるこの人々に対するASMRのセラピー・セッションを作成すれば面白いと私たちは考えました。人々に現在の力構造を継続させている責任を取らせる必要があると考えたのです。ここでは具体的にこの1%の人々をターゲットとしていますが、私たち全員、少なからずこの状況に対して責任があります。このことは、ClaireがFaderのインタビューで鋭く指摘しています。「もちろん、対処メカニズムと特権の正当化に関するこの研究は、私たち全員にある程度当てはまるものです。私たちの生活には、こういった超富裕層の「連鎖」と同じモデルで生み出されたダブルバインドがあふれているのです」この作品をエロティックなものと感じる人もいれば、ミソジニー(女性蔑視)に対する批判と捉える人もいるでしょう。しかし実際のところは、特定のジェンダーを意識したものではありません。今後一緒に仕事をしてみたいと思う、尊敬するアーティストは誰ですか?たくさんいます!マイケル・スタイプと仕事をしてみたいですね。彼は南部出身で、とても独特な声の持ち主です。今後の南部のサウンドがどのようなものになるのか興味があります。チャイナ・ミエヴィルも好きです。彼の著作は非常に音質的に豊かだと思います。彼の作品のサウンドトラックを制作したり、一緒にシナリオを書けたらいいなと思います。Metahavenデザイン・スタジオとのコラボレーションで制作された『Interference』のビデオのイメージとテキストは、個人的および政治的もつれについて取り上げているように思えます。『Chorus』と『Home』は、システマチックな監視に対する個人の脆弱性の問題を扱っています。今回の新作アルバムは、ご自身の政治的道義における進化と、それを表明することに対するより強い意欲を表すものなのでしょうか?最近の最も強い関心事は何ですか?また、こういった事柄は、あなたの音楽そしてアーティストとしての生活にどのように影響を与えていますか? Holly Herndon – “Home” このアルバムは、間違いなく私の政治的道義の進化といえるでしょう。まさにおっしゃるとおりです。Metahavenはこの考えに大きな影響を与えています。彼らは第二波フェミニズム運動のスローガン「The Personal is Political」(女性の抑圧は個人的な問題ではなく、政治的な問題である)を、より現代に即した「The Personal is Geopolitical」(個人的な問題ではなく地政学的な問題である)と変更しました。私たちの世代は、ジェンダーと人種の不平等、所得格差、環境問題、政府の行き過ぎなど、おびただしい量の問題に直面しています。『Platform』の背景にあるアイデアは、特定の処方箋を出すことではありません。それはともすると責任逃れになりかねません。Benedict Singletonはしばしばプラットフォーム構築の必要性について語っています。アルバムのタイトルはここからインスピレーションを得ました。ファースト・アルバム『Movement』のリリース時、ツアー・アーティスト/ミュージシャンのグループに招かれました。すばらしい名誉で、今でもとても感謝しています。ここ数年間で気付いたのは、フェスティバル/パフォーマンス/イベントは、コンテンツやキュレーションという観点からだけではなく、現実からの逃避を提供しているという点でも非常に似通っているということです。この衝動を理解し、時として楽しむこともある一方で、逃避をデザインするのではなく、現代の状況からの脱出をデザインするとしたらどうなるのだろうと考えるようになりました。この考えは、理論家Suhail Malikに大きく影響を受けています。彼は現代芸術の循環構造からの出口戦略について書いています。これは、批評としての優れた機能を持ちながらも、なぜか現代芸術自体の構造への漸進的変化(バインドにつながる)として現れることはありません。芸術作品、音楽、コンサートが、私たちが逃れようとしている人生の一部に分に代わるものに関係しているとしたらどうでしょう?それが無味乾燥で退屈なものである必要はありません。熱狂的できらびやかなものであるかもしれないし、そうであって欲しいものです。私は、人々が現在の地平線を越えた人生を思い描くための新しいファンタジーを生み出す役割を、音楽が果たすことができるのではないかと考えています。愛の新しい形、生きることの新しい形です。人々がその作品で言及するすばらしい音楽の多くは、こういった種類の環境や変化を得ようと奮闘してきましたが、それでも私は時々、こういった作品からきっかけとなるサウンドを得ることに喜びを感じる一方で、私たちは、これらの文化、新しい可能性やアーキタイプの背後にある真の論点をつかみ損なうという危険にさらされているのではないかと心配になります。自分が自分の作品でどれだけのことができるかについて現実離れした考えは持っていませんが、機会があるうちにそれを活かして、私の活動のあらゆる側面でこれらの対話や実験をスタートさせるつもりです。誰かがこれらに興味を抱くことを期待してはいませんが、私には興味深いことなのです。Holly Herndonについて詳しくは、ウェブサイトをご覧ください。

Decap:Pushで感じるままにパフォーマンス

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Decap:Pushで感じるままにパフォーマンス

サンフランシスコをベースに活動するヒップホップ・プロデューサーDecapは、今週、ニュー・シングル『Feeling』の技巧が光るビデオを公開しました。ステディカムで撮影されたこのビデオでは、ヒップホップのベテラン・プロデューサーであるDecapが、Pushを用いてワンテイクでトラックを演奏する様子がご覧いただけます。シーケンスもループもソロも、すべてまったなしのワンテイクで演奏されています。イーストコースト出身で13歳でビートメイキングを開始し、これまでタリブ・クウェリ、Smoke DZA、スヌープ・ドッグなど蒼々たる面々と仕事をしてきたDecapは、ますます頻度を上げる彼のライブにおいてPushが欠かせないものとなっていると話します。以下のインタビューで、Decapはビデオの撮影プロセスと2015年の展望について語っています。ビデオについて少しご説明いただけますか?ビートをつないでからループにして手を加え、さらにソロを加えているように見えますが、クオンタイズは使用されていないようですね?ええ、クオンタイズは使用していません。間違えずに最後まで演奏し、すべてを撮影することが目的でした。あのときはとにかく興奮していました。はじめのうちは、「弱ったな、すごいプレッシャーだ」という感じでしたが、やってみるとけっこう簡単で最高の気分でした。トラックの冒頭ではヘッドフォンでメトロノームクリックを聴いていたので、タイミングを合わせることができました。一糸乱れぬクオンタイゼーションは逆にタイトさを失わせます。感情とタイミングを表に出してもいいのです。クオンタイズをするとどうしても硬直した感じになるし、このトラックについての感情を音楽という言葉に翻訳して、リスナーの心の奥底に実感させること、それが私の目指すところです。撮影の1日半前にロサンゼルス入りして、何度も練習を重ねて完璧に仕上げました。いくつか別ショットも撮影してリラックスしてから、深呼吸して、パフォーマンスを始める前に瞑想してから、なんとかワンテイクでやりました。プレッシャーを感じ、それに打ち勝ったあの瞬間を体験したのは最高でしたね。本当にいい気分でした。技術的な点についてもお聞かせください。Pushはどのように使用されていますか?Live 9.2ベータがあったので、64パッドすべてをパフォーマンスに使用することができました。トラックの主要構成すべてを64のパッドに配置しておいたのですが、ライブ・セッティングにすご便利だと思いますね。ドラムマシンのほとんどが16パッドです。これだと、1画面でやるには少し手狭です。ハイクオリティなAkaiパッドを右手と左手両方でそれぞれ使用することで、できることが大幅に増えます。ビデオでやっている演奏ができるようになるまでかなり練習しなければなりませんでした。両手の動きについて同時に考えなければなりませんからね。始めてもう数カ月になりますが、その可能性を発見しつつあるところです。ソロはまるでもの悲しいエレクトリック・ギターのようにも聞こえますが、タッチ・スライダーを使用してピッチ調整しているのではないのですよね?いいえ、あれは一番上のノブで、ワウにマップしたLFOです。(タッチ・スライダーも)使用しましたが、最後になってからです。これも、Pushが大好きな理由のひとつなのですが、表現力がすばらしいんですよ。独創性を刺激してくれます。ソロは、練習するたび違ったものになるのが面白かったですね。タイトルどおり、まさに「フィーリング」です。自分の表現に忠実であること、その瞬間に自分にとって自然だと思えるものを演奏することが大事でした。活気に満ちたソロもあったり、リラックスしたソロもあったりでしたね。 Pushを64パッド・モードで演奏するDecap ビデオにあった、サンプルのチョーキングはどうやって実現したのですか?まず、パフォーマンスの冒頭で、長いサンプルのループを録音しておきます。音量を落としているけれど、演奏中のサンプルと同じチョーク・グループにある2つのパッドを使用してチョーキングしてバリエーションを作成します。これで、ぎくしゃくした粗さのあるヒップホップな感じが出ます。尊敬するアーティストのひとり、DJ Premierといった名手たちも作品のなかでこのテクニックを使用しています。2015年の活動についてお聞かせください。LPリリースやライブの予定は?2014年に録音したスヌープの未リリース・トラックがあるのですが、今年はリリースされません。今はアルバム制作のまっただ中ですが、パフォーマンスについても考えを巡らせています。これまでは、タリブやスヌープ、その他のアーティストとの仕事でプロデューサー的役割を担うことが多かったのですが、Pushのおかげで別のアイデンティティに移行できそうです。かねてから、アーティストとして活動し、自分の作品をパフォーマンスしたいと思っていました。Pushが発売されたとき、スタジオに置くことになるだろうとは思っていましたが、パフォーマンスで重要な役割を果たすようになるとは思っていませんでした。パフォーマンスが自分にとってこれほど重要なものになるとは考えてもいませんでした。こうして、プロデューサーがパフォーマンスを行うアーティストとして活躍できる時代になったのはすばらしいことだと思います。Decapについて詳しくは、FacebookおよびSoundcloudをご覧ください。

James Hoff:ウイルスとアートの関係

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James Hoff:ウイルスとアートの関係

James Hoffは進取の気性に富んだアーティストであり、音楽とサウンドによるその作品は複合的活動の一部です。ニューヨークを拠点に活躍する彼は画家として成功し、国際的な美術館やギャラリーで開催されている展覧会は高評価を博しており、コンセプチュアル・アーティストとしてそのアイデアはオールラウンドに広がっています。また彼は詩人でもあり、コンテンポラリーおよび1960年代まで遡る過去の掘り出し物を扱う芸術関連書籍の出版社Primary Informationの共同設立者(Miriam Katzeffと共に)でもあります。音楽においては、Hoffは2014年にエレクトロニック・ミュージック・レーベルPANからリリースされたアルバム『Blaster』で最もよく知られています。目的と力を持って放たれる収縮するグリッチーなリズムが特徴的なこのアルバムには、Hoffが斬新な効果を得るために収集、分類したコンピューター・ウイルスに感染させたサウンド・ファイルがフィーチャーされています。(彼の絵画にも、イメージの裏にあるコードを侵入にさらしてイメージを根底から改ざんするウイルスが活用されています。)彼のウイルスを伴うサウンド作品群には、非常になじみ深く支離滅裂でもあるさまざまな種類の携帯電話の着信音も含まれています。『Blaster』リリース以降、Hoffはさまざまなメディアで作品作りを続けてきており、ニューヨークでの絵画のソロ展覧会、ベルリンでの絵画とサウンドの展覧会、ドイツの放送局Deutschlandradioが放映権を獲得したプロジェクトが継続中です。ブルックリンにあるおいしいドーナツが供されるHoffの自宅で、作品と世界各地で話題を呼び起こすその方策について話を聞きました。 さまざまな領域で開発され、進化し、うごめくウイルスを用いていらっしゃいますね。ウイルスをツールとして使用することへの興味とはどのようなものですか?私にとって、ウイルスは2通りに興味深いものです。自分が考えるとおりにやった場合とは異なる方法で作品を生み出すことができ、複数のメディアを介して作業することができます。コンセプトのフレームワークとしてのきっかけと、幅広いジャンルにおけるさまざまなメディアを介した作品作りのためのツールを与えてくれます。ウイルスはありふれた風景のなかに隠れる性質があり、さまざまな顔を呈するので、これは1種類ではなくさまざまな種類の芸術活動に興味を持つ私のような者にプラットフォームを超えた作品作りの手段を提供してくれます。それがとても気に入っています。ウイルスには突然変異があり、また突然変異にもさまざまなものがあり、それぞれ異なって現れます。あなたの作品の一部、特にアルバム『Blaster』は、ダンス・ミュージックをテーマに取り上げているように思えます。ダンス・ミュージックはウイルスによる攻撃というアイデアを受容しやすいと?耳障りなノイズや聴き応えのあるサウンド・パレットを含むダンス・ミュージックに人々が興味を持つようになったのと同じように、私たちの時代ではより受容されやすくなっていると思います。ただ、これは私のプロジェクトに『Blaster』制作を決めたとき、すでにいくつかのコンピューター・トーンを感染させていて、そのプロセスに興味を持ち、仕組みを解明しようと思いました。コンピューターで生成したチャープやハム、モーターの回転音など、いくつかのトーンを感染させてみました。こういった方向に向かいたい、こういった音が欲しいというイメージがあって、概念上こうなるのではないかというものが私にはありました。ストックしてあったコンピューター・サウンドを用いて、それらを感染させてたくさんのソース素材を作成しました。地下鉄に乗って、イヤホンでそれらを聴いていると、子供たちがやって来てブレイクダウンスを始めたのです。彼らはビート・ミュージックを流していて、それが私の聴いている音に重なったとき、ひらめいたんですね。「これだ!」と。Blasterウイルスを選んだのもこれがきっかけでした。少なくとも私の世代は、子供の頃大型ラジカセを「ゲットーブラスター」と呼んでいたと思います。「Stuxnet」や「Morris」ワームではなく、「Blaster」を選んだのはそのためです。目的とセレンディピティ、両方を少しずつ取り入れた結果です。制作プロセスにおけるあなたの役割をウイルスに完全に譲ってしまうのですか?作曲におけるアルゴリズム的処理に興味はありますが、究極の目的としてそれに興味があるわけではありません。私自身の制作の手段を譲ってまで作曲におけるプロセスを妨げることはしません。音楽について言えば、私が扱うほとんどのことはどこか別のプロジェクトでもやっています。そのプロセスを使用してパレットを作成し、その上に何かを制作するのです。『Blaster』には、まるで破損しているかのようなビートやサンプルが見られます。しかしそこには、そういったビートやサンプルを使用して新しい音楽を作成しようと試みる私の存在があるのです。コンセプトとプロセスは重要ですが、プロセスを無視して、マシンだけでは生み出すことのできない何かを生み出すためにそれを使用するアーティストとしての権利を留保することも非常に重要だと思うのです。アルバムのリリース以降発表されたさまざまな作品でこれと似たプロセスを使用されていますが、どのように違ってきていますか?比較的新しい作品では、(Maxによる)トランスクリプション・プロセスを使用しています。ノートをウイルスのソースコードの各キャラクターに割り当て、MIDIにリアルタイムで描画します。『Blaster』の素材と同じ系列のその他の素材は、聞こえ方において非常に独特です。しかし、このプロセスは他の楽器構成にも使用でき、より大型のパレットも可能になるので、異なるジャンルにもアプローチすることができます。ベルリンでの展覧会では、Stuxnetコードをキース・ジャレット風のアルペジオ・ピアノに変化させました。ニューエイジ・ミュージックのようですが、数日にわたって続きます。非常に巨大なコードです。Deutschlandradio用に『Operation Olympic Games』をいう一連の作品群を制作されましたね。タイトルには何か特別な意味が?Stuxnet、Flame、Skywiper作成に使用されたCIA作戦の名前です。ドイツのラジオ用に作成したこの長編は、Blaster、Stuxnet、Skywiperで作成しています。Skywiperは、ニューヨークで開催された私の展覧会のタイトルでもあります。ベルリンでの展覧会のタイトルは『The Quick Brown Fox Jumps Over the Lazy Dog(すばしっこい茶色のキツネはのろまなイヌを飛び越える)』でした。この英文にはアルファベット26字すべてが使用されています。タイピング試験に使用されるほか、コンピューター・ソフトウェアでのアルゴリズムの検証にも使用されます。また、ロシアとアメリカが60年代に大西洋横断ケーブルを設置した際、アメリカ側が送った最初のメッセージがこれでした。ロシア側は非常に困惑したそうです―その意味が分からなかったのですから。あなたのプロセスは大きく進化し、また今でも進化を続けています。『Blaster』制作の基本的なプロセスはどのようなものだったのか、お話しいただけますか?Hex Fiendというバイナリエディターを使用しています。たとえば、クラップ音なら、それをエディターにかけて、16進コードに分解します。その後、ウイルス・コードを放り込みます。コードにウイルスを満たすわけです。コードをどこに置くか(また何回置くか)で、効果は大きく異なります。元のサウンドにどのような影響を与えるかには大きな幅があります。この方法で、『Blaster』用のサンプルを800ほど生成しました。これらは、このアルバムのビルディングブロックになりました。このプロセスにおけるLiveの役割は何ですか?ほぼすべてにLiveを使用しましたが、私が使用したのは数ある機能のうちごく基本的なものです。ただ、もしかするとそれこそが重要な違いなのかもしれません。制作する作品の多くは、その過程を進めるに従って、このプログラムを学び、開拓する機会を与えてくれます。私にとって、これらの知識ははじめから身についていたものではありません。Liveは2002~2003年から所有していますが、当時はライブ・パフォーマンス用でした。しかし『Blaster』では、スケッチ、作曲、アレンジとすべてをLiveで作成しています。ライブのセットアップもLiveを使用しています。今、感染後に感染の内容を修正でき、それにより少し異なる音色を得ることができるサウンドデザイン機材の使用を始めているところです。これはLive外ですが、その他すべてはLive内部のままです。新しい試みを始めたばかりなので、どうなるかはみてのお楽しみです。これまで音楽についてお話を伺ってきましたが、絵画でも同じくらいすばらしい作品を制作されています。音楽と絵画の間を行ったり来たりといった感じなのでしょうか、それとも一定期間どちらかに集中して取りかかる、というやり方でしょうか?現時点では、絵画と音楽をほとんど同時に行っています。私にとっての第三の柱は、Primary Informationと出版です。私には、出版社としての仕事とアーティストとしての仕事を分けて考える傾向があります。芸術という枠内においては、音楽とビジュアル・ワークは常に同じ歩調で進行します。これらは、アーティストとしての私にさまざまな関心を提供してくれます。また、どちらにもそれぞれの定型みたいなものがあるので、こういったパターンを脱するためにも、両方を行ったり来たりするのはいいことです。サウンドはイメージに比べてウイルス攻撃に対する受容度が高いのでしょうか?それとも逆でしょうか?ビジュアル素材のほうがずっと受容度が高いと思います。できることが多いです。イメージをありとあらゆる種類の方法で感染させて、ひとつのフォルダーに入れます。画として上手くいきそうに思えるものを選び出して、「maybe(多分)」という名のフォルダーに入れます。絵画約20点の展覧会ごとに、少なくとも1,000のイメージを生成します。そのうち50ほどが「maybe」フォルダーに入り、そこからさらに選別していきます。元のイメージはすべて絵画の下地となる素材です。いつもそうではありませんが、そうであることが多いです。ビジュアル素材の方がより受容度が高く可鍛性があるとのことですが、結果として生まれる作品の観点から、絵画と音楽のどちらを好まれますか?素材のレベルでは、絵画の方がプロセスの受容度が高いと思いますが、コンセプトのレベルにおいて、私がより好むのは音楽というメディアです。文化に流通していくさまは、絵画に比べてはるかに優れています。ある絵画を偶然目にしたとして、それが頭に焼き付いて離れないということはあまりありません。私は音楽を聴くということにおいてかなり受動的で、何か別のことをしながら常に音楽を聴いているのですが、バックグラウンド・ミュージックとしての音楽というアイデアが好きなのです。座って聴くというのも好きです。人々が私のショーを見に来てくれるのはうれしいことですが、おもいがけない場面に音楽が現れるというアイデア、日常の背景に音楽があるというアイデアにずっと強く興味を引かれます。ウイルスを使用した作品で難しいのは、そこに辿りつくことです―つまり、制作内容を、さまざまな環境においてシームレスでありながらそれぞれがある種の独自性を保つ音楽制作を行える段階に到達させることです。これらのウイルスからピュアなポップ・ミュージックを作ろうとは思いませんが、ポップな作品が生まれたり、たとえば病院の待合室に流れるような音楽が生まれるのも面白いなと思います。音楽には、その生みの親の思いも寄らないようなふうに進む潜在的な力があるという考えが、私は好きなのです。 James Hoffによる着信音『I Just Called To Say I Love You』のダウンロードはこちらから。James Hoffについて詳しくは、Hoffのウェブサイトをご覧ください。

インプット/アウトプット:Valet

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インプット/アウトプット:Valet

シリーズ「インプット/アウトプット」では、Abletonコミュニティに属するプロデューサーのスタジオを訪ね、彼らの制作プロセスに取り入れられるインスピレーション、テクニック、技術と、そこから生まれる最新の音楽作品に光を当てていきます。ポートランドのアンダーグラウンド・ミュージック界で長年にわたり活躍するHoney Owensは、音楽ですでに数々のキャリアを重ねています。Nudge、Jackie O Motherfuckerなどのグループでコラボレーターとしても活躍するOwensは、ドローンとツイストの効いたブルースをValet名義で、サイケデリック・ハウスを(パートナーRafael Fauriaとのコラボレーションである)The Miracles Club名義でそれぞれ発表しています。今年5月、Owensは2008年以来となるValetとしての新アルバムを由緒あるKrankyレーベルからリリース。LP『Nature』にはギターが印象的な8作品が収められており、プロジェクト初期の自由な実験的レコーディングを構造化し、(Fauria、ポートランドのドラマー/マルチインストゥルメンタリストのMark Burdenの優れた妙技により)バンドライクな形に仕上げられています。Valetの新たな―そして少し意外な―進化の裏側に興味を引かれたAbletonは、OwensとFauriaにインタビューを敢行。新アルバムについて、『Nature』のクリエイティブな要素とテクニカルな要素について、The Miracles Clubをより実験的なテリトリーへと進めるプランが、偶然にもValet3枚目のアルバムと変化したいきさつについて、二人に話を聞きました。Valet名義の前作のリリースは2008年でしたが、あれから今日までに数々の音楽的試みがなされていますね。Valetプロジェクトに戻るきっかけは何だったのでしょうか?Honey Owens(HO):ある種偶然の出来事でした。友人から、Miracles Clubとしてチャリティ・イベントで演奏して欲しいと依頼されたのです。このイベントは、サンフランシスコでギャングに襲われ、病院で数回にわたる手術を受けなければならなくなった別の友人のためのものでした。ショーの日程が息子を産んだ数週間後だったので、どっぷり音楽につかるという状態ではありませんでした。私の妊娠中、RafがDJをして、私は出かけていってそれを鑑賞するといった感じだったのですが、出産予定日が近づくにつれて、母親になるということ、子供が生まれるということが、刻々と現実のものとなっていきました(笑)。そうこうしているうちに、Miracles Clubの新曲制作について話し始めるようになり、そのアイデアをもとにいろんな試みを始めるようになって、(曲やパフォーマンスの)構築し始めました。私がギターを使用するというのはRafのアイデアで、それはMiracles Clubの元のアイデアがそこから始まったからです。Rafael Fauria(RF):バギーでシューゲイザー的なダンス・ミュージックを作ろうと思って始めたのですが、全然ダンスの要素がないロック・ミュージックになりました(笑)。HO:それに、そのときはドラマーもいなかったので、Rafがドラムをプログラミングしたんです。それまで、ハウスやテクノの作品でしかドラムを制作したことがなかったので、「それじゃ、ぼくたちのお気に入りのバンドのドラム・サウンドがどんな風なのか考えてみよう」ということになって、それで「ヴェルヴェット・アンダーグラウンド ドラム」とググって、モーリン・タッカーのドラミングをコピーしようとしてみたり、とにかく手に入るドラム・サウンドを片っ端から試してみました。RF:結局、(Roland)R-70ドラムマシンを使用することになりました。HO:これを使うと決めてからも、「どうやったらモー・タッカーみたいなドラム・サウンドを出せるのか」という試行錯誤は続きましたね。それに、結局ドラマー(Mark Burden)が参加するまで「ロック」っぽいサウンドにすることはできませんでした。Markが参加するまではチャリティ・イベントでMiracles Clubとして演奏していましたが、実際はValetの作品をプログラミングしたドラムと一緒に演奏していました。RF:当初は、アルバムすべてにプログラミングしたドラムだけを使用していたのですが、その後Markが録音した実際のドラムと入れ替えたりミックスしたりしました。HO:基本的には、Rafがレコ―ディングしたすでに存在しているリズムにあわせてMarkがドラムを演奏し、それをあたかもプログラミングされたドラムのように扱うという形をとりました。各ヒットにコンプレッションをかけたり、スイングを加えたりと、合成ドラム・サウンドをリアルなドラム・サウンドにするためのさまざまな加工を施しました。RF:主に行ったのは、Liveの オーディオ-MIDIマッピング機能です。それまであまり使ったことはありませんでしたが、ドラマーのニュアンスはそのままに、ドラムキットにマイキングしたサウンドを使用しただけの場合に比べて非常に巧みなヒットを作成することができました。生のドラムキット・サウンドだけを鳴らすのではなく、ドラムマシンのスネアとリバーブを欠けたアコースティックのスネアを同時に鳴らして音を重ねています。『Nature』はその大部分をLiveを使って自宅でレコーディングしたのですか?Live使用歴はどの位になりますか?HO:実は、(これまでのValetのアルバムである) 『Naked Acid』と『Blood is Clean』もLiveで制作しています。なので、Live歴はかなりになりますね。RF:あの頃、HoneyはLiveを4トラックのように使用していました―トラックをひとつ作っては再生、録音し、また別のトラックを作っては再生、録音…という感じで。HO:基本的に、Liveは私の2インチ・テープでしたね(笑)。RF:でも『Nature』では事情は違っていました。というのも、すべてライブ演奏用に作成されていたので、どの作品もセッションビューで制作をスタートしました。小さなループから始めて、ソング間を行き来できるコントローラーを使って即座にアレンジを作成しました。Miracles Clubのトラック構築でも同じようにLiveを使用すると思います。『Nature』はドリーミーなテクスチャと豊かなアトモスフィアのレイヤーが特徴的です。これらの要素はハードウェアとペダルを使用して外部で作成されているのですか?それともLive内部で?あるいはその組み合わせでしょうか?RF:内部で使用したエフェクトはリバーブとディレイをほんの少しだけ、それと主にコンプレッサ―関連です。より目立つテクスチャはペダルやラック・ユニットによるものです。こういったサウンドは、ライブ演奏中に録音したものですか?それとも、後で追加したり微調整したりしているのでしょうか?RF:ええ、ゆっくり調整を加えていき、ペダルを繰り返し演奏して「パーフェクト」なサウンドを見つけてから、演奏しながら録音して微調整を加えていきます。HO:アルバムに収録されている(アンビエント)テクスチャのほとんどは、古いBossペダルやEventideといったペダルや外部機器を通したギターなどの演奏によるものです。RF:ときには、後で変更するつもりでLiveのリバーブをボーカル・パートに重ねておいて、結局そのサウンドに慣れてそのままにしておくということもあります。なので、リバーブが強調されているということはありますね。外部シンセやドラムマシンを使用する際、ライブで演奏して演奏内容をサンプリングするのでしょうか、それともMIDIを使用してユニットをコントロールするのでしょうか?RF:両方ですね。シンセでは普通MIDIを使用しますが、それは時間に沿ってきちんと作成したいからです。このレコードでは、シンプルなシンセ・トーンとDrum Rackを使用して作成したクイック・ビートから始めて、Honeyがそこにギターを加えて、それをアンプに通して録音し、ループするクリップにしました。より自由な印象のこれまでのValetのLPとは異なり、『Nature』はどこか調和を感じさせる構成になっていて、ひとりのミュージシャンが多数のギター・ペダルを操っているというよりも、まとまりのあるミュージシャンのグループによる演奏を思わせます。『Nature』と、これまでの2作品『Blood is Clean』と『Naked Acid』をつなぐものとは何だと思われますか?HO:私もそれについて考えを巡らせました。曲を作っている間、それがMiracles Clubの作品ではないことは分かっていましたが、Valetの作品だとも思えず、「これをどう呼べばいいのだろう?」と考えていました。1991年、私は20歳かそこらでしたが、(マイ・ブラッディ・ヴァレンタインの)『ラヴレス』や(ニルヴァーナの)『ネヴァーマインド』、ほかにもたくさんの(影響力の大きい)作品が発表された頃でした。当時の私といえば、友達のアマチュア・バンドでドラムや他の楽器を演奏していたに過ぎません。でも、91年に本当のバンドが組めていたとしても、あのときのバンドがそのバンドにあたるものになっていたと思います。だからこう思ったんです。このレコード用には新しいバンド名が必要かもしれない。でも、「いや、これはValetのアルバムだ。他のアルバムにも、いかにもValetという曲が1~2曲ある」と人は言うでしょう。そう考えるようになって、つながりを見出すようになりました。これまで多数のさまざまな音楽プロジェクトに参加されており、キャリアを通じて幅広いジャンルをカバーされていますが、こういった異なるインスピレーションをどのようにナビゲートされているのですか?プロジェクトやレコードごとのアイデアを構築する際に意識されていることはありますか?あるいは、クリエイティブなプロセスにおいて自ずから明らかになるようなものはありますか?HO:実際のところ、こういったことをやるアーティストがあまりいないことに驚いています。音楽好きなら、あらゆる種類の音楽が好きであるのが普通です。ラップトップのトラック・リストやレコードのコレクションを見ると、必ず誰のコレクションにもラップ、ダブとさまざまなセクションがあります。たくさんの音楽を聴いていろんなものを吸収すれば、「よし、今すぐこれをやってみよう」という気になります。Rafはレコードを通してヴァイブにこだわることに興味を持っているのですが、それを実行するのは楽しかったですね。「これはハウスだな」とか、「この曲には、このドラムと、ギターと、これら2つのキーボードだけを使用しよう」とか。いろいろと切り替えるのはごく自然なことだと思います。それができるのなら―ハウス・ビートもギター音楽も作れるのなら―両方やらない手はないでしょう? Valetについて詳しくは、KrankyのSoundcloudページおよびウェブサイトをご覧ください。その他のインプット/アウトプット・シリーズ記事はこちらから。

Anthony Pirog:オーディオからMIDI、そしてまたオーディオへ

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Anthony Pirog:オーディオからMIDI、そしてまたオーディオへ

Anthony Pirog アメリカ人ギタリストAnthony Pirogは、その多才さが特徴です。ブルース、ジャズ、ロックのるつぼで育った名手であるPirogは、ずらりと並んだペダルと変幻自在なテクニックで、その姿を自由自在に変えます。そんな彼のデビュー作『Palo Colorado Dream』は、ある種の新たなギターヒーローとしてのPirogの存在を決定づけるものとなりましたが、彼はそういった賛辞にあぐらをかいたり、定評のサウンドに手を出すようなアーティストではありません。新しい何かを求めて、Pirogが目を付けたのは、Liveのオーディオ-MIDI変換機能の可能性でした。アナログシンセのレイヤーやアレンジのトリガーにギターを使用するかどうかに関係なく、Pirogのストーリーは、テクノロジーを使用してよく知る何かに新たな命を吹き込むケーススタディとなっています。 Audio-MIDI変換機能を使うアイデアはどこから得られましたか?この機能に初めて触れたのは?2013年3月、私はデビュー作『Palo Colorado Dream』の制作にとりかかっていました。The Brinkというスタジオでポストプロダクションを行っていたのですが、ギターのトーンが思っているのとかなり違うように感じていました。ギターパートをシンセでダブリングして優れたテクスチャを加えたのですが、2つのトーンをうまく組み合わせるのは簡単ではありませんでした。まるで、2名のミュージシャンがそれぞれのフィーリングで演奏しているような感じでした。私が求めていたのは、ギタートーンの特定の部分を補強することでした。 そこで役に立ったのが、LiveのオーディオをMIDIに変換する機能です。当時はまだLiveを持っていなかったので、1カ月間無償で試用できる試用版をダウンロードして、ギター演奏をインポートし、MIDIに変換しました。すぐにLiveに内蔵のシンセサウンドを使用してギタートラックのMIDI録音をチェックしましたが、セッションでの自分のパフォーマンスの人間らしいリズム感にマッチしたことに感動を覚えました。これで、サウンドの組み合わせを使用するまったく新しい可能性の扉が開かれたのです。The BrinkのオーナーでありエンジニアのMike Reinaは、私のデビュー作の共同プロデューサーでもあるのですが、ビンテージアナログシンセをかなりの数コレクションしています。彼と一緒に、Liveから抽出したMIDIトラックをいくつかのシンセ(特に、Sequential Circuits Prophet 5とsynthesizers.comのモジュラーシンセ)に送信することを始めました。 このシンセサウンドは必ずしも目立つものではなくギターパートを圧倒するようなことはまずない一方、温かみと減衰を加え、レコーディングセッションから取り上げたギター演奏を強化してくれました。ギター演奏に完全にマッチするようシンセパートにフェードインするオプションがとても気に入りました。 コンピューター、シンセ、MIDIがオーガニックなツールとして語られることはあまりありません。装飾を省いた美が特徴のあなたのスタイルにこれらのツールを適合させ、強化ツールとして使用するのにどのような手法を用いたのですか? シンセを用いた音楽を長い間聴いてきました。シンセのテクスチャを使用することは、スタジオ作業中によく考えるアイデアです。10代前半、私は録音物とライブ演奏はまったく異なるものだと考え、それらは同一である必要はないし、ケースによっては同一なものにはなり得ないと思っていました。今回の作品では、Michael Formanekをベースに、Ches Smithをドラムに迎えたトリオでの録音を考えていました。2日間に渡ってライブ演奏し、単なるスタジオでのライブ演奏以上の何かを制作するために時間をかけました。録音される音のまわりの空間に注目し、単に録音した音を並べるのではなく、それらの空間に十分配慮したサウンドにしたいというのが私のアイデアでした。ジャズミュージシャンとして捉えられることが多いのですが、インディーロックもよく聞きますし、今気に入っているレコーディングにはシンセが多用されています。それらによって興味がそそられ、シンセサウンドを作品に使用する気になりました。 このセットアップでの作業を始めるにあたって、慣れるまでに時間はかかりましたか?実はかなり簡単でした。ほとんど時間はかかりませんでした。ギターのオーディオトラックをインポートして、ボタンを押すだけでMIDIに変換できました。変換は完全ではありませんでしたが、非常にすばらしいと思いました。上音やいくつかの音の検出ミスがあったので、MIDIトラックに手を加える必要がありました。でも、演奏のリズムはそのまま変換されていたので、音にいくつか手を加えなければならなかったことはたいしたことではありませんでした。少しの修正が終わると、「MIDIの世界へようこそ!」という感じでした。ワークフローと結果には正直圧倒されました。次の作品では、ドラムとアコースティックベースにこのツールを使用するつもりです。このツールには大きな可能性があると思います。 スタジオでMIDIギターを抱えたAnthony Pirog それでは、レイヤーの次は何でしょうか?オーディオ-MIDI変換機能で次に実現したいことは?次の目標は、ギターをライブ演奏やレコーディングにMIDIコントローラーとしてうまく使用できるようになることです。キーボードはあまり上手ではないので、MIDIやソフトシンセをギターでコントロールできるようになることは、非常にエキサイティングでインスピレーションをかきたてます。私にとって、ギターとシンセのミキシングは美的見地からいって危険なテリトリーですが、自分に何ができるのか非常に楽しみです。Anthony Pirogについて詳しくは、彼のウェブサイトをご覧ください。

美しきデータ:マックス・クーパーと音楽における創発

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美しきデータ:マックス・クーパーと音楽における創発

その概念について見聞きしたことはないかもしれませんが、創発は、私たちを取り巻く世界に深く組み込まれています。創発は、はるか昔から万物を形成する力であり、今も生命の行く末を決定し続けています。大まかに言って、小さな特性が相互に作用し、より複雑な現象を形成するプロセスのことをいいます。結晶を形成する水の分子、有機体へと進化する細菌などがそれにあたります。創発が意味するところは、生物学者、哲学者、化学者と、それを誰に尋ねるかにより異なります。遺伝学者からプロデューサーへと転身したマックス・クーパー(Max Cooper)にとってそれは、彼の新しいオーディオビジュアル・ライブの概念的枠組みです。サウンド・デザイン、音楽構造、ビジュアル・モチーフを創発に結び付けることは、人々の興味を引きつける組み合わせです。あなたの音楽が均整美により進化し、宇宙そして生命を形成するとしたら?Abletonは、目がくらみそうなこの概念下で何が起きているのか、普遍法則が音楽にどのような影響を与えているのかについて、クーパーに話を聞きました。 創発の概念に出会ったのはいつですか?科学とは、要は還元主義で、自然現象と過程を説明するのに使用できるシンプルな原理や法則を学ぶことです。しかし、気体分子の作用のシンプルな方程式を学んだとしても、現実はずっと複雑です。創発はそこに内在しています。つまり、部分の性質の単純な総和にとどまらない性質が、ひとつの科学的観点では説明できない方法で、私たちを取り囲む世界においてより豊かで多面的に現れるという考えです。創発は、初期段階で教わる概念ではありませんが、常に表面下に存在しています。それがいつだったかは分かりませんが、いつだったにせよ、私のそれまでの知識の延長線上にあるものだと捉えることができました。これは、あらゆる種類のさまざまなアイデアをショーに持ち込むことを可能にする一般的原理です。科学的データ内に存在する自然の美を利用する優れた方法です。私たちの周りには、たくさんの美しいデータがあるのです。音楽における創発の現れはどこにあるとお考えですか? グラニュレーションは音楽的創発の好例です。音楽からごくごく微量の断片を取り出し、それをまったく新しい作品の起点として使用するというところです。前からミクロなディテール、クリック、グリッチが好きでした。ライブでは、Grain DelayやMonolake Granulatorを、ビジュアルに影響するパラメーターにマップ下ローパス・フィルターと組み合わせて使用しています。これらのオーディオ・グリッチをフィルターして、画像をビジュアル・グレインへと徐々に分解していき、オーディオとビジュアルの相乗効果を得ています。これは、コンセプトとプロセスを結び付ける試みのひとつです。ショーではこの反対を試みることも数多くあり、その場合曖昧なところからスタートして具体的な何かを形成していきます。スクリーン上にある何だかよく分からないものが、ゆっくりと識別できる何かへと変化していきます。こんな感じで、脱構築することも、構築することもできます。ソースが分からなくなるようなサウンドの扱い方や加工の仕方、またそのプロセスを逆転させて行う方法を常に模索しています。そうすることで、ごみに思えるものからこのような興味深いサウンドやボーカルの創発を得ることができるのです。カオスから秩序へとつながるこの推移は、私が愛するもののひとつです。 Emergenceショーのセットアップについて説明するマックス・クーパー このストーリー展開は創発を反映していますか?ストーリー展開は創発についてですが、宇宙の時系列について語っています。このショーはビックバン以前からスタートし、素数分布、数学的形式における数の構成、宇宙の出現前に存在した自然法則の概念について見ていきます。その後、ビッグバンから星と惑星の形成、初期の生命体の進化へと進んで行きます。さらに人類の登場と人口の爆発、資本主義、悪夢を思わせるバランスを失った私たちを取り巻く現在の状況へとつながります。ストーリーのこの部分はどうみても暗くネガティブなので、それに合わせて音楽はよりアグレッシブで不穏なものとなり、一方、初期のパートの多くは比較的美しいものとなっています。このストーリー展開によって特定の感情の連鎖へと追い込まれたことで、これまでとは少し違った音楽になりました。音楽に普遍的法則はありますか?自然法則は単なるパターンです。何億年も前そして今も真である物事の相互作用を定義するものです。そこには対称性があり、時間的なパターンがあります。そして音楽も、時間的なパターン、波形におけるパターンです。つまり、音楽と自然法則の間には深いつながりがあります。人類は環境にパターンを求めるよう進化してきました。人間が音楽を楽しいと感じるのも、もしかするとそのしるしなのかもしれません。パターンを見つけると、人はそれを好ましいと感じます。好ましいと感じると、人はよりいっそうそれを探し求めます。これこそ、人類が非常に成功した種である理由です。私たちを取り囲む環境をコントロールし、人間ならではの方法で理解するのはそのためです。これと同じ論理を、人類がなぜ音楽を楽しむのかという問いにも当てはめることができます。パターンの探求という人類の基本的欲求が関係しているのです。 マックス・クーパーについて詳しくは、FacebookおよびSoundcloudをご覧ください。

Peaking Lights:廃品置き場からLiveまで

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Peaking Lights:廃品置き場からLiveまで

Aaron CoyesとIndra Dunisの夫婦デュオPeaking Lightsは、がらくたの山からお宝を見つけ出すのが得意。古い電子機器の廃棄部品を集めて素朴なサウンド・ジェネレーターを構築するという彼らの少し怪しげでダブの効いたスタイルは、クリエイティビティに対するDIYな姿勢の産物なのです。地に足の付いたメンタリティと相まって、昨年リリースされた『Cosmic Logic』など彼らの作品は伝統と革新の間の微妙な境界線を牽引するものとなっています。Abletonは彼らにSkypeインタビューを敢行。テープ同期によるパフォーマンスからLiveを利用したセットへの移行についてCoyesに話を聞きました。 Peaking Lightsのライブの様子(WFMU) まず、そのケースに入っているシンセについてお話を聞かせてください。不思議なパワーを帯びたCasioという感じに見えますが…。 どこのメーカーだか分かりませんが、Casioではありません。ある種のモジュラーのように構築しています。ちいさなEQノブはすべてスイッチになっていて、いろんなエフェクト用のポテンショメーターも付いています。サーキット・ベンディングの経験がおありで?いいえ、15年の間になんとなく分かるようになってきただけです。これまでに何か(あるいは誰か)を爆発させてしまったことは?アクシデントはいい結果につきものですが、まあ、間違って電気の通っている電線を口にくわえてしまったり、ばかなことをしてしまったことはありますね。なんでも手で済ませようとしてしまって、ワイヤー・ストリッパーとかを使ったりしないんです。電線を手でちぎって、歯で被覆をはがしてしまうんです。そのケース、なかなか素敵ですね。ええ、ツアーにうってつけです。すべてを詰め込んだこういうコンパクトなものが欲しかったんです。EMSに影響されているところはかなりありますね。あのSynthiみたいな。あれだったら飛行機に乗るときも手荷物にできるので、預け荷物にする必要がありません。今は、手作りシンセはすべて家に置いています。まだ動くことは動くんですが、かなりダメージもありますから。

ゴースト・イン・ザ・マシーン:Ryo FujimotoがDOMMUNEで魅せる

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ゴースト・イン・ザ・マシーン:Ryo FujimotoがDOMMUNEで魅せる

現代の音楽テクノロジーは、人間の直感的な表現とコンピューターがもたらす無限の可能性の間の壁を破ることを目指しています。それはつまり、人間とマシンの間に自由奔放なフィードバック・ループを生み出すこと ― ストリーミング・プラットフォームDOMMUNEでRyo Fujimotoが見せる扇情的なパフォーマンスから生まれるループが、まさにそれを物語っています。ビートボクシング、多様なボーカル・テクニック、Live、Kaoss Padを用いて、Fujimotoは、見る者にラップトップ・パフォーマンスの表現力を再考させる崇高なパフォーマンスを魅せてくれます。その手法の秘密を探るべく、Fujimotoに話を聞きました。 DOMMUNEでパフォーマンスを披露するRyo Fujimoto DOMMUNEのセットで、あなたはサウンドを細かく切り刻んだり、逆に細かなサウンドを引き伸ばしたりしています。このテクニックのどのようなところに魅力を感じていますか?ご興味を持って頂き、ありがとうございます。私は両方のやり方で制作をしていま す。何故なら、2つの方法それぞれに、異なる素敵な物語が在るからです。なの で、私は、" 分ける " ことが出来ません。はじめに、音を聞いて、感じ、その音に含 まれている要素を、まるで本を読むように読んでみます。そして、完成図をイメージ します。もし、その小さな音からイメージ出来た場合、そこから物語を創り出しま す。しかし、それが出来なかった場合、別の方法に切り替えて、試します。わたしは、エレクトロニクス、ビートボックス、ポエトリーリーディングなどで作 品を創っていますが、自分の中に明確なルールは存在しません。例えば、もし、自 分がサックスフォンを練習しなければならないと感じたなら、私は、練習し始める でしょう。もし、自分がイメージするゴールに到達出来るなら、私は何でも使いま すし、何でも練習すると思います。すべて、わたしにとって、OKなのです。あなたのビートボクシングと制作のスタイルは、空間と密度の一定のペースを持った狂乱的でありながらある種素っ気ないコントラストに密接に関連しているように思えます。あれは、作品作りでビートボクシングをエミュレートしようとしているのでしょうか?それとも、ビートボクシングで制作スタイルを再現しようとしているのでしょうか?今までそれを考えたことがありませんでした。考える機会をありがとうございま す。おそらく、私の中で、ビートボックスという楽器はエレクトロニクスと同じ機 能を果たしているのだと思います。ビート、メロディ、詩、動物的な何か。その他 などに、時と場合に応じて、自由に変形します。 中断もあなたのスタイルを特徴づけるものです。スムーズな流れで進んでいたかと思うと、その後グリッチーで混沌とした状態に突入します。こういったある種耳障りな変化を使用する理由は?なぜなら、私は、”ハプニング”が好きだからです。そして、”退屈なこと”が好きじゃ ありません。( 瞑想は好きですが ) 私は音を、まるで人間のように演奏したいと考 えています。なので、音は沢山の変化を遂げてスピーカーから出てきます。すべての 生き物は、最終的に * 死 * によって終わりを迎えますが、私の中で、* ライブセッ ト * の演奏は、生き物と同じなのです。爆発的に飛び散って終わりを迎えるのか、 とても静かに終わりを迎えるのか、それは、わたしにとって、あまり重要ではあり ません。わたしにとって、大切なことは、中盤に、ライブセットの中の音が、どの ように奇抜に変化したとしても、その変化を受け入れることです。なぜなら、鳴っ ている音は、わたしの子供だからです。そして、私は演奏して、彼らのエンディン グを見届けたいのですパフォーマンス全体を通じて、緊張をはらんだ個人的な何かが張り巡らされているように感じられます。この語り口については、あいまいなままにしておきたいとの意図があるのでしょうか?はい。これは自分が、人生の中で感じている1つの物語であり、誰かへの質問 (時 に警告 ) です。この世界に正解などありません。例えば、誰かに何かを伝えたいと きに、もし、自分の感情を出すことをやめてしまったなら、何も伝わらないからで す。なぜなら、私たちは、それぞれが、違う感覚、考え方を持っていて、多くの人 が、何でも分かる...

ディーター・ドイプファー:モジュール・シンセシスの展望

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ディーター・ドイプファー:モジュール・シンセシスの展望

ここ10年におけるモジュール・シンセシスの復活の立役者の名をひとつ挙げるとすれば、それはディーター・ドイプファー(Dieter Doepfer)になるでしょう。1995年に自社のA-100モジュラー・システムにユーロラックを採用したことで、ドイプファーは、互いに整合性を持つ非常に多様なモジュール開発の道を他のメーカーに提供しました。あれから20年が経過しましたが、パッチャブルでモジュラーな機材への関心はいまだに高く、ニッチ層向けの家内工業が主であった業界は、今ではうなぎ登りの成長を見せています。確固たる名声を持つシンセ・メーカーの数々が次々とユーロラックに対応したことで、モジュラー・シンセシスのサウンドはメインストリームへと進出し始めています。OSCiLLOTリリースに付随するシリーズ特集の最新エントリとなる今回の記事では、ディーター・ドイプファーが急激に変化するモジュラー・シンセシス分野への彼の見解や、電子機器や回路図を自作していた初期の頃の思い出について語っています。 ユーロラック・システムで、あなたはモジュラー・シンセシスの再生そして現在の人気に重要な貢献を行いました。しかし、ご自身はミュージシャン出身ではありませんよね。音楽とテクノロジーへの関与はどのようにして始まったのですか?すべては物理学を学ぶ学生だった頃に始まりました。当時バンドで演奏もしており、機材を修理したり、ギター・エフェクト(ディストーション、ワウ、フェイザー、フランジャーなど)を自作したりしていました。あの頃はギターが私の主な楽器で、アメリカの有名シンセ、モーグのようなサウンドをギターで出したくて、当時入手可能だった一般的なエフェクトだけでなくいろんな種類のフィルター回路を試していました。思い出して欲しいのですが、当時はインターネットは存在しておらず、情報の入手方法は今とはまったく異なっていました。手に入ればラッキーといった具合で、紆余曲折を経て雑誌、カタログ、マニュアル、回路図のコピーを時折入手することができた程度でした。たとえば、大学図書館を通じた外国の雑誌や書籍の図書館相互貸借は重要な情報源でした。資料を指定してリクエストを出しておくと、運が良ければ、数週間の待ち時間を経て、数日間にわたってその資料を利用することができる制度です。フィルター、フェイザー、ディストーションを使用してギターでシンセのような音を出すという私の試みは成功とは言いがたいものだったので、徹底的に掘り下げて研究する必要があると気付いたのです。幸運にも、70年代半ばにElektorという雑誌がFORMANTというモジュラー・シンセの回路図を公開していました。毎号ごとに1つのモジュール(キーボード、VCO、VCF、VCA、ADSR、LFOなど)が特集されていて、1年を通じてすべてが揃う仕組みになっていました。もちろんこれを自分で構築しなければならず、これがきっかけでシンセの構築方法と基本的な回路の仕組みを詳しく理解したという人もたくさんいました。そういう意味で、FORMANTは私たちシンセ・フリークにとって画期的な出来事でした。FORMANTシンセが完成した瞬間から、その特性と機能の向上と拡張の要望が届き始めました。それで、FORMANT互換のモジュールをいくつか開発して販売を始めました。周波数分割/サブオクターブ・ジェネレーター、電圧制御フェイザー、ストリング・フェイザー、VUメーター、システム・タイマー、電圧制御スイッチとジョイスティックなどです。FORMANTにない機能のひとつに24dBフィルターがあったのですが、その頃には他の電子系ホビー雑誌もこのシンセの流行に気付き始め、FUNKSCHAUという雑誌が24dBモーグ(Moog)フィルターの回路図を公開しました。ただし、それが何であるのかの説明がありませんでした。なので、この回路図をもとに実際に製作するには若干の予備知識が必要でしたが、あれは紛れもなくモーグ・フィルターでした。それから少しして、同じ雑誌がモーグのADSRエンベロープの回路図を公開しました。同時期に、シンセサイザーに関する本も出版されるようになりました。何よりもラッキーだったのは、『ポップコーン(Popcorn)』のレコーディングに使用されたものと同じモーグのモジュラー・システムを友人と一緒に修復する機会を得たことでした。モーグ公式の保守マニュアルをなんとか手に入れることができ、システム修復の過程で非常にたくさんのことを学びました。20年前、あなたはモジュラー・ハードウェア用のユーロラック・フォーマットを確立し、ベーシックなモジュールを多数開発し、今でも新しいモジュールの製作と既存モジュールの機能向上を続けていらっしゃいます。ここ10年ほどにわたるモジュラー・ハードウェアの拡大に対するあなたの見解をお聞かせいただけますか?小規模メーカーのモジュール分野への大量参入は、この分野全体としての発展にとってよいことだとお考えですか?それとも、違いといえばマーケティング文句だけのディストーション・エフェクトであふれかえるギター・ペダル分野と同じ状況に到達しつつあるのでしょうか?難しい質問ですね。どこへ向かうのかは正直分かりません。NAMMショーから戻ったばかりなのですが、そこでも「ユーロラックの急増」についていろいろな話がありました。今では、ヴァルドルフ(Waldorf)、ヨモックス(Jomox)、オーバーハイム(Oberheim)、デイヴ・スミス(Dave Smith)、ラディカル・テクノロジーズ(Radikal Technologies)、スタジオ・エレクトロニクス(Studio Electronics)など、シンセに関わるメーカーのほとんどがユーロラック・モジュールを市場に投入しています。つい数年前まで、この分野は比較的小規模で、誰とも顔見知りでした。しかし今では、百を超えるメーカーに数千のモジュールが存在するようになっています。迷子になった気分なのは私だけではありません。モジュールの過剰供給に不満の声を上げているのはディーラーや小売店です。これまでのところ、この発展は私たちにとって好ましいものでした。それは主に、他のメーカーがよりエキゾチックで変わったモジュールを開発する傾向にあり、私たちの作るスタンダードなモジュールを必要とするユーザーがいたからです。私たちとしてはこの発展の行方を見守るしかありませんが、数年前の株式市場の高騰について考えずにはいられません。モジュラー・シンセシスの最近の人気の鍵はどこにあるとお考えですか? 私は、いくつかの要因が作用していると考えています。間違いなく、ラップトップやプラグインを使用するミュージシャンの多くが欲するフィジカルな部分(ダイヤル、ノブ、ケーブルなど)も大きな要因でしょう。もちろん、サウンドの豊かさも一因ですが、独自の何かを生み出すという感覚も重要な役割を果たしていると思います。モジュラー・システムを使用すると、他の方法では絶対に生み出せず再現するのも非常に難しい、極めて特徴的なサウンドを作れることに気付きます。これは、たとえばクラフトワークなどのアーティストの典型的なアナログ・サウンドがいつまでもサンプリングされ再利用されている理由だと思います。ドイプファーの今後の開発についてお聞かせいただけますか?また、モジュラー・シンセシスとユーロラック・フォーマットの今後の展開についてはどのように推測されていますか?しばらくの間は開発を続けていくでしょう。モジュールやモジュールの組み合わせが多数登場し、(8x16トリガー・シーケンサーA-157など)スタンドアロン・デバイスとしてリリースされる予定です。また進行中のアイデアやユーザーが待ち望んでいるモジュールもかなりあります。ただ、この熱狂的なブームが治まった後も生き残るのは、高品質の製品と優れたサービスを提供するメーカーだけだと思います。 Doepferモジュラー・シンセシス・ハードウェア一覧についてはDoepferウェブサイトをご覧ください。モジュラー・シンセシスに興味を持たれたなら、OSCiLLOT by Max for Catsをぜひチェック!100を超えるパッチング可能なモジュールと、パッチング済みシンセやエフェクトを多数収録した、Ableton Live用のコンプリートなモジュラー・システムです。

ファビアン・ルス:サーキュラー・サウンドでクラシック音楽に新たな感動を

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ファビアン・ルス:サーキュラー・サウンドでクラシック音楽に新たな感動を

ある種の人たちにとって、バッハやハイドンの作品をコンピューター・ソフトウェアで再現することは異端かもしれません。ドイツの作曲家でありサウンド・デザイナーでもあるファビアン・ルスにとってそれは、現代のクラシック音楽界において最も尊敬されているソリストたちと仕事をする手段となりました。ルスは、Simplerを使用して教会古典音楽を分析・再現し、マルチチャンネル・サウンドシステム用の空間感に秀でた作品を定期的に発表しています。クラシック・サウンドとエレクトロニック・サウンドのデリケートなバランス、サーキュラー・サウンド・システム用の作曲について、ルスに話を聞きました。 ファビアン・ルス『Circle Spot』 あなたはしばしば、伝統的な西洋クラシック楽器のサウンドや作品を素材として使用し、マニピュレーションを加えていらっしゃいます。これらの音源の何が、あなたの創造力に火を付けるのかお聞かせいただけますか?特にこれらに集中する理由は、また教会音楽にどのような新たな観点をお望みなのでしょうか?正直、こういった音を重視しているわけではなく、ただ子供の頃から私の周りにある音だったというだけです。オーケストラを使ってみたいとずっと夢見ていたので、オーケストラのサンプルライブラリを手に入れました。新進の作曲家であれば誰でもサンプルライブラリを持っていますね。オーケストラ用の作品を作りたいけれど、ラップトップを買う以上の金銭的な余裕がないからです。ですので、新人の頃はエレクトロニックな要素とクラシックな要素を一体化させる機会は常にありましたが、自然な形でそれらを組み合わせる方法が分かりませんでした。あの頃は、私の作品を演奏してくれる人はひとりもいませんでした。いたとしても、どんな作品を作ったのだろうかが想像できません。幼少時代に経験した無人の音楽を作りたかったのです。知り合いの演奏家もいない、雇うお金もないという状況でなんとかやりくりするために、LiveのSimplerを使い始めました。昔作曲した音楽をリサンプリングし、新しい素材、テクスチャ、メロディを作りました。そして、さまざまなサイズの部屋とパンニング位置で実験をしたのです。Simplerでマニピュレートする素材を増やすため、友人たちと録音を始めました。サンプルを使用し、それらをバロック音楽バイオリニストのミドリ・ザイラ―、カウンターテナーのアンドレアス・ショル、オーボエ奏者のアルブレヒト・マイヤー、STÜBAフィルハーモニック・オーケストラなどのミュージシャンと組み合わせるという手法が私の持ち味となりました。 有名オーボエ奏者アルブレヒト・マイヤーと演奏するファビアン・ルス ほとんどのアーティストが単発プロジェクトとしてマルチチャンネル・システムを使用するのに対して、あなたはよりひんぱんにこのシステムを使用されているように思います。複数の出力による可能性とその難しさについて少しお話しいただけますか?また、こういった空間的サウンド・システムを使用する意図についてもお聞かせください。2012年にRadialsystemで同僚たちと一緒に働き始めたとき、エレクトロニック・ミュージックとダンスとミドリ・ザイラ―のバロック・バイオリンを組み合わるというアイデアはすでにありました。Radialsystem創立者のひとりであるフォルカート・ウーデはこのアイデアを私に伝え、私はクラシックの要素とエレクトロニックの要素を組み合わせる方法を見つけると彼に伝えました。自宅のスタジオに戻ってから、LiveのSimplerを開き、ミドリ・ザイラ―によるバッハのパルティータのソロ・バイオリン演奏をSimplerに取り込み、検証を始めました。ウーデの当初のアイデアは4チャンネルのサウンド・システムを使用するというもので、ステージの四方にスピーカーを配置するものでした。オーディエンスの居場所は、ダンサー、バイオリニスト、私と同じくステージ上になります。自宅のスタジオで4チャンネル・システムをシミュレートしてみたとき、自分の頭の周りをサウンドで円上に取り囲むというアイデアを思いつきました。それで、空間音響を専門とするドイツ中の大学に連絡を入れました。ライプチヒの若いプログラマー、エゴール・ポリアコフが、IRCAMで開発されているというマルチチャンネルの空間音響をコントロールするソフトウェアについて話してくれました。私たちはそのソフトウェアを購入し、彼に私たちの演劇作品『Inside Partita』用にソフトウェアを適応させてもらいました。オーディエンスは、複数のスピーカーにより描かれる円の内側に座ります。サウンドはオーディエンスの周りを旋回し、バイオリンの音と組み合わせられます。私が作成したバッハのマニピュレーションは、このサーキュラー・システム用に特別に組み立てられており、この種の環境でのみ機能するようになっています。すべてのファイルに対して特殊なモノ・マルチチャンネル・マスタリングを使用しており、円でのみ使用できるようになっています。 『Inside Partita』用にセットアップされたサーキュラー・サウンド・システムの様子 こんな事情で、これが私の「標準的な」仕事環境になりました。「円」が思考の基本になったという感じでしょうか。私たちは、技術的な部分をできるだけシンプルにしようと常に心がけています。ラップトップを使用しての作業で、クラシックで学んだ演奏者とのコラボレーションにおける障害にはどのようなものがありますか?伝統的なアコースティック楽器のようにコンピューターを直感的かつ「音楽的」に動作させるためにどのようなことを行っていますか?コンピューターを使用する上での根本的な問題のひとつは、生演奏とは異なり、自分が音を発しているのではないことです。音を生成するのはコンピューターであって、私はそれを制御しているに過ぎません。オーケストラとの演奏はかなり大変です。交響楽団は多数の人間から構成される非常に大きな集団で、オケが指揮者に反応するのにも時間がかかります。メトロノーム・クリックを指揮者のヘッドフォンに送信することもできますが、それではオーケストラがマシンの一部になってしまい、自然な動きが抑制されてしまいます。私たちの心の動きと同じで、オケは常に変化しています。ですので、共同作業のための興味と思慮に富む方法を見つけることには時間と労力を使います。ソリストでも同じような問題があります。演奏はパフォーマンスごとに異なります。ミドリ・ザイラ―やアンドレアス・ショル用に作った作品のように非常にデリケートなサウンド構造の場合、これが課題となることもあります。基本的に、私の作品に合わせてミュージシャンに演奏してもらうしか選択肢はありません。ライブ・パフォーマンス中に思い通りのサウンドを得るための別の解決策はまだ見つかっていないのです。 ファビアン・ルスについて詳しくは、彼のウェブサイトをご覧ください。

ジミー・エドガー:システムを機能させるには

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ジミー・エドガー:システムを機能させるには

ジミー・エドガーの音楽を聴くとき、モジュラー・シンセサイザーが頭に浮かぶという方は多くないでしょう。洗練されたスタイルはファンクとR&Bのるつぼから生まれたもので、彼の故郷であるデトロイトに由来するエレクトロ、ハウス、テクノの変異株にも注意を払ったものとなっています。「白衣をまとった科学者」的な匂いを醸し出すモジュラーの世界との関わりを感じさせないセクシーなサウンドです。また、彼のトラックがダンスフロアを揺さぶるものである一方、モジュラー・ミュージックには比較的知性に訴える作品が多いのもその理由でしょう。このような矛盾は、エドガーの制作活動のプロフェッショナリズムを物語るものである一方、モジュラー・シンセにまつわるステレオタイプが、スタジオにおけるモジュラー・シンセの多用途性を伝えるものではないことを示しています。Abletonは、自分のスタイルを変えるのではなく引き立てるためにモジュラーを活用する方法、またモジュラーを使用してドローンやザップ音ではなく音楽的な結果を得るための方法についてエドガーに話を聞きました。 ジミー・エドガー『Who’s Watchin?』 最新のDJセットで、非常にストレートなリズムが強調されており、スイングがほぼ完全に排除されていたのが印象的でした。かなりの割合で独自の素材を使用されているように思えましたが、この堅固なエレクトロファンクのグルーヴを実現するためにモジュラーが果たしている役割とはどのようなものなのでしょうか? DJセットについて話すと長くなるので止めておきますが、手持ちのトラックはすべてスイングのパーセンテージで整理しています。これは単に技術的な理由からなのですが、私にはストレートからスイングへの推移が少し耳障りに感じられ、またハウス・ミュージックの多くにはスイングが感じられます。そんな理由で、私はシャッフル済と未シャッフルのトラックを分けています。ハウス・ミュージックは大好きですが、スイングのないハウス・ミュージックが好きです。モジュラー・ミュージックに関しては、場合によります。スイングをいろいろ試すのが好きなのですが、スイングをモジュラーに持ち込もうとすると、いろいろと難しいことがあります。スイングは16分音符おきに前後に動くので、それを考慮してパッチを設定しておく必要があります。完全にスイングするクロックを使用するか、MIDIを使用して連携させる必要があります。モジュールによってはこれに対応できますが、すべてではありません。基本的には、マシンのような音楽が好きなんです。モジュラーの世界に飛び込むとき、クロスモジュレーションでのビープ音の実演ビデオを観たりすることがよくありますが、モジュラーを操作している人の顔が見えないことがほとんどです。複雑なパッチで友人を感心させる以外に、これにどんな意味があるのだろうと考える人も少なくありません。この点について、こう考えるのは私だけではないと思います。というのも、私自身、モジュラー・シンセシスを取り入れるようになったのはかなり最近のことで、それより前にはモジュラー・シンセシスでかなり苦い体験をしています。音楽制作歴は15年ほどになりますが、モジュラー・シンセシスを知ったのはずっと前です。友人のスタジオか何かだったと思います。 デトロイト・エレクトロの重鎮Ectomorphの『Breakthrough』 まだデトロイトにいらっしゃった頃ですか?はい、デトロイトのスタジオです。EctomorphやPerspexといったエレクトロ界のミュージシャンはモジュラーに夢中でした。私も興味はありましたが、自分で検討してみたとき、すぐに魅力を感じたわけではありませんでした。モジュラーでうっとうしいノイズを作っている人が多すぎると思いました。時間のあるときにやるにはいいけれど、シンセを実演するには直感的でないし、興味をそそるものでないと思います。YouTubeで「モジュラー」と検索する人は、いろんなノイズを生み出せることに少し面食らうかもしれません。何の方向性もないままいじり回すのはとても楽しいですが、私は、モジュラーから音楽的な何かを生み出すことに興味がありました。なので、シンセシスにおいて次のステップに進もうと決めてシステムの構築を始めた5年くらい前まで、モジュラーで満足のいく音楽を作ることができると思っていなかったんです。習得スピードについてはいかがですか?私にとっては、それはまったく問題ではありませんでした。いろいろな理由がありますが、ひとつは私にプログラミングの知識があったことです。たいした知識ではありませんが、数年間Max/MSPにはまっていた時期があったので、シンセシスの専門用語や基本的な概念は頭に入っていました。Reaktorでのプログラミングでも、ハードウェアの扱いについての基本を学べました。ですので、新しいことは何もありませんでした。とにかく実際に触ってリサーチするのが楽しかったので、面倒なことをしているという感覚はまったくありませんでした。習得スピードの問題は、時間に余裕がなく、習得を楽しめない人に該当する問題だと思います。課題や困難に取り組むことを楽しめるようなら問題はありません。新進プロデューサーや駆け出しシンセサイザー奏者にとってのエントリー・ポイントという考えがモジュラーの売り文句としてより一般化してきましたが、ビギナーがベーシックなラックを手に入れることは、無理をしていることにはなりませんか?この点において、私は何もマイナスな点はないと思います。上級者向けのシンセシスに飛び込むつもりなら、それがどれほど骨のあることなのかを知っておいた方がいいと思います。はじめから選択肢がたくさんあると、圧倒されて手に負えない場合も出てきます。シンセシスの知識がまったくない場合、かなりのリサーチと実験的作業が必要になることを覚悟しておいた方がよいでしょう。ただ、ここで言っておきたいのは、これこそモジュラーのすばらしい点であるということです。実際に手で触れて試行錯誤することができます。それは、楽器を手に取り、演奏を学ぶのに似ています。モジュラーはその構築によっては楽器そのものです。こういった可能性に触れることがこれまでにないほど簡単になりました。モジュラーがより親しみのあるものになったこの状況について、すばらしいとしか言えません。FabricのミックスCDではあなたの作品が大きくフィーチャーされていますが、その大部分にはモジュラーの影響がはっきりと見て取れます。Fabricのミックスに収録されている作品では、モジュラーは基本的にドラムマシンとモジュラー・シーケンサーの役割を果たしています。4/4のビートにイレギュラーなシーケンシングを多用して、連続する感じを出しています。モジュラー・エフェクト、特にバケツリレー・ディレイをたくさん使用しています。EQとフィルター・シーケンシングも多用しています。Cwejmanのレゾネーターもすごく気に入っています。いくつか所有していますが、すばらしいです。モジュールにベーシックなメトロノーム・クリックを送ると、特定の特性でリングアウトします。一種のサージ・フィルターのようなものです。レゾネーターにはそれぞれモジュールごとに4つのターンテーブル・ピッチがあり、バンドパス・フィルターになっていてマリンバ・サウンドや一風変わった金属音を得ることができます。本当にいいモジュールです。 モジュラーを使用してスタジオでジャム演奏するジミー・エドガー 最近、モジュラーには触っていますか?多忙なツアー・スケジュールの合間に時間は捻出できていますか?私の場合、モジュラーを触っている時間よりも触っていなかった時間の方が長いので、音楽制作に必ずしもモジュラーが必要ということはありません。私にとっては、単にインストゥルメントのひとつでしかありません。ほぼ毎週DJしていますが、本当のところはやはりプロデューサーなので、私にとって自分が一番輝けると感じるのはスタジオにいるときです。ですからいうまでもなく、モジュラーとスタジオで過ごすのが好きです。スタジオでは、モジュラーを単に音を出す機械ではなく楽器として扱っています。だから録音もしますし、ツアーに持ち出してライブの合間に触ったりもします。リミックスの作業はDJの仕事で出ている間にも行いますが、スタジオでやる方が好きですね。すべてのバランスを取りながらやっています。 ジミー・エドガーについて詳しくは、ウェブサイトおよびSoundcloudをご覧ください。モジュラー・シンセシスに興味を持たれたなら、OSCiLLOT by Max for Catsをぜひチェック!100を超えるパッチング可能なモジュールと、パッチング済みシンセやエフェクトを多数収録した、Ableton Live用のコンプリートなモジュラー・システムです。

Mayur Narvekar、タブラ、伝統、Liveについて語る

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Mayur Narvekar、タブラ、伝統、Liveについて語る

伝統的なインド音楽の起源は、数千年も歴史を遡ります。タブラやシタールといった楽器を習得することは、世代にわたって受け継がれてきた口頭伝承の知識を要するライフワークでした。一方、現代の音楽制作ソフトウェアの歴史はわずか数十年です。これら2つの世界を引き合わせることで、Mayur Narvekarの作品にみられるような興味深い様式の交配が導かれることもあります。 20年にもわたるタブラ研究を経て、Mayurは今、伝統的なインド音楽の可能性を21世紀のテクノロジーを用いて前進させています。Bandish Projektの一環としての彼の作品は過去と現在の対話をもたらし、タブラのドラミングの複雑なリズムが現代のエレクトロニカのパーフェクトに引き立てることを示しています。Abletonは、これらの異質な音世界同士の出会いについてMayurに話を聞きました。 タブラとLiveを操るMayur Narvekar 私の理解が正しければ、タブラのような伝統的なインドの楽器を習得することはかなり大変なことです。このような楽器をマスターするまでの過程についてお話しいただけますか?タブラを学ぶ学生は、あらゆるリズムを口で「演奏」できるようにならなければタブラを使った練習をスタートできないとどこかで読んだのですが。このプロセスは「パドハン」と呼ばれています。ドラムを使って演奏を始める前に、まずリズムを声に出すのです。これらのパターンを覚えておくと、実際にタブラを触る際に事がより容易に進みます。非常にゆっくりとした段階的なプロセスです。自分が思った以上に長い期間この形式を学ぶ忍耐と練習が必要です。タブラ・ボール(タブラ演奏での律動的音節および句)を100回演奏すれば、それをよく理解できるようになります。1000回演奏すれば、体がそれを覚えるようになり、学んだことを独自の作品に昇華することができるようになります。完璧さに上限はありません。伝統音楽の側面をどのようにして制作に取り込んでいますか?一例として、こちらのビデオをご覧ください。私のタブラのリズム・パターンをグライムのビートに組み込んだものです。 制作テクニックを解説するMayur 自分がいいと思うものから始めます。ビート、サウンド、ノイズなど、私の感情に訴えるものであれば何でもかまいません。タブラのような伝統楽器を習得することは非常に理に適ったプロセスで、他の分野において成長する助けになります。特定のテクニックについて言っているのではなく、さまざまなアプローチを必要とするさまざまなシチュエーションに身を投じるという意味でです。ソフトウェアはたくさんの選択肢を与えてくれます。そのため、もともとのアイデアとは関係のないことに多くの時間とエネルギーを注ぎ込んでしまいがちです。結果として満足のいかないサウンドが出来上がってしまいます。ですので、自分の求めるものに忠実であることが非常に大切です。だからといって、実験はいけないという意味ではありませんが。 Bandish Projekt『Sargam Breaks』 インド音楽の歴史は非常に古い一方で、エレクトロニック・ミュージック制作は比較的新しいものです。この2つのアプローチを自然な形で共存させることについて難しさを感じることはありますか?また、伝統的な要素を新しいテリトリーで素材として利用することについて違和感を感じることは? そうですね、トラックに何が必要かによります。パワフルな音と自然な美はどちらも同等に重要なゴールです。私のアルバム『Correkt』収録のトラック『Sargam Breaks』を取り上げてみましょう。冒頭から1分で登場する伝統的なボーカルは後にも登場しますが、今度は細かく切り刻まれています。新しいメロディラインに並び替えていますが、エレクトロニックのグルーヴのリズムに合うような形にシーケンスしています。 Mayur Narvekarについて詳しくは、彼のウェブサイトをご覧ください。