artistsでタグ付けされているポスト

James Hoff:ウイルスとアートの関係

Artists

James Hoff:ウイルスとアートの関係

James Hoffは進取の気性に富んだアーティストであり、音楽とサウンドによるその作品は複合的活動の一部です。ニューヨークを拠点に活躍する彼は画家として成功し、国際的な美術館やギャラリーで開催されている展覧会は高評価を博しており、コンセプチュアル・アーティストとしてそのアイデアはオールラウンドに広がっています。また彼は詩人でもあり、コンテンポラリーおよび1960年代まで遡る過去の掘り出し物を扱う芸術関連書籍の出版社Primary Informationの共同設立者(Miriam Katzeffと共に)でもあります。音楽においては、Hoffは2014年にエレクトロニック・ミュージック・レーベルPANからリリースされたアルバム『Blaster』で最もよく知られています。目的と力を持って放たれる収縮するグリッチーなリズムが特徴的なこのアルバムには、Hoffが斬新な効果を得るために収集、分類したコンピューター・ウイルスに感染させたサウンド・ファイルがフィーチャーされています。(彼の絵画にも、イメージの裏にあるコードを侵入にさらしてイメージを根底から改ざんするウイルスが活用されています。)彼のウイルスを伴うサウンド作品群には、非常になじみ深く支離滅裂でもあるさまざまな種類の携帯電話の着信音も含まれています。『Blaster』リリース以降、Hoffはさまざまなメディアで作品作りを続けてきており、ニューヨークでの絵画のソロ展覧会、ベルリンでの絵画とサウンドの展覧会、ドイツの放送局Deutschlandradioが放映権を獲得したプロジェクトが継続中です。ブルックリンにあるおいしいドーナツが供されるHoffの自宅で、作品と世界各地で話題を呼び起こすその方策について話を聞きました。 さまざまな領域で開発され、進化し、うごめくウイルスを用いていらっしゃいますね。ウイルスをツールとして使用することへの興味とはどのようなものですか?私にとって、ウイルスは2通りに興味深いものです。自分が考えるとおりにやった場合とは異なる方法で作品を生み出すことができ、複数のメディアを介して作業することができます。コンセプトのフレームワークとしてのきっかけと、幅広いジャンルにおけるさまざまなメディアを介した作品作りのためのツールを与えてくれます。ウイルスはありふれた風景のなかに隠れる性質があり、さまざまな顔を呈するので、これは1種類ではなくさまざまな種類の芸術活動に興味を持つ私のような者にプラットフォームを超えた作品作りの手段を提供してくれます。それがとても気に入っています。ウイルスには突然変異があり、また突然変異にもさまざまなものがあり、それぞれ異なって現れます。あなたの作品の一部、特にアルバム『Blaster』は、ダンス・ミュージックをテーマに取り上げているように思えます。ダンス・ミュージックはウイルスによる攻撃というアイデアを受容しやすいと?耳障りなノイズや聴き応えのあるサウンド・パレットを含むダンス・ミュージックに人々が興味を持つようになったのと同じように、私たちの時代ではより受容されやすくなっていると思います。ただ、これは私のプロジェクトに『Blaster』制作を決めたとき、すでにいくつかのコンピューター・トーンを感染させていて、そのプロセスに興味を持ち、仕組みを解明しようと思いました。コンピューターで生成したチャープやハム、モーターの回転音など、いくつかのトーンを感染させてみました。こういった方向に向かいたい、こういった音が欲しいというイメージがあって、概念上こうなるのではないかというものが私にはありました。ストックしてあったコンピューター・サウンドを用いて、それらを感染させてたくさんのソース素材を作成しました。地下鉄に乗って、イヤホンでそれらを聴いていると、子供たちがやって来てブレイクダウンスを始めたのです。彼らはビート・ミュージックを流していて、それが私の聴いている音に重なったとき、ひらめいたんですね。「これだ!」と。Blasterウイルスを選んだのもこれがきっかけでした。少なくとも私の世代は、子供の頃大型ラジカセを「ゲットーブラスター」と呼んでいたと思います。「Stuxnet」や「Morris」ワームではなく、「Blaster」を選んだのはそのためです。目的とセレンディピティ、両方を少しずつ取り入れた結果です。制作プロセスにおけるあなたの役割をウイルスに完全に譲ってしまうのですか?作曲におけるアルゴリズム的処理に興味はありますが、究極の目的としてそれに興味があるわけではありません。私自身の制作の手段を譲ってまで作曲におけるプロセスを妨げることはしません。音楽について言えば、私が扱うほとんどのことはどこか別のプロジェクトでもやっています。そのプロセスを使用してパレットを作成し、その上に何かを制作するのです。『Blaster』には、まるで破損しているかのようなビートやサンプルが見られます。しかしそこには、そういったビートやサンプルを使用して新しい音楽を作成しようと試みる私の存在があるのです。コンセプトとプロセスは重要ですが、プロセスを無視して、マシンだけでは生み出すことのできない何かを生み出すためにそれを使用するアーティストとしての権利を留保することも非常に重要だと思うのです。アルバムのリリース以降発表されたさまざまな作品でこれと似たプロセスを使用されていますが、どのように違ってきていますか?比較的新しい作品では、(Maxによる)トランスクリプション・プロセスを使用しています。ノートをウイルスのソースコードの各キャラクターに割り当て、MIDIにリアルタイムで描画します。『Blaster』の素材と同じ系列のその他の素材は、聞こえ方において非常に独特です。しかし、このプロセスは他の楽器構成にも使用でき、より大型のパレットも可能になるので、異なるジャンルにもアプローチすることができます。ベルリンでの展覧会では、Stuxnetコードをキース・ジャレット風のアルペジオ・ピアノに変化させました。ニューエイジ・ミュージックのようですが、数日にわたって続きます。非常に巨大なコードです。Deutschlandradio用に『Operation Olympic Games』をいう一連の作品群を制作されましたね。タイトルには何か特別な意味が?Stuxnet、Flame、Skywiper作成に使用されたCIA作戦の名前です。ドイツのラジオ用に作成したこの長編は、Blaster、Stuxnet、Skywiperで作成しています。Skywiperは、ニューヨークで開催された私の展覧会のタイトルでもあります。ベルリンでの展覧会のタイトルは『The Quick Brown Fox Jumps Over the Lazy Dog(すばしっこい茶色のキツネはのろまなイヌを飛び越える)』でした。この英文にはアルファベット26字すべてが使用されています。タイピング試験に使用されるほか、コンピューター・ソフトウェアでのアルゴリズムの検証にも使用されます。また、ロシアとアメリカが60年代に大西洋横断ケーブルを設置した際、アメリカ側が送った最初のメッセージがこれでした。ロシア側は非常に困惑したそうです―その意味が分からなかったのですから。あなたのプロセスは大きく進化し、また今でも進化を続けています。『Blaster』制作の基本的なプロセスはどのようなものだったのか、お話しいただけますか?Hex Fiendというバイナリエディターを使用しています。たとえば、クラップ音なら、それをエディターにかけて、16進コードに分解します。その後、ウイルス・コードを放り込みます。コードにウイルスを満たすわけです。コードをどこに置くか(また何回置くか)で、効果は大きく異なります。元のサウンドにどのような影響を与えるかには大きな幅があります。この方法で、『Blaster』用のサンプルを800ほど生成しました。これらは、このアルバムのビルディングブロックになりました。このプロセスにおけるLiveの役割は何ですか?ほぼすべてにLiveを使用しましたが、私が使用したのは数ある機能のうちごく基本的なものです。ただ、もしかするとそれこそが重要な違いなのかもしれません。制作する作品の多くは、その過程を進めるに従って、このプログラムを学び、開拓する機会を与えてくれます。私にとって、これらの知識ははじめから身についていたものではありません。Liveは2002~2003年から所有していますが、当時はライブ・パフォーマンス用でした。しかし『Blaster』では、スケッチ、作曲、アレンジとすべてをLiveで作成しています。ライブのセットアップもLiveを使用しています。今、感染後に感染の内容を修正でき、それにより少し異なる音色を得ることができるサウンドデザイン機材の使用を始めているところです。これはLive外ですが、その他すべてはLive内部のままです。新しい試みを始めたばかりなので、どうなるかはみてのお楽しみです。これまで音楽についてお話を伺ってきましたが、絵画でも同じくらいすばらしい作品を制作されています。音楽と絵画の間を行ったり来たりといった感じなのでしょうか、それとも一定期間どちらかに集中して取りかかる、というやり方でしょうか?現時点では、絵画と音楽をほとんど同時に行っています。私にとっての第三の柱は、Primary Informationと出版です。私には、出版社としての仕事とアーティストとしての仕事を分けて考える傾向があります。芸術という枠内においては、音楽とビジュアル・ワークは常に同じ歩調で進行します。これらは、アーティストとしての私にさまざまな関心を提供してくれます。また、どちらにもそれぞれの定型みたいなものがあるので、こういったパターンを脱するためにも、両方を行ったり来たりするのはいいことです。サウンドはイメージに比べてウイルス攻撃に対する受容度が高いのでしょうか?それとも逆でしょうか?ビジュアル素材のほうがずっと受容度が高いと思います。できることが多いです。イメージをありとあらゆる種類の方法で感染させて、ひとつのフォルダーに入れます。画として上手くいきそうに思えるものを選び出して、「maybe(多分)」という名のフォルダーに入れます。絵画約20点の展覧会ごとに、少なくとも1,000のイメージを生成します。そのうち50ほどが「maybe」フォルダーに入り、そこからさらに選別していきます。元のイメージはすべて絵画の下地となる素材です。いつもそうではありませんが、そうであることが多いです。ビジュアル素材の方がより受容度が高く可鍛性があるとのことですが、結果として生まれる作品の観点から、絵画と音楽のどちらを好まれますか?素材のレベルでは、絵画の方がプロセスの受容度が高いと思いますが、コンセプトのレベルにおいて、私がより好むのは音楽というメディアです。文化に流通していくさまは、絵画に比べてはるかに優れています。ある絵画を偶然目にしたとして、それが頭に焼き付いて離れないということはあまりありません。私は音楽を聴くということにおいてかなり受動的で、何か別のことをしながら常に音楽を聴いているのですが、バックグラウンド・ミュージックとしての音楽というアイデアが好きなのです。座って聴くというのも好きです。人々が私のショーを見に来てくれるのはうれしいことですが、おもいがけない場面に音楽が現れるというアイデア、日常の背景に音楽があるというアイデアにずっと強く興味を引かれます。ウイルスを使用した作品で難しいのは、そこに辿りつくことです―つまり、制作内容を、さまざまな環境においてシームレスでありながらそれぞれがある種の独自性を保つ音楽制作を行える段階に到達させることです。これらのウイルスからピュアなポップ・ミュージックを作ろうとは思いませんが、ポップな作品が生まれたり、たとえば病院の待合室に流れるような音楽が生まれるのも面白いなと思います。音楽には、その生みの親の思いも寄らないようなふうに進む潜在的な力があるという考えが、私は好きなのです。 James Hoffによる着信音『I Just Called To Say I Love You』のダウンロードはこちらから。James Hoffについて詳しくは、Hoffのウェブサイトをご覧ください。

インプット/アウトプット:Valet

Artists

インプット/アウトプット:Valet

シリーズ「インプット/アウトプット」では、Abletonコミュニティに属するプロデューサーのスタジオを訪ね、彼らの制作プロセスに取り入れられるインスピレーション、テクニック、技術と、そこから生まれる最新の音楽作品に光を当てていきます。ポートランドのアンダーグラウンド・ミュージック界で長年にわたり活躍するHoney Owensは、音楽ですでに数々のキャリアを重ねています。Nudge、Jackie O Motherfuckerなどのグループでコラボレーターとしても活躍するOwensは、ドローンとツイストの効いたブルースをValet名義で、サイケデリック・ハウスを(パートナーRafael Fauriaとのコラボレーションである)The Miracles Club名義でそれぞれ発表しています。今年5月、Owensは2008年以来となるValetとしての新アルバムを由緒あるKrankyレーベルからリリース。LP『Nature』にはギターが印象的な8作品が収められており、プロジェクト初期の自由な実験的レコーディングを構造化し、(Fauria、ポートランドのドラマー/マルチインストゥルメンタリストのMark Burdenの優れた妙技により)バンドライクな形に仕上げられています。Valetの新たな―そして少し意外な―進化の裏側に興味を引かれたAbletonは、OwensとFauriaにインタビューを敢行。新アルバムについて、『Nature』のクリエイティブな要素とテクニカルな要素について、The Miracles Clubをより実験的なテリトリーへと進めるプランが、偶然にもValet3枚目のアルバムと変化したいきさつについて、二人に話を聞きました。Valet名義の前作のリリースは2008年でしたが、あれから今日までに数々の音楽的試みがなされていますね。Valetプロジェクトに戻るきっかけは何だったのでしょうか?Honey Owens(HO):ある種偶然の出来事でした。友人から、Miracles Clubとしてチャリティ・イベントで演奏して欲しいと依頼されたのです。このイベントは、サンフランシスコでギャングに襲われ、病院で数回にわたる手術を受けなければならなくなった別の友人のためのものでした。ショーの日程が息子を産んだ数週間後だったので、どっぷり音楽につかるという状態ではありませんでした。私の妊娠中、RafがDJをして、私は出かけていってそれを鑑賞するといった感じだったのですが、出産予定日が近づくにつれて、母親になるということ、子供が生まれるということが、刻々と現実のものとなっていきました(笑)。そうこうしているうちに、Miracles Clubの新曲制作について話し始めるようになり、そのアイデアをもとにいろんな試みを始めるようになって、(曲やパフォーマンスの)構築し始めました。私がギターを使用するというのはRafのアイデアで、それはMiracles Clubの元のアイデアがそこから始まったからです。Rafael Fauria(RF):バギーでシューゲイザー的なダンス・ミュージックを作ろうと思って始めたのですが、全然ダンスの要素がないロック・ミュージックになりました(笑)。HO:それに、そのときはドラマーもいなかったので、Rafがドラムをプログラミングしたんです。それまで、ハウスやテクノの作品でしかドラムを制作したことがなかったので、「それじゃ、ぼくたちのお気に入りのバンドのドラム・サウンドがどんな風なのか考えてみよう」ということになって、それで「ヴェルヴェット・アンダーグラウンド ドラム」とググって、モーリン・タッカーのドラミングをコピーしようとしてみたり、とにかく手に入るドラム・サウンドを片っ端から試してみました。RF:結局、(Roland)R-70ドラムマシンを使用することになりました。HO:これを使うと決めてからも、「どうやったらモー・タッカーみたいなドラム・サウンドを出せるのか」という試行錯誤は続きましたね。それに、結局ドラマー(Mark Burden)が参加するまで「ロック」っぽいサウンドにすることはできませんでした。Markが参加するまではチャリティ・イベントでMiracles Clubとして演奏していましたが、実際はValetの作品をプログラミングしたドラムと一緒に演奏していました。RF:当初は、アルバムすべてにプログラミングしたドラムだけを使用していたのですが、その後Markが録音した実際のドラムと入れ替えたりミックスしたりしました。HO:基本的には、Rafがレコ―ディングしたすでに存在しているリズムにあわせてMarkがドラムを演奏し、それをあたかもプログラミングされたドラムのように扱うという形をとりました。各ヒットにコンプレッションをかけたり、スイングを加えたりと、合成ドラム・サウンドをリアルなドラム・サウンドにするためのさまざまな加工を施しました。RF:主に行ったのは、Liveの オーディオ-MIDIマッピング機能です。それまであまり使ったことはありませんでしたが、ドラマーのニュアンスはそのままに、ドラムキットにマイキングしたサウンドを使用しただけの場合に比べて非常に巧みなヒットを作成することができました。生のドラムキット・サウンドだけを鳴らすのではなく、ドラムマシンのスネアとリバーブを欠けたアコースティックのスネアを同時に鳴らして音を重ねています。『Nature』はその大部分をLiveを使って自宅でレコーディングしたのですか?Live使用歴はどの位になりますか?HO:実は、(これまでのValetのアルバムである) 『Naked Acid』と『Blood is Clean』もLiveで制作しています。なので、Live歴はかなりになりますね。RF:あの頃、HoneyはLiveを4トラックのように使用していました―トラックをひとつ作っては再生、録音し、また別のトラックを作っては再生、録音…という感じで。HO:基本的に、Liveは私の2インチ・テープでしたね(笑)。RF:でも『Nature』では事情は違っていました。というのも、すべてライブ演奏用に作成されていたので、どの作品もセッションビューで制作をスタートしました。小さなループから始めて、ソング間を行き来できるコントローラーを使って即座にアレンジを作成しました。Miracles Clubのトラック構築でも同じようにLiveを使用すると思います。『Nature』はドリーミーなテクスチャと豊かなアトモスフィアのレイヤーが特徴的です。これらの要素はハードウェアとペダルを使用して外部で作成されているのですか?それともLive内部で?あるいはその組み合わせでしょうか?RF:内部で使用したエフェクトはリバーブとディレイをほんの少しだけ、それと主にコンプレッサ―関連です。より目立つテクスチャはペダルやラック・ユニットによるものです。こういったサウンドは、ライブ演奏中に録音したものですか?それとも、後で追加したり微調整したりしているのでしょうか?RF:ええ、ゆっくり調整を加えていき、ペダルを繰り返し演奏して「パーフェクト」なサウンドを見つけてから、演奏しながら録音して微調整を加えていきます。HO:アルバムに収録されている(アンビエント)テクスチャのほとんどは、古いBossペダルやEventideといったペダルや外部機器を通したギターなどの演奏によるものです。RF:ときには、後で変更するつもりでLiveのリバーブをボーカル・パートに重ねておいて、結局そのサウンドに慣れてそのままにしておくということもあります。なので、リバーブが強調されているということはありますね。外部シンセやドラムマシンを使用する際、ライブで演奏して演奏内容をサンプリングするのでしょうか、それともMIDIを使用してユニットをコントロールするのでしょうか?RF:両方ですね。シンセでは普通MIDIを使用しますが、それは時間に沿ってきちんと作成したいからです。このレコードでは、シンプルなシンセ・トーンとDrum Rackを使用して作成したクイック・ビートから始めて、Honeyがそこにギターを加えて、それをアンプに通して録音し、ループするクリップにしました。より自由な印象のこれまでのValetのLPとは異なり、『Nature』はどこか調和を感じさせる構成になっていて、ひとりのミュージシャンが多数のギター・ペダルを操っているというよりも、まとまりのあるミュージシャンのグループによる演奏を思わせます。『Nature』と、これまでの2作品『Blood is Clean』と『Naked Acid』をつなぐものとは何だと思われますか?HO:私もそれについて考えを巡らせました。曲を作っている間、それがMiracles Clubの作品ではないことは分かっていましたが、Valetの作品だとも思えず、「これをどう呼べばいいのだろう?」と考えていました。1991年、私は20歳かそこらでしたが、(マイ・ブラッディ・ヴァレンタインの)『ラヴレス』や(ニルヴァーナの)『ネヴァーマインド』、ほかにもたくさんの(影響力の大きい)作品が発表された頃でした。当時の私といえば、友達のアマチュア・バンドでドラムや他の楽器を演奏していたに過ぎません。でも、91年に本当のバンドが組めていたとしても、あのときのバンドがそのバンドにあたるものになっていたと思います。だからこう思ったんです。このレコード用には新しいバンド名が必要かもしれない。でも、「いや、これはValetのアルバムだ。他のアルバムにも、いかにもValetという曲が1~2曲ある」と人は言うでしょう。そう考えるようになって、つながりを見出すようになりました。これまで多数のさまざまな音楽プロジェクトに参加されており、キャリアを通じて幅広いジャンルをカバーされていますが、こういった異なるインスピレーションをどのようにナビゲートされているのですか?プロジェクトやレコードごとのアイデアを構築する際に意識されていることはありますか?あるいは、クリエイティブなプロセスにおいて自ずから明らかになるようなものはありますか?HO:実際のところ、こういったことをやるアーティストがあまりいないことに驚いています。音楽好きなら、あらゆる種類の音楽が好きであるのが普通です。ラップトップのトラック・リストやレコードのコレクションを見ると、必ず誰のコレクションにもラップ、ダブとさまざまなセクションがあります。たくさんの音楽を聴いていろんなものを吸収すれば、「よし、今すぐこれをやってみよう」という気になります。Rafはレコードを通してヴァイブにこだわることに興味を持っているのですが、それを実行するのは楽しかったですね。「これはハウスだな」とか、「この曲には、このドラムと、ギターと、これら2つのキーボードだけを使用しよう」とか。いろいろと切り替えるのはごく自然なことだと思います。それができるのなら―ハウス・ビートもギター音楽も作れるのなら―両方やらない手はないでしょう? Valetについて詳しくは、KrankyのSoundcloudページおよびウェブサイトをご覧ください。その他のインプット/アウトプット・シリーズ記事はこちらから。

Lakker、サウンドとイメージの境界をあいまいに

Artists

Lakker、サウンドとイメージの境界をあいまいに

音楽は、私たちの頭の中にイメージを浮かばせます。サウンドは、私たちの意識の目の前に、実際には存在しない空間上に形や景色を写しだします。数々のミュージシャンやプロデューサーが空間の変化を意識した音楽に取り組んでいるのも、この想像上の内部空間を実体化するための自然な発展といえます。オーディオとビジュアルをつなげることはプロデューサーやデザイナーにとって必須となりましたが、説得力と迫力のある両メディアの関係を構築することは、口で言うほどたやすいことではありません。 幸運にも、アイリッシュ・デュオのLakkerのメンバーDara Smithは、デザインとビジュアル・エフェクトのバックグラウンドを持っています。同じくメンバーのIan McDonnellと共に、Smithは、LiveとTouch Designerの組み合わせを使用して、Lakkerのテクノを強調し劇的な力を放つ多種多様な形状、テクスチャ、カラーを作成しています。下の実演ビデオでは、Lakkerがサウンドとイメージの間で注目のバランスを保つ方法が説明されています。始まりと終わりは抽象的になり、循環がもたらす求心力のあるコンセプト―音楽だけ、またイメージだけでは実現し得ない、深い概念―が姿を現します。LakkerがLiveとTouch Designerをビジュアルに使用する方法、わずか数個のベーシックな要素から驚くほど幅広いビジュアルをもたらすその手法については、こちらをご覧ください。Lakkerについて詳しくは、ウェブサイトおよびSoundcloudをご覧ください。Lakkerの『Tundra』はR & S recordsからリリースされています。

Aron Ottignon:バランスの問題

Artists

Aron Ottignon:バランスの問題

ニュージーランド出身で現在はパリを拠点に活躍するピアニスト、Aron Ottignonは、ソロとして、またStromaeやWoodkidといった他のアーティストとのコラボレーションで、ジャズ・ピアニストとしてのピアノの腕を着実に成長させています。最新リリースで、OttignonはRodi Kirk、UKのスティールパンおよびパーカッションの名手Samuel Duboisとタッグを組みました。その結果生まれた『Starfish E.P.』は、エレクトロニックを効かせたパーカッション満載の21世紀ジャズの万華鏡のような作品となっており、幅広い非西洋音楽のスタイルからひらめきを受けた作品ともなっています。 EPを素材とするライブを準備するなかで、この3名のミュージシャンにとっての課題は、ジャズ・パフォーマンスの醍醐味でもある即興性を残しつつ、スタジオ・レコーディングの複雑さを再現することにありました。Rodi Kirkは、Push、ドラムマシンTempest、ミキシング卓、カスタムのMax for Liveデバイスを取り入れたソリューションにたどり着きました。これにより、エレクトロニックな要素をピアノやパーカッションと対等に使用することができるようになり、Ottignonのダイナミックな作品でトリオが駆け引きをする余裕が生まれました。 オーディエンスの前で試す準備を整えたOttignon、Kirk、Duboisの3名は、歴史的なスタジオFunkhaus Berlinで親密なライブ・レコーディング・セッション用に楽器をセットアップしました。Abletonのカメラ・クルーは、このパフォーマンスの全貌を記録するべく現場に立ち会いました。カリビアンな雰囲気を伴うトラック『Starfish』のライブ・テイクをご覧ください。3名のミュージシャンが、ライブ感豊かな活気にあふれた装飾で緊密に組み合うグルーヴを構築する様子がご覧いただけます。Abletonのミニ・ドキュメンタリー『A Question of Balance』では、Aron Ottignon、Rodi Kirk、Samuel Duboisが作品をスタジオからステージへともたらす方法、音楽的自由度を最大限に広げるためにセットアップを調整する手法をご覧いただけます。PushのユーザーボタンをMIDIマップ可能にする(Pushユーザーモードをオフにする)には、この無償のMax for Liveデバイスを使用します。Aron Ottignon、Rodi Kirk、Samuel Duboisによる30分にわたるFunkhaus Berlinでのパフォーマンスはこちらをご覧ください。 Aron Ottignonについて詳しくは、ウェブサイトおよびFacebookをご覧ください。Rodi KirkによるBandcampでの音楽プロジェクトはこちら。Samuel Duboisについて詳しくは、Facebookをご覧ください。

Anthony Pirog:オーディオからMIDI、そしてまたオーディオへ

Artists

Anthony Pirog:オーディオからMIDI、そしてまたオーディオへ

Anthony Pirog アメリカ人ギタリストAnthony Pirogは、その多才さが特徴です。ブルース、ジャズ、ロックのるつぼで育った名手であるPirogは、ずらりと並んだペダルと変幻自在なテクニックで、その姿を自由自在に変えます。そんな彼のデビュー作『Palo Colorado Dream』は、ある種の新たなギターヒーローとしてのPirogの存在を決定づけるものとなりましたが、彼はそういった賛辞にあぐらをかいたり、定評のサウンドに手を出すようなアーティストではありません。新しい何かを求めて、Pirogが目を付けたのは、Liveのオーディオ-MIDI変換機能の可能性でした。アナログシンセのレイヤーやアレンジのトリガーにギターを使用するかどうかに関係なく、Pirogのストーリーは、テクノロジーを使用してよく知る何かに新たな命を吹き込むケーススタディとなっています。 Audio-MIDI変換機能を使うアイデアはどこから得られましたか?この機能に初めて触れたのは?2013年3月、私はデビュー作『Palo Colorado Dream』の制作にとりかかっていました。The Brinkというスタジオでポストプロダクションを行っていたのですが、ギターのトーンが思っているのとかなり違うように感じていました。ギターパートをシンセでダブリングして優れたテクスチャを加えたのですが、2つのトーンをうまく組み合わせるのは簡単ではありませんでした。まるで、2名のミュージシャンがそれぞれのフィーリングで演奏しているような感じでした。私が求めていたのは、ギタートーンの特定の部分を補強することでした。 そこで役に立ったのが、LiveのオーディオをMIDIに変換する機能です。当時はまだLiveを持っていなかったので、1カ月間無償で試用できる試用版をダウンロードして、ギター演奏をインポートし、MIDIに変換しました。すぐにLiveに内蔵のシンセサウンドを使用してギタートラックのMIDI録音をチェックしましたが、セッションでの自分のパフォーマンスの人間らしいリズム感にマッチしたことに感動を覚えました。これで、サウンドの組み合わせを使用するまったく新しい可能性の扉が開かれたのです。The BrinkのオーナーでありエンジニアのMike Reinaは、私のデビュー作の共同プロデューサーでもあるのですが、ビンテージアナログシンセをかなりの数コレクションしています。彼と一緒に、Liveから抽出したMIDIトラックをいくつかのシンセ(特に、Sequential Circuits Prophet 5とsynthesizers.comのモジュラーシンセ)に送信することを始めました。 このシンセサウンドは必ずしも目立つものではなくギターパートを圧倒するようなことはまずない一方、温かみと減衰を加え、レコーディングセッションから取り上げたギター演奏を強化してくれました。ギター演奏に完全にマッチするようシンセパートにフェードインするオプションがとても気に入りました。 コンピューター、シンセ、MIDIがオーガニックなツールとして語られることはあまりありません。装飾を省いた美が特徴のあなたのスタイルにこれらのツールを適合させ、強化ツールとして使用するのにどのような手法を用いたのですか? シンセを用いた音楽を長い間聴いてきました。シンセのテクスチャを使用することは、スタジオ作業中によく考えるアイデアです。10代前半、私は録音物とライブ演奏はまったく異なるものだと考え、それらは同一である必要はないし、ケースによっては同一なものにはなり得ないと思っていました。今回の作品では、Michael Formanekをベースに、Ches Smithをドラムに迎えたトリオでの録音を考えていました。2日間に渡ってライブ演奏し、単なるスタジオでのライブ演奏以上の何かを制作するために時間をかけました。録音される音のまわりの空間に注目し、単に録音した音を並べるのではなく、それらの空間に十分配慮したサウンドにしたいというのが私のアイデアでした。ジャズミュージシャンとして捉えられることが多いのですが、インディーロックもよく聞きますし、今気に入っているレコーディングにはシンセが多用されています。それらによって興味がそそられ、シンセサウンドを作品に使用する気になりました。 このセットアップでの作業を始めるにあたって、慣れるまでに時間はかかりましたか?実はかなり簡単でした。ほとんど時間はかかりませんでした。ギターのオーディオトラックをインポートして、ボタンを押すだけでMIDIに変換できました。変換は完全ではありませんでしたが、非常にすばらしいと思いました。上音やいくつかの音の検出ミスがあったので、MIDIトラックに手を加える必要がありました。でも、演奏のリズムはそのまま変換されていたので、音にいくつか手を加えなければならなかったことはたいしたことではありませんでした。少しの修正が終わると、「MIDIの世界へようこそ!」という感じでした。ワークフローと結果には正直圧倒されました。次の作品では、ドラムとアコースティックベースにこのツールを使用するつもりです。このツールには大きな可能性があると思います。 スタジオでMIDIギターを抱えたAnthony Pirog それでは、レイヤーの次は何でしょうか?オーディオ-MIDI変換機能で次に実現したいことは?次の目標は、ギターをライブ演奏やレコーディングにMIDIコントローラーとしてうまく使用できるようになることです。キーボードはあまり上手ではないので、MIDIやソフトシンセをギターでコントロールできるようになることは、非常にエキサイティングでインスピレーションをかきたてます。私にとって、ギターとシンセのミキシングは美的見地からいって危険なテリトリーですが、自分に何ができるのか非常に楽しみです。Anthony Pirogについて詳しくは、彼のウェブサイトをご覧ください。

美しきデータ:マックス・クーパーと音楽における創発

Artists

美しきデータ:マックス・クーパーと音楽における創発

その概念について見聞きしたことはないかもしれませんが、創発は、私たちを取り巻く世界に深く組み込まれています。創発は、はるか昔から万物を形成する力であり、今も生命の行く末を決定し続けています。大まかに言って、小さな特性が相互に作用し、より複雑な現象を形成するプロセスのことをいいます。結晶を形成する水の分子、有機体へと進化する細菌などがそれにあたります。創発が意味するところは、生物学者、哲学者、化学者と、それを誰に尋ねるかにより異なります。遺伝学者からプロデューサーへと転身したマックス・クーパー(Max Cooper)にとってそれは、彼の新しいオーディオビジュアル・ライブの概念的枠組みです。サウンド・デザイン、音楽構造、ビジュアル・モチーフを創発に結び付けることは、人々の興味を引きつける組み合わせです。あなたの音楽が均整美により進化し、宇宙そして生命を形成するとしたら?Abletonは、目がくらみそうなこの概念下で何が起きているのか、普遍法則が音楽にどのような影響を与えているのかについて、クーパーに話を聞きました。 創発の概念に出会ったのはいつですか?科学とは、要は還元主義で、自然現象と過程を説明するのに使用できるシンプルな原理や法則を学ぶことです。しかし、気体分子の作用のシンプルな方程式を学んだとしても、現実はずっと複雑です。創発はそこに内在しています。つまり、部分の性質の単純な総和にとどまらない性質が、ひとつの科学的観点では説明できない方法で、私たちを取り囲む世界においてより豊かで多面的に現れるという考えです。創発は、初期段階で教わる概念ではありませんが、常に表面下に存在しています。それがいつだったかは分かりませんが、いつだったにせよ、私のそれまでの知識の延長線上にあるものだと捉えることができました。これは、あらゆる種類のさまざまなアイデアをショーに持ち込むことを可能にする一般的原理です。科学的データ内に存在する自然の美を利用する優れた方法です。私たちの周りには、たくさんの美しいデータがあるのです。音楽における創発の現れはどこにあるとお考えですか? グラニュレーションは音楽的創発の好例です。音楽からごくごく微量の断片を取り出し、それをまったく新しい作品の起点として使用するというところです。前からミクロなディテール、クリック、グリッチが好きでした。ライブでは、Grain DelayやMonolake Granulatorを、ビジュアルに影響するパラメーターにマップ下ローパス・フィルターと組み合わせて使用しています。これらのオーディオ・グリッチをフィルターして、画像をビジュアル・グレインへと徐々に分解していき、オーディオとビジュアルの相乗効果を得ています。これは、コンセプトとプロセスを結び付ける試みのひとつです。ショーではこの反対を試みることも数多くあり、その場合曖昧なところからスタートして具体的な何かを形成していきます。スクリーン上にある何だかよく分からないものが、ゆっくりと識別できる何かへと変化していきます。こんな感じで、脱構築することも、構築することもできます。ソースが分からなくなるようなサウンドの扱い方や加工の仕方、またそのプロセスを逆転させて行う方法を常に模索しています。そうすることで、ごみに思えるものからこのような興味深いサウンドやボーカルの創発を得ることができるのです。カオスから秩序へとつながるこの推移は、私が愛するもののひとつです。 Emergenceショーのセットアップについて説明するマックス・クーパー このストーリー展開は創発を反映していますか?ストーリー展開は創発についてですが、宇宙の時系列について語っています。このショーはビックバン以前からスタートし、素数分布、数学的形式における数の構成、宇宙の出現前に存在した自然法則の概念について見ていきます。その後、ビッグバンから星と惑星の形成、初期の生命体の進化へと進んで行きます。さらに人類の登場と人口の爆発、資本主義、悪夢を思わせるバランスを失った私たちを取り巻く現在の状況へとつながります。ストーリーのこの部分はどうみても暗くネガティブなので、それに合わせて音楽はよりアグレッシブで不穏なものとなり、一方、初期のパートの多くは比較的美しいものとなっています。このストーリー展開によって特定の感情の連鎖へと追い込まれたことで、これまでとは少し違った音楽になりました。音楽に普遍的法則はありますか?自然法則は単なるパターンです。何億年も前そして今も真である物事の相互作用を定義するものです。そこには対称性があり、時間的なパターンがあります。そして音楽も、時間的なパターン、波形におけるパターンです。つまり、音楽と自然法則の間には深いつながりがあります。人類は環境にパターンを求めるよう進化してきました。人間が音楽を楽しいと感じるのも、もしかするとそのしるしなのかもしれません。パターンを見つけると、人はそれを好ましいと感じます。好ましいと感じると、人はよりいっそうそれを探し求めます。これこそ、人類が非常に成功した種である理由です。私たちを取り囲む環境をコントロールし、人間ならではの方法で理解するのはそのためです。これと同じ論理を、人類がなぜ音楽を楽しむのかという問いにも当てはめることができます。パターンの探求という人類の基本的欲求が関係しているのです。 マックス・クーパーについて詳しくは、FacebookおよびSoundcloudをご覧ください。

Peaking Lights:廃品置き場からLiveまで

Artists

Peaking Lights:廃品置き場からLiveまで

Aaron CoyesとIndra Dunisの夫婦デュオPeaking Lightsは、がらくたの山からお宝を見つけ出すのが得意。古い電子機器の廃棄部品を集めて素朴なサウンド・ジェネレーターを構築するという彼らの少し怪しげでダブの効いたスタイルは、クリエイティビティに対するDIYな姿勢の産物なのです。地に足の付いたメンタリティと相まって、昨年リリースされた『Cosmic Logic』など彼らの作品は伝統と革新の間の微妙な境界線を牽引するものとなっています。Abletonは彼らにSkypeインタビューを敢行。テープ同期によるパフォーマンスからLiveを利用したセットへの移行についてCoyesに話を聞きました。 Peaking Lightsのライブの様子(WFMU) まず、そのケースに入っているシンセについてお話を聞かせてください。不思議なパワーを帯びたCasioという感じに見えますが…。 どこのメーカーだか分かりませんが、Casioではありません。ある種のモジュラーのように構築しています。ちいさなEQノブはすべてスイッチになっていて、いろんなエフェクト用のポテンショメーターも付いています。サーキット・ベンディングの経験がおありで?いいえ、15年の間になんとなく分かるようになってきただけです。これまでに何か(あるいは誰か)を爆発させてしまったことは?アクシデントはいい結果につきものですが、まあ、間違って電気の通っている電線を口にくわえてしまったり、ばかなことをしてしまったことはありますね。なんでも手で済ませようとしてしまって、ワイヤー・ストリッパーとかを使ったりしないんです。電線を手でちぎって、歯で被覆をはがしてしまうんです。そのケース、なかなか素敵ですね。ええ、ツアーにうってつけです。すべてを詰め込んだこういうコンパクトなものが欲しかったんです。EMSに影響されているところはかなりありますね。あのSynthiみたいな。あれだったら飛行機に乗るときも手荷物にできるので、預け荷物にする必要がありません。今は、手作りシンセはすべて家に置いています。まだ動くことは動くんですが、かなりダメージもありますから。

ジェームス・ホールデン:人間らしいタイミングについて

Artists

ジェームス・ホールデン:人間らしいタイミングについて

撮影: Duncographic エレクトロニック・ミュージックの制作は、緻密なサイエンスへと変貌を遂げています。グリッド、クリップ、クオンタイゼーションの完璧な世界に足りないものとは、一体なんでしょうか。トラックに「何か」が足りないと感じることはよくあっても、それが何かを特定することは困難です。たいていの場合、答えはグルーヴとスイングの高度な技術にあります。ビートに生気を与えるのは、誤りや誤差なのです。ジェームス・ホールデンが放つ新しいパッチ、Group Humanizerは、大いに必要とされるこの人間らしさを作品に加えることのできるツールです。ハーバード大での研究をもとに、ホールデンは、オーディオ・チャンネルとMIDIチャンネルのタイミングを自動成形し、人間による演奏でしか得られないオーガニックな押しと引きの雰囲気を吹き込むMax for Liveデバイスを構築しました。ホールデンは自身のライブでこのパッチを導入し、モジュラー・シンセサイザーをライブ・ドラマーのテンポに追従させています。彼は、わずかなタイミングのずれを用いて新鮮みに欠けるグルーヴを生気に満ちたものへと変化させる方法を公開しています。Group Humanizerには、周到な準備と開発が行われ、たくさんの思いが込められています。パッチをダウンロードしてお試しいただく前に、自身のバックグラウンドと見解、コンセプト実現における課題についてホールデン自身が語った詳細な説明を掲載していますので、どうぞお読みください。人間の知覚に関する複合的なトピックに触れる記事となっており、グルーヴやリズムのより細部に関心のある方にとって興味深い読み物となっています。 人間らしいタイミングについて「ブラック・サバスがブラック・サバスであった理由は、各メンバーが他のメンバーのプレイをどのように解釈していたか、そこだったんだ。互いのリアクションが緊張感を生み出す ― バンド・サウンドはそうやって出来上がる。テクノロジーのおかげで、「正確さ」を得ることは簡単になった。ただ、正確さを得るためにテクノロジーに頼ると、人間らしさがすべて取り除かれてしまう。現在の音楽制作のほとんどが、パートを作成し、パーフェクトな演奏を行い、それをコピペするという作業だ。すべてが完璧なタイミング、完璧な音程。だがそれはパフォーマンスではない。私が目指したのは、ブラック・サバスにバンド一丸となってパフォーマンスさせること、つまりジャミングさせることだった。彼らはパフォーマンスのエキスパートだからね」 ― リック・ルービン昨年『ニューズウィーク』誌に掲載された、伝説のプロデューサーでありコロムビア・レコード共同社長であるリック・ルービンのアンドリュー・ロマーノによるインタビューを読んでからというもの、この引用箇所が頭から離れませんでした。このインタビューが公開されたとき、周りのミュージシャンは皆、このインタビューのことを口にしていました。作品をリアルなものにすることについて語ったルービンのインタビューは、皆の心を打ったようでした。私はというと、ルービンは紛れもない事実を示したのだと感じました。私の心の中にずっと前からあった考え、つまり、ごまかしようのないライブ・パフォーマンスの魅力は音楽を愉しむということにおいて絶対的に重要なものであるということです。そう感じたのは、私とルービンだけではなかったようです。米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences)に発表された、ハーバード大の研究者ホルガー・ヘンニヒの科学的研究によってもこの考えが検証されています。ハーバードの研究者たちは、演奏のある側面にフォーカスを当てて研究を行っています。2名が一緒に演奏する際のタイミングです。ミリ秒単位まで詳細に計測されています。その結果分かったのは、各音のタイミングは、両方の演奏者がそれまでに弾いた音すべてに依存しているということでした。作品の冒頭近くにタイミングのわずかなずれがあれば、それ以降のすべての音、最後の音まで影響を及ぼし続けるのです。二重奏を行う場合、一方のミュージシャンが演奏するすべての音が、もう一方に影響を及ぼします。逆もまたしかり。つまり、双方向の情報伝達が生じているのです。 撮影: Duncographic ヘンニヒ博士の論文には、この往復の情報伝達が深く基本的なレベルでも生じていることを示す他の研究結果も参照されています。実験によると、二重奏を行っているミュージシャンの脳の電気活動のパターンは、ほぼ正確に一致しています。神経科学者には、リズム(音楽だけでなく、動作や発話におけるリズムも含む)こそ、人間が何かの「異常性」、不自然性を見抜く際の指針であると考える者もいます。さらにリズムは、幼児が同種の他の動物を認識する助けともなります。つまり、人間のタイミングとは非常に重要なものなのです。録音技術の発明まで長い年月の間、人々が耳にする音楽の形態はライブ・パフォーマンスに限られていました。録音技術の黎明期においては、ライブ・パフォーマンスとあまり変わりない状況でした。ミュージシャンが音響状態の良い室内に集まり、満足のいくテイクができるまで同時に演奏するという方法でした。しかし、技術の発達とともに、ミュージシャンごとの個別レコーディングや、必要に応じたオーバーダブが可能となりました。これにより、レコーディング費用は大幅に低下し、それに続いて新しいアイデアが生まれました。音楽のレコーディングの目的に、各ミュージシャンの「パーフェクトな」パフォーマンスをとらえることが加わったのです。デジタル・スタジオ設備が登場すると、この傾向はますます加速します。ベーシストは、序奏部を一度も間違えることなく演奏することを要求されなくなりました。ベーシストがベースラインを1回きちんと演奏できさえすれば、プロデューサーはこれを必要に応じてコピー&ペ―ストすればいいのです。また、オーディオ情報がコンピューター上で簡単に加工できるフォーマットへと変換するにつれ、音楽ソフトウェアは一定で融通の利かないグリッドへと音楽を押し込めてしまいました。そのため、長い年月を経るなかで、レコーディング作品は、単なるライブ・パフォーマンスの録音からまったく別の怪物へと進化を遂げています。ミュージシャンがレコーディング・プロセスにおいてどの時点でも同時に演奏することがなければ、ミュージシャン同士の双方向の情報のやりとりはありません。せいぜい、テープから新しいレイヤーにオーバーダブするミュージシャンへの単方向のタイミング情報の提供があるだけです。例として、ハーバード大学チームは3バージョンの『ビリー・ジーン』を制作しています。どのバージョンも、ランダム・エラー(拍がずれる平均のミリ秒)の規模は同じですが、それぞれのエラーの相関性に違いがあります。[クリップ1]最初のクリップは、完全にランダムなタイミング・エラーが挿入されており、前のタイミング・エラーと現在のタイミング・エラーの間につながりはなく、それぞれのパート内のエラーにもつながりはありません。結果として、明らかに音楽性が損なわれ、不自然な音になっています。[クリップ2]次のクリップは、各ミュージシャンがクリック・トラックに合わせて別テイクで録音した場合のレコーディングを再現したものです。各パート内のすべてのエラーは先行するエラーにつながっていますが、パートごとのタイミング・エラーには因果関係はありません。このバージョンは、技術力のないミュージシャンのグループが演奏したような、しまりがなく、説得力に欠けるサウンドになっています。[クリップ3]最後のクリップは、論文で開発されたモデル(「確率的フラクタル連結」)を使用して、複数のミュージシャンが一緒に演奏した場合を再現しています。平均エラー・サイズはどのレコーディングも同一だったにもかかわらず、最後のレコーディングは締まりのなさが感じられなくなっています。各パートがまとまって自然な動きになっているので、外れている音を指摘するのが難しくなっています。要点はこうです。すべてが同じテイクで録音されていれば、タイミングにかなりばらつきがあってもあまり問題にはなりません。それは間違いには聞こえず、音楽の自然な動きとして認識されるからです。しかし、パートをマルチトラック録音したり、シーケンスされたパートを人間が演奏したパートと組み合わせたりする場合、タイミングのずれは際立ってしまいます。おかしな音に聞こえるのは、それが自然な音ではないからで、不自然さを識別可能な人間の聴覚がこれらの音を不快で好ましくないものとして判別するからなのです。 撮影: Duncographic スタジオ技術の発展に従って、レコーディングで許容されるタイミングのずれの大きさを縮める必要が出てきたというのは、意図しなかった結果でした。タイトなグリッドに合わせて演奏しなければ(あるいはそう見せかけなければ)、ずれはかなり目立ってしまいます。これが本質的に良くないことだと科学をもって証明することは不可能かもしれませんが、この過程で何かが失われてしまったことは確かでしょう。より自然な音楽的会話は、オーディエンスとのよりよい結びつきをもたらすのでしょうか?また、人間がもたらすタイミングのずれを作品からすべて削除してしまったとき、ミュージシャン同士の音楽的相互作用はそれでもなお何らかの意味を持つのでしょうか?私にとって、ライブの喜びとは、こういった相互作用を目の当たりにすることであり、その瞬間に実際に起こっている何かを目にすることです。バンドをライブで観て感動し、そのライブ・アルバムを聴いて、あのときの感動がとらえられていないとがっかりしたことがあるのは私だけではないでしょう。エレクトロニック・ミュージックのアーティストが、ステージ装飾もほどほどに、あらかじめ用意したWAVファイルをスピーカーから流すだけのライブを行うのなら、その結果として精彩を欠いた覇気のないライブとなるのは痛々しいほど明らかです。また、レコード・コレクションを聴いていて、バンドがジャミング演奏したLPと、費用の高額なスタジオで丹念に構築したLPから得られる雰囲気があからさまに異なるのは予想できることでしょう。コンピューターベースの音楽畑出身ではありますが、私は、長年にわたって自分の音楽をリアルなサウンドにする手法について実験を重ね、できる限り演奏し、カオス的なシステム(ソフトウェアそしてモジュラー・シンセサイザーとして)を構築し、ミュージシャン間に生じる表現反響のようなものをシミュレートしようと試みてきました。しかし、実際のミュージシャンを介在させることなく、納得のいくタイミングを得ることは非常に難しいことです。ホルガー・ヘンニヒの研究で提案されていたモデルを使用して、私は、コンピューターで生成された複数のパートに、まるで実際のミュージシャンが一緒に演奏しているような、人間によるタイミングのリアルなシミュレーションを注入できるLive用ソフトウェアを開発しました。実際のミュージシャン(私のライブで一緒に演奏したジャズ・ドラマーなど)の入力を聴いて、そのタイミングのずれに自然な形で反応することもできます。このような機能がコンピューター・ミュージックにもたらされるのはこれが初めてのことです。今後は、あまりにも整然としていて不自然なサウンドへのごまかしへの言い訳はもうできません。抵抗勢力への私なりの貢献と考えていただければ光栄です。 ジェームス・ホールデンのGroup HumanizerをMaxforLive.comからダウンロードジェームス・ホールデンについて詳しくは、FacebookおよびSoundcloudをご覧ください。

ゴースト・イン・ザ・マシーン:Ryo FujimotoがDOMMUNEで魅せる

Artists

ゴースト・イン・ザ・マシーン:Ryo FujimotoがDOMMUNEで魅せる

現代の音楽テクノロジーは、人間の直感的な表現とコンピューターがもたらす無限の可能性の間の壁を破ることを目指しています。それはつまり、人間とマシンの間に自由奔放なフィードバック・ループを生み出すこと ― ストリーミング・プラットフォームDOMMUNEでRyo Fujimotoが見せる扇情的なパフォーマンスから生まれるループが、まさにそれを物語っています。ビートボクシング、多様なボーカル・テクニック、Live、Kaoss Padを用いて、Fujimotoは、見る者にラップトップ・パフォーマンスの表現力を再考させる崇高なパフォーマンスを魅せてくれます。その手法の秘密を探るべく、Fujimotoに話を聞きました。 DOMMUNEでパフォーマンスを披露するRyo Fujimoto DOMMUNEのセットで、あなたはサウンドを細かく切り刻んだり、逆に細かなサウンドを引き伸ばしたりしています。このテクニックのどのようなところに魅力を感じていますか?ご興味を持って頂き、ありがとうございます。私は両方のやり方で制作をしていま す。何故なら、2つの方法それぞれに、異なる素敵な物語が在るからです。なの で、私は、" 分ける " ことが出来ません。はじめに、音を聞いて、感じ、その音に含 まれている要素を、まるで本を読むように読んでみます。そして、完成図をイメージ します。もし、その小さな音からイメージ出来た場合、そこから物語を創り出しま す。しかし、それが出来なかった場合、別の方法に切り替えて、試します。わたしは、エレクトロニクス、ビートボックス、ポエトリーリーディングなどで作 品を創っていますが、自分の中に明確なルールは存在しません。例えば、もし、自 分がサックスフォンを練習しなければならないと感じたなら、私は、練習し始める でしょう。もし、自分がイメージするゴールに到達出来るなら、私は何でも使いま すし、何でも練習すると思います。すべて、わたしにとって、OKなのです。あなたのビートボクシングと制作のスタイルは、空間と密度の一定のペースを持った狂乱的でありながらある種素っ気ないコントラストに密接に関連しているように思えます。あれは、作品作りでビートボクシングをエミュレートしようとしているのでしょうか?それとも、ビートボクシングで制作スタイルを再現しようとしているのでしょうか?今までそれを考えたことがありませんでした。考える機会をありがとうございま す。おそらく、私の中で、ビートボックスという楽器はエレクトロニクスと同じ機 能を果たしているのだと思います。ビート、メロディ、詩、動物的な何か。その他 などに、時と場合に応じて、自由に変形します。 中断もあなたのスタイルを特徴づけるものです。スムーズな流れで進んでいたかと思うと、その後グリッチーで混沌とした状態に突入します。こういったある種耳障りな変化を使用する理由は?なぜなら、私は、”ハプニング”が好きだからです。そして、”退屈なこと”が好きじゃ ありません。( 瞑想は好きですが ) 私は音を、まるで人間のように演奏したいと考 えています。なので、音は沢山の変化を遂げてスピーカーから出てきます。すべての 生き物は、最終的に * 死 * によって終わりを迎えますが、私の中で、* ライブセッ ト * の演奏は、生き物と同じなのです。爆発的に飛び散って終わりを迎えるのか、 とても静かに終わりを迎えるのか、それは、わたしにとって、あまり重要ではあり ません。わたしにとって、大切なことは、中盤に、ライブセットの中の音が、どの ように奇抜に変化したとしても、その変化を受け入れることです。なぜなら、鳴っ ている音は、わたしの子供だからです。そして、私は演奏して、彼らのエンディン グを見届けたいのですパフォーマンス全体を通じて、緊張をはらんだ個人的な何かが張り巡らされているように感じられます。この語り口については、あいまいなままにしておきたいとの意図があるのでしょうか?はい。これは自分が、人生の中で感じている1つの物語であり、誰かへの質問 (時 に警告 ) です。この世界に正解などありません。例えば、誰かに何かを伝えたいと きに、もし、自分の感情を出すことをやめてしまったなら、何も伝わらないからで す。なぜなら、私たちは、それぞれが、違う感覚、考え方を持っていて、多くの人 が、何でも分かる...

ファビアン・ルス:サーキュラー・サウンドでクラシック音楽に新たな感動を

Artists

ファビアン・ルス:サーキュラー・サウンドでクラシック音楽に新たな感動を

ある種の人たちにとって、バッハやハイドンの作品をコンピューター・ソフトウェアで再現することは異端かもしれません。ドイツの作曲家でありサウンド・デザイナーでもあるファビアン・ルスにとってそれは、現代のクラシック音楽界において最も尊敬されているソリストたちと仕事をする手段となりました。ルスは、Simplerを使用して教会古典音楽を分析・再現し、マルチチャンネル・サウンドシステム用の空間感に秀でた作品を定期的に発表しています。クラシック・サウンドとエレクトロニック・サウンドのデリケートなバランス、サーキュラー・サウンド・システム用の作曲について、ルスに話を聞きました。 ファビアン・ルス『Circle Spot』 あなたはしばしば、伝統的な西洋クラシック楽器のサウンドや作品を素材として使用し、マニピュレーションを加えていらっしゃいます。これらの音源の何が、あなたの創造力に火を付けるのかお聞かせいただけますか?特にこれらに集中する理由は、また教会音楽にどのような新たな観点をお望みなのでしょうか?正直、こういった音を重視しているわけではなく、ただ子供の頃から私の周りにある音だったというだけです。オーケストラを使ってみたいとずっと夢見ていたので、オーケストラのサンプルライブラリを手に入れました。新進の作曲家であれば誰でもサンプルライブラリを持っていますね。オーケストラ用の作品を作りたいけれど、ラップトップを買う以上の金銭的な余裕がないからです。ですので、新人の頃はエレクトロニックな要素とクラシックな要素を一体化させる機会は常にありましたが、自然な形でそれらを組み合わせる方法が分かりませんでした。あの頃は、私の作品を演奏してくれる人はひとりもいませんでした。いたとしても、どんな作品を作ったのだろうかが想像できません。幼少時代に経験した無人の音楽を作りたかったのです。知り合いの演奏家もいない、雇うお金もないという状況でなんとかやりくりするために、LiveのSimplerを使い始めました。昔作曲した音楽をリサンプリングし、新しい素材、テクスチャ、メロディを作りました。そして、さまざまなサイズの部屋とパンニング位置で実験をしたのです。Simplerでマニピュレートする素材を増やすため、友人たちと録音を始めました。サンプルを使用し、それらをバロック音楽バイオリニストのミドリ・ザイラ―、カウンターテナーのアンドレアス・ショル、オーボエ奏者のアルブレヒト・マイヤー、STÜBAフィルハーモニック・オーケストラなどのミュージシャンと組み合わせるという手法が私の持ち味となりました。 有名オーボエ奏者アルブレヒト・マイヤーと演奏するファビアン・ルス ほとんどのアーティストが単発プロジェクトとしてマルチチャンネル・システムを使用するのに対して、あなたはよりひんぱんにこのシステムを使用されているように思います。複数の出力による可能性とその難しさについて少しお話しいただけますか?また、こういった空間的サウンド・システムを使用する意図についてもお聞かせください。2012年にRadialsystemで同僚たちと一緒に働き始めたとき、エレクトロニック・ミュージックとダンスとミドリ・ザイラ―のバロック・バイオリンを組み合わるというアイデアはすでにありました。Radialsystem創立者のひとりであるフォルカート・ウーデはこのアイデアを私に伝え、私はクラシックの要素とエレクトロニックの要素を組み合わせる方法を見つけると彼に伝えました。自宅のスタジオに戻ってから、LiveのSimplerを開き、ミドリ・ザイラ―によるバッハのパルティータのソロ・バイオリン演奏をSimplerに取り込み、検証を始めました。ウーデの当初のアイデアは4チャンネルのサウンド・システムを使用するというもので、ステージの四方にスピーカーを配置するものでした。オーディエンスの居場所は、ダンサー、バイオリニスト、私と同じくステージ上になります。自宅のスタジオで4チャンネル・システムをシミュレートしてみたとき、自分の頭の周りをサウンドで円上に取り囲むというアイデアを思いつきました。それで、空間音響を専門とするドイツ中の大学に連絡を入れました。ライプチヒの若いプログラマー、エゴール・ポリアコフが、IRCAMで開発されているというマルチチャンネルの空間音響をコントロールするソフトウェアについて話してくれました。私たちはそのソフトウェアを購入し、彼に私たちの演劇作品『Inside Partita』用にソフトウェアを適応させてもらいました。オーディエンスは、複数のスピーカーにより描かれる円の内側に座ります。サウンドはオーディエンスの周りを旋回し、バイオリンの音と組み合わせられます。私が作成したバッハのマニピュレーションは、このサーキュラー・システム用に特別に組み立てられており、この種の環境でのみ機能するようになっています。すべてのファイルに対して特殊なモノ・マルチチャンネル・マスタリングを使用しており、円でのみ使用できるようになっています。 『Inside Partita』用にセットアップされたサーキュラー・サウンド・システムの様子 こんな事情で、これが私の「標準的な」仕事環境になりました。「円」が思考の基本になったという感じでしょうか。私たちは、技術的な部分をできるだけシンプルにしようと常に心がけています。ラップトップを使用しての作業で、クラシックで学んだ演奏者とのコラボレーションにおける障害にはどのようなものがありますか?伝統的なアコースティック楽器のようにコンピューターを直感的かつ「音楽的」に動作させるためにどのようなことを行っていますか?コンピューターを使用する上での根本的な問題のひとつは、生演奏とは異なり、自分が音を発しているのではないことです。音を生成するのはコンピューターであって、私はそれを制御しているに過ぎません。オーケストラとの演奏はかなり大変です。交響楽団は多数の人間から構成される非常に大きな集団で、オケが指揮者に反応するのにも時間がかかります。メトロノーム・クリックを指揮者のヘッドフォンに送信することもできますが、それではオーケストラがマシンの一部になってしまい、自然な動きが抑制されてしまいます。私たちの心の動きと同じで、オケは常に変化しています。ですので、共同作業のための興味と思慮に富む方法を見つけることには時間と労力を使います。ソリストでも同じような問題があります。演奏はパフォーマンスごとに異なります。ミドリ・ザイラ―やアンドレアス・ショル用に作った作品のように非常にデリケートなサウンド構造の場合、これが課題となることもあります。基本的に、私の作品に合わせてミュージシャンに演奏してもらうしか選択肢はありません。ライブ・パフォーマンス中に思い通りのサウンドを得るための別の解決策はまだ見つかっていないのです。 ファビアン・ルスについて詳しくは、彼のウェブサイトをご覧ください。

ジミー・エドガー:システムを機能させるには

Artists

ジミー・エドガー:システムを機能させるには

ジミー・エドガーの音楽を聴くとき、モジュラー・シンセサイザーが頭に浮かぶという方は多くないでしょう。洗練されたスタイルはファンクとR&Bのるつぼから生まれたもので、彼の故郷であるデトロイトに由来するエレクトロ、ハウス、テクノの変異株にも注意を払ったものとなっています。「白衣をまとった科学者」的な匂いを醸し出すモジュラーの世界との関わりを感じさせないセクシーなサウンドです。また、彼のトラックがダンスフロアを揺さぶるものである一方、モジュラー・ミュージックには比較的知性に訴える作品が多いのもその理由でしょう。このような矛盾は、エドガーの制作活動のプロフェッショナリズムを物語るものである一方、モジュラー・シンセにまつわるステレオタイプが、スタジオにおけるモジュラー・シンセの多用途性を伝えるものではないことを示しています。Abletonは、自分のスタイルを変えるのではなく引き立てるためにモジュラーを活用する方法、またモジュラーを使用してドローンやザップ音ではなく音楽的な結果を得るための方法についてエドガーに話を聞きました。 ジミー・エドガー『Who’s Watchin?』 最新のDJセットで、非常にストレートなリズムが強調されており、スイングがほぼ完全に排除されていたのが印象的でした。かなりの割合で独自の素材を使用されているように思えましたが、この堅固なエレクトロファンクのグルーヴを実現するためにモジュラーが果たしている役割とはどのようなものなのでしょうか? DJセットについて話すと長くなるので止めておきますが、手持ちのトラックはすべてスイングのパーセンテージで整理しています。これは単に技術的な理由からなのですが、私にはストレートからスイングへの推移が少し耳障りに感じられ、またハウス・ミュージックの多くにはスイングが感じられます。そんな理由で、私はシャッフル済と未シャッフルのトラックを分けています。ハウス・ミュージックは大好きですが、スイングのないハウス・ミュージックが好きです。モジュラー・ミュージックに関しては、場合によります。スイングをいろいろ試すのが好きなのですが、スイングをモジュラーに持ち込もうとすると、いろいろと難しいことがあります。スイングは16分音符おきに前後に動くので、それを考慮してパッチを設定しておく必要があります。完全にスイングするクロックを使用するか、MIDIを使用して連携させる必要があります。モジュールによってはこれに対応できますが、すべてではありません。基本的には、マシンのような音楽が好きなんです。モジュラーの世界に飛び込むとき、クロスモジュレーションでのビープ音の実演ビデオを観たりすることがよくありますが、モジュラーを操作している人の顔が見えないことがほとんどです。複雑なパッチで友人を感心させる以外に、これにどんな意味があるのだろうと考える人も少なくありません。この点について、こう考えるのは私だけではないと思います。というのも、私自身、モジュラー・シンセシスを取り入れるようになったのはかなり最近のことで、それより前にはモジュラー・シンセシスでかなり苦い体験をしています。音楽制作歴は15年ほどになりますが、モジュラー・シンセシスを知ったのはずっと前です。友人のスタジオか何かだったと思います。 デトロイト・エレクトロの重鎮Ectomorphの『Breakthrough』 まだデトロイトにいらっしゃった頃ですか?はい、デトロイトのスタジオです。EctomorphやPerspexといったエレクトロ界のミュージシャンはモジュラーに夢中でした。私も興味はありましたが、自分で検討してみたとき、すぐに魅力を感じたわけではありませんでした。モジュラーでうっとうしいノイズを作っている人が多すぎると思いました。時間のあるときにやるにはいいけれど、シンセを実演するには直感的でないし、興味をそそるものでないと思います。YouTubeで「モジュラー」と検索する人は、いろんなノイズを生み出せることに少し面食らうかもしれません。何の方向性もないままいじり回すのはとても楽しいですが、私は、モジュラーから音楽的な何かを生み出すことに興味がありました。なので、シンセシスにおいて次のステップに進もうと決めてシステムの構築を始めた5年くらい前まで、モジュラーで満足のいく音楽を作ることができると思っていなかったんです。習得スピードについてはいかがですか?私にとっては、それはまったく問題ではありませんでした。いろいろな理由がありますが、ひとつは私にプログラミングの知識があったことです。たいした知識ではありませんが、数年間Max/MSPにはまっていた時期があったので、シンセシスの専門用語や基本的な概念は頭に入っていました。Reaktorでのプログラミングでも、ハードウェアの扱いについての基本を学べました。ですので、新しいことは何もありませんでした。とにかく実際に触ってリサーチするのが楽しかったので、面倒なことをしているという感覚はまったくありませんでした。習得スピードの問題は、時間に余裕がなく、習得を楽しめない人に該当する問題だと思います。課題や困難に取り組むことを楽しめるようなら問題はありません。新進プロデューサーや駆け出しシンセサイザー奏者にとってのエントリー・ポイントという考えがモジュラーの売り文句としてより一般化してきましたが、ビギナーがベーシックなラックを手に入れることは、無理をしていることにはなりませんか?この点において、私は何もマイナスな点はないと思います。上級者向けのシンセシスに飛び込むつもりなら、それがどれほど骨のあることなのかを知っておいた方がいいと思います。はじめから選択肢がたくさんあると、圧倒されて手に負えない場合も出てきます。シンセシスの知識がまったくない場合、かなりのリサーチと実験的作業が必要になることを覚悟しておいた方がよいでしょう。ただ、ここで言っておきたいのは、これこそモジュラーのすばらしい点であるということです。実際に手で触れて試行錯誤することができます。それは、楽器を手に取り、演奏を学ぶのに似ています。モジュラーはその構築によっては楽器そのものです。こういった可能性に触れることがこれまでにないほど簡単になりました。モジュラーがより親しみのあるものになったこの状況について、すばらしいとしか言えません。FabricのミックスCDではあなたの作品が大きくフィーチャーされていますが、その大部分にはモジュラーの影響がはっきりと見て取れます。Fabricのミックスに収録されている作品では、モジュラーは基本的にドラムマシンとモジュラー・シーケンサーの役割を果たしています。4/4のビートにイレギュラーなシーケンシングを多用して、連続する感じを出しています。モジュラー・エフェクト、特にバケツリレー・ディレイをたくさん使用しています。EQとフィルター・シーケンシングも多用しています。Cwejmanのレゾネーターもすごく気に入っています。いくつか所有していますが、すばらしいです。モジュールにベーシックなメトロノーム・クリックを送ると、特定の特性でリングアウトします。一種のサージ・フィルターのようなものです。レゾネーターにはそれぞれモジュールごとに4つのターンテーブル・ピッチがあり、バンドパス・フィルターになっていてマリンバ・サウンドや一風変わった金属音を得ることができます。本当にいいモジュールです。 モジュラーを使用してスタジオでジャム演奏するジミー・エドガー 最近、モジュラーには触っていますか?多忙なツアー・スケジュールの合間に時間は捻出できていますか?私の場合、モジュラーを触っている時間よりも触っていなかった時間の方が長いので、音楽制作に必ずしもモジュラーが必要ということはありません。私にとっては、単にインストゥルメントのひとつでしかありません。ほぼ毎週DJしていますが、本当のところはやはりプロデューサーなので、私にとって自分が一番輝けると感じるのはスタジオにいるときです。ですからいうまでもなく、モジュラーとスタジオで過ごすのが好きです。スタジオでは、モジュラーを単に音を出す機械ではなく楽器として扱っています。だから録音もしますし、ツアーに持ち出してライブの合間に触ったりもします。リミックスの作業はDJの仕事で出ている間にも行いますが、スタジオでやる方が好きですね。すべてのバランスを取りながらやっています。 ジミー・エドガーについて詳しくは、ウェブサイトおよびSoundcloudをご覧ください。モジュラー・シンセシスに興味を持たれたなら、OSCiLLOT by Max for Catsをぜひチェック!100を超えるパッチング可能なモジュールと、パッチング済みシンセやエフェクトを多数収録した、Ableton Live用のコンプリートなモジュラー・システムです。

Mayur Narvekar、タブラ、伝統、Liveについて語る

Artists

Mayur Narvekar、タブラ、伝統、Liveについて語る

伝統的なインド音楽の起源は、数千年も歴史を遡ります。タブラやシタールといった楽器を習得することは、世代にわたって受け継がれてきた口頭伝承の知識を要するライフワークでした。一方、現代の音楽制作ソフトウェアの歴史はわずか数十年です。これら2つの世界を引き合わせることで、Mayur Narvekarの作品にみられるような興味深い様式の交配が導かれることもあります。 20年にもわたるタブラ研究を経て、Mayurは今、伝統的なインド音楽の可能性を21世紀のテクノロジーを用いて前進させています。Bandish Projektの一環としての彼の作品は過去と現在の対話をもたらし、タブラのドラミングの複雑なリズムが現代のエレクトロニカのパーフェクトに引き立てることを示しています。Abletonは、これらの異質な音世界同士の出会いについてMayurに話を聞きました。 タブラとLiveを操るMayur Narvekar 私の理解が正しければ、タブラのような伝統的なインドの楽器を習得することはかなり大変なことです。このような楽器をマスターするまでの過程についてお話しいただけますか?タブラを学ぶ学生は、あらゆるリズムを口で「演奏」できるようにならなければタブラを使った練習をスタートできないとどこかで読んだのですが。このプロセスは「パドハン」と呼ばれています。ドラムを使って演奏を始める前に、まずリズムを声に出すのです。これらのパターンを覚えておくと、実際にタブラを触る際に事がより容易に進みます。非常にゆっくりとした段階的なプロセスです。自分が思った以上に長い期間この形式を学ぶ忍耐と練習が必要です。タブラ・ボール(タブラ演奏での律動的音節および句)を100回演奏すれば、それをよく理解できるようになります。1000回演奏すれば、体がそれを覚えるようになり、学んだことを独自の作品に昇華することができるようになります。完璧さに上限はありません。伝統音楽の側面をどのようにして制作に取り込んでいますか?一例として、こちらのビデオをご覧ください。私のタブラのリズム・パターンをグライムのビートに組み込んだものです。 制作テクニックを解説するMayur 自分がいいと思うものから始めます。ビート、サウンド、ノイズなど、私の感情に訴えるものであれば何でもかまいません。タブラのような伝統楽器を習得することは非常に理に適ったプロセスで、他の分野において成長する助けになります。特定のテクニックについて言っているのではなく、さまざまなアプローチを必要とするさまざまなシチュエーションに身を投じるという意味でです。ソフトウェアはたくさんの選択肢を与えてくれます。そのため、もともとのアイデアとは関係のないことに多くの時間とエネルギーを注ぎ込んでしまいがちです。結果として満足のいかないサウンドが出来上がってしまいます。ですので、自分の求めるものに忠実であることが非常に大切です。だからといって、実験はいけないという意味ではありませんが。 Bandish Projekt『Sargam Breaks』 インド音楽の歴史は非常に古い一方で、エレクトロニック・ミュージック制作は比較的新しいものです。この2つのアプローチを自然な形で共存させることについて難しさを感じることはありますか?また、伝統的な要素を新しいテリトリーで素材として利用することについて違和感を感じることは? そうですね、トラックに何が必要かによります。パワフルな音と自然な美はどちらも同等に重要なゴールです。私のアルバム『Correkt』収録のトラック『Sargam Breaks』を取り上げてみましょう。冒頭から1分で登場する伝統的なボーカルは後にも登場しますが、今度は細かく切り刻まれています。新しいメロディラインに並び替えていますが、エレクトロニックのグルーヴのリズムに合うような形にシーケンスしています。 Mayur Narvekarについて詳しくは、彼のウェブサイトをご覧ください。

キース・フラートン・ホイットマン:モジュラーの迷路をナビゲート

Artists

キース・フラートン・ホイットマン:モジュラーの迷路をナビゲート

近年、モジュラーの分野に注目が集まっています。これまでのモジュラー・システムがスペシャリストを対象としたものであったのに対し、最近のモジュラーは、プロ仕様の製品を買い求めるコンシューマーを対象としたものとなっています。これから導入しようとお考えの方は、いくつか注意しなければならない点があります。エキスパート直伝の知識は、何よりも参考になるでしょう。そこでAbletonは、キース・フラートン・ホイットマンに連絡を取り、モジュラー導入の是非について意見を聞きました。ホイットマンは、Max/MSPからオウドまで、ソフトウェアとハードウェアの両インストゥルメントに精通しています。彼は、ミュジーク・コンクレートの先駆者ピエール・シェフェールにより設立された音楽研究機関でヤニス・クセナキス、ベルナール・パルメジャーニといった人材を輩出してきたフランス音楽研究グループ(Groupe de Recherches Musicales、GRM)スタジオ収蔵の知る人ぞ知る機材の宝庫に立ち入ることを認められました。 ホイットマンの『Rythmes Naturels』抜粋(GRMスタジオにて作曲されたもの) 2000年初期以降、ホイットマンの名はモジュラーの代名詞となりました。現在、小規模モジュラー・メーカーはこぞって最新デザインのテストを彼に依頼するようになっています。彼はまた、配給会社Mimarogluを通じて、無名の新しい実験的な音楽のためのプラットフォームも提供しており、また自身もEditions Mego、PANから個性的なオーディオ作品を定期的に発信しています。モジュラー転向者でありながら、昨今のモジュラー・シーンには懐疑的なアプローチを取っており、過剰な評価をしがちな熱狂的ファンの意見に包まれたこの分野に有益な見解を提供してくれています。 モジュラーを導入したとたん、パッチとプロセッシングの迷路にはまり込み、音楽を完成させることができなくなってしまうということがお約束の展開としてよく言われますが、モジュラーの世界とのファースト・コンタクトはどのようなものだったのでしょうか?あなたにもウサギの穴に迷い込んだように感じられましたか?私にとって初めてのラック構築を始めたのは、ベルリンに行った1998年か1999年のことでした。ミッテのアパートに滞在していたのですが、1階にDoepfer(ドイプファー)のモジュールだけを販売していたシンセのお店があったんです。ドネルケバブを買って、ショーウィンドウの前に立って巨大なシンセを眺めながら、「ラップトップとMaxを操るより、この方が簡単なんじゃ?」と考えたんです。それで、小さなスーツケースに収まるオシレーターとフィルターを入手しました。その後、6カ月ごとにベルリンに戻り、いくつかのモジュールを購入していきました。モジュラー・シンセシスを学んでいた間は、確かに音楽を作ることはなかったですね。ジグソーパズルを組み立てているときのようなもので、最中は完成画についてあまり関心がないんですね。2001年だったか2002年だったかにそのラックを完成させてからは、コンピューターよりもこのラックを使用して音楽制作を行うようになりました。モジュラーがもたらすのはサウンドだけです。これってすばらしいことなんですよ。フェイスブックもないし、メールもないから、集中力が脇にそれることがないんです。音だけ。サウンドを作るためだけに存在しているんです。世間に向き合いたくなかったりインターネットを使いたくない今日みたいな朝は、モジュラーを立ち上げます。1日が終わる頃には、5分間のクールなサウンドが出来上がります。 キース・フラートン・ホイットマン、Doepferモジュラー・システムを限界まで使い倒す 理想的なシチュエーションのように思えますが、モジュラーを学ぶことのハードルの高さと、高価であるモジュラーを入手することの難しさは、なかなか乗り越えるのが大変です。正気とは思えないほど金のかかる趣味ですよね。ビンテージ・カーをレストアするようなものです。数千ドルもするモジュールはたくさんあります。もちろん、入手困難な高価なモジュールを最初に手に入れた者がこの心理戦に勝利するんです。それに、モジュラー・シンセのメッセージ・ボードを運営するというカルチャーも、私の手には負えません。きついですね。だからあまり見に行ったりしません。書き込みをしたこともあったんですが、投稿数が少なすぎて追い出されました。ロマンチックに聞こえるかもしれませんが、モジュラー・シンセの物理的な特性が、オーディオの流れを理解する新鮮な手段を提供してくれるような気がするんです。モジュレーションとプロセッシングが何であるかを実際に目で見て手で操作することができますから。ひとつひとつの端子、コード、ノブすべてに機能があります。すべてがそこにあるんです。大部分において、見たとおりのものが結果に反映されます。モジュラーにはプリセットがないのですが、これもまた重要な点です。そのモジュールのシグナルの送受信の仕組みなどを知っていなければなりません。モジュラーは貫禄のある外観をしています。巨大なシステムを扱っている人を見ると、壮大な可能性を思わせるたたずまいがあります。シグナルの入出力には無限の方法があります。どのような機材も同じ言葉を話す、同じ電圧範囲であるということはすばらしいことです。取り返しの付かないことになる、ということがないんです。出力を出力に接続したからといって壊れるということはありません。私はMax/MSPユーザーですが、あるパッチを作成していて、その過程で何か間違いを起こしてしまうと、すべてがクラッシュしてしまいます。モジュラーではそういうことはありません。もちろん、モジュールを上下逆にパッチングしたりすれば壊れてしまいますが、セットアップを完了してしまえば、上手くいかないということはありません。これまで自分が作った最高傑作に、午前2時にほろ酔い加減のときに生まれたものがあります。ある特定のサウンドを作成しようとしていたのですが、端子を間違えてキーキー音の奇妙なノイズになったことがありました。「いいね。だがいったい何事だ?」と思ったら、ある出力を別の出力に接続していたんです。出力同士がけんかしていたんです。こういった触知性、電圧の動きが、電気によってケーブル内で実際に起こっているんです。一連の整数値ではなく、電圧と電圧のぶつかり合いなのです。この物性が、一部の人を強烈に魅了しているのだと思います。 2013年のPAN ACT Festivalでのホイットマンのライブ・パフォーマンス モジュラーの世界では、インストゥルメントからどういった音楽が生まれるかよりも、むしろインストゥルメント自体に焦点が置かれているように思えます。まったくそのとおりです。機材に偏重した議論のほとんどは、機材に偏重した音楽による産物です。これは必ずしも良いこととはいえません。優れた音楽とは、テクニックや使用されるシステムを超越しています。ツアー中にデモがたくさん送られてくるのですが、その多くは「モジュラーを手に入れた」のでCDを出しました、といった感じなんです。悪いとはいいませんが、私はレコードを出す自信が付くのに15年もかかりました。インストゥルメントを手に入れてわずか1週間でその仕組みを理解し、かなりのレベルで使いこなせるようになるというのが当たり前と考えられている今の状況が、奇妙に思えてなりません。だからノイズばかりが氾濫するようになる。それが何であるかという基本的な概念を理解する前に手を付けてしまうんです。音楽に関することより、機材に関することについて話すことが増えたのも、とても変なことです。これらのインストゥルメントが比較的新しいこと、最近注目を浴び始めたこと、美しく興味を引く外観であること、各機材の個性が強いことのほかに、その理由は考えられません。 モジュラー・シンセシスに興味を持たれたなら、OSCiLLOT by Max for Catsをぜひチェック!100を超えるパッチング可能なモジュールと、パッチング済みシンセやエフェクトを多数収録した、Ableton Live用のコンプリートなモジュラー・システムです。キースと彼の作品について詳しくは、キースのウェブサイトをご覧ください。

Laidback LukeのLiveセットをダウンロード

Downloads

Laidback LukeのLiveセットをダウンロード

完全無欠のトラックを耳にして、いったいどうやって制作されたのだろうと不思議に思ったことは少なくないでしょう。パーフェクトなミックスダウンは、得体の知れない手の届かない存在のように思われがち。一流のプロデューサーたちと同じツールを使って制作しているにもかかわらず、同じようなサウンドにならない場合はなおさらです。もしかすると、有名アーティストのLiveセットには、スタジアムを熱狂させるセットと物足りなさを感じさせるデモとの違いを明らかにする秘密が隠されているのかもしれません。幸いなことに、オランダEDM界のベテランLaidback Lukeが私たちのこの好奇心に応えてくれました。クリエイティブな共有プラットフォームSpliceから彼の作品『Stepping To The Beat』のLiveセットをダウンロードし、その内容を分析してみましょう。LukeのLiveセットを入手するには、Spliceアプリをダウンロードする必要があります。Liveセットをダウンロードして、彼のテクニックをご自身でも試してみてください。Abletonは、ステレオでミキシングすることの危険、レイヤーの重要性、クラブのシステム用のミックスダウンについてLukeに話を聞きました。Laidback LukeのLiveセットをSpliceからダウンロード Laidback Lukeの『Stepping To The Beat』 このトラックにはかなりのレイヤーが使用されていますね。これらの要素の座りをよくするためにEQとエンベロープの操作にかなりの時間をかけているのでしょうか?バランスの取れたレイヤーを実現するのに頼りになるメソッドは何かお持ちですか?適切なレイヤーへの鍵は、周波数間の差異を見つけ、それを、それぞれの周波数で突出しているサウンドで埋めていくことです。「リード・サウンドがちょっと薄いな」と思ったら、300Hz域に目立つサウンドを探す、といった感じの簡単なことです。2種類のサウンドだけなら、EQで300Hz的なサウンドから3kHzの一部を除きます。そしてリードには300Hzサウンドが含まれないようにします。こうすることで、2つがまるでパズルのピースのようにうまくかみ合うようになります。これらを1チャンネルにまとめ、糊の役目を果たすコンプレッションを少しかければ、1つのユニットとして機能するようになります。クラブ・システムでサブ・レベルをテストすることの重要性についてお話しされていましたが、定期的に大型モニターに触る機会のない人たちに何かアドバイスをいただけますか?低価格のバスレフ型モニターではローエンドの聞こえが分かりづらくなることがあるため、高品質のヘッドフォンがよりふさわしいかと思うのですが。私は、すべてSOL Republic Calvin Harris XCヘッドフォンを使用して制作しています。スタジオでもですよ!完全にヘッドフォン系プロデューサーです。実をいうと、約20年ほど音楽制作を続けるうちに、耳が敏感になってきて、スタジオ環境のいわゆる「スイート・スポット」というのに我慢できなくなってしまいました。室内にスイート・スポットがあるということは、頭の位置を変えるとサウンドが変わってしまうとことになります。つまり、突然ミックス全体の聞こえが一変してしまうということです!これにはもう耐えられません。ヘッドフォンを使用すれば、こういった状況を排除できます。その後で、使用可能なシステムを利用してチェックするのはいいアイデアでしょう。ラップトップのスピーカー、車内、電話などですね。過剰な周波数を見失わないためにヘッドフォンでの操作で最も重要なのは、制作中の自分のトラックと、どこでも優れた聞こえ方をするプロのトラックとのA/B比較をコンスタントに行うことです。プロのトラックは、優れたサウンドを導く原理であり、地図であり、ガイドラインです。自分のサウンドのヘッドフォンでの聞こえ方が、これらのサウンドのヘッドフォンでの聞こえ方と同じになるようにすればいいのです。ただし、ヘッドフォンでは、モノでのミキシングが重要です!私の口癖は、「モノこそ真実」です。トラックのステレオ・イメージは簡単に耳を欺きます。ですので、私はトラックの仕上げの最後の段階でステレオにします。スタジオで作業しながら、クラブで要求されるエネルギーのレベルを保つ方法についてはいかがですか?スタジオにいながらオーディエンスを意識したサウンドのイメージを作り上げるのは難しいというアーティストもいますが。その通りです。繰り返しますが、だからこそ自分の作品とクラブでいいサウンドをもたらす作品とを比べる必要があるのです。これがガイドラインになります。参考にしているトラックに比べて、自分のトラックのサブやミッドレンジが強いと思ったら、それは、クラブでプレイしたとき問題を生じさせる周波数が含まれていることのサインです。 Laidback Lukeについて詳しくは、ウェブサイトおよびSoundcloudをご覧ください。

インプット/アウトプット:Afrikan Sciences

Artists

インプット/アウトプット:Afrikan Sciences

シリーズ「インプット/アウトプット」では、Abletonコミュニティに属するプロデューサーのスタジオを訪ね、彼らの制作プロセスに取り入れられるインスピレーション、テクニック、技術と、そこから生まれる最新の音楽作品に光を当てていきます。冒険的なレーベルPANから到着した『Circuitous』は、Eric Porter DouglasことAfrikan Sciencesの最新アルバムです。表向きには現在そしてここ最近のクラブ・ミュージックやダンス・ミュージックに関連したものでありながら、Afrikan Sciencesは、『Circuitous』でテクノ、ジャズ、ヒップホップ、ファンクのメロディとリズムを目を見張るほどフレッシュな構造に織り込んでいます。心を引きつける親しみやすさと際だった異質さを併せ持つDouglasのトラックは、聴く者を独自の軌道へと引き寄せます。初めのうちは違和感を感じますが、方向感覚を失う瞬間は、純然たる先験的な幸福感と均衡の状態にあることも少なくありません。Douglasの音楽に魅了されたAbletonは、ニューヨークを基盤に活動するプロデューサーである彼にインタビューを敢行。彼の制作活動について話を聞きました。あなたのトラックで常に特徴的であり、今回の新作で特に強調されているのは、リズム要素が2つ以上の方向に同時にプッシュされている点です。ビートメイキングに対するあなたの一般的なアプローチ/姿勢についてお話しいただけますか?ポリリズム・ステムに対する私の考えとアプローチは、最も人間の感覚に近いドラム・プログラミングやライブでのパート演奏を実現するためのニーズから来ています。また、複数のドラマーが同時に会話のやりとりを行うとどんな風に聞こえるのか、また、会話に参加している各ドラマーのバックグラウンドがそれぞれ異なっている場合、言ってみれば異なる言語を話す場合どうなるのかという観点からでもあります。この会話はどんな風に聞こえるのでしょう?こういった分裂を加えると、新しい均衡がもたらされます。拍子記号を別の拍子記号に重ね、クオンタイズされたプレイに漠然としたプレイを重ねるのです。得られる結果がどのようなものであれ、リズムの並置を掘り下げることは楽しいものです。ここでいうドラマーとはすべて人間のドラマーのことを意味しているのでしょうか?というのも、あなたのリズム構造にはマシンのような要素がしばしばみられるからです。リスナーとして、またミュージシャンとして、「クオンタイゼーションの連続」のルーツはどこにあるとお考えですか?ドラマーについては、すべて人間というわけではありません。トニー・アレン、ミッチ・ミッチェル、クラフトワークのドラムマシンが一緒にプレイしているようなイメージです。若い頃、リスナーとして作品で聞くことのできるドラムの虜になり、ティーンエイジャーになって初めて作品作りのようなことを始め、初期のドラムマシンに触れてからはさらにその傾向が強くなりました。ひとつ気付いたのは、ドラムマシンがポピュラー音楽を席巻した1980年代に起こった転換でした。私は、これこそミュージシャンが後になって「ドラムマシンには魂がない」というシュプレヒコールを上げてドラムマシンに反発した理由だと思います。私はこの言い分に不満を感じており、思いやりの感情とエレクトロニクスを調和させたいと考えていました。私は80年代中頃から後半にDJとしてスタートしました。組み合わせに対する音感とリズムに対するダイナミックな感覚が培われたのはこの時期です。レコードのビートをうまく操作し、新しいリズムを生み出してチューンの拍子や時間のフィーリングを変更するのです。つまり、ターンテーブルこそ私が最初に扱った楽器で、その後、ベースの弾き方を学んでレパートリーに加えました。 Afrikan SciencesのBoiler Roomでのパフォーマンスの様子 『Circuitous』制作時のスタジオのセットアップはどのようなものでしたか?スタジオの内容は絶えず変化していますが、ここ数年は、モーグ・リトル・ファッティ、アッシュボリー・アップライト・エレキベース、Waldorf Streichfett、iOSアプリいろいろ、サードパーティ製Audio Unit/VST、Max for Live、それに核としてLiveを使用しています。Live内でのセンド&リターン・システムを気に入っていて、外部インストゥルメントとエフェクトにAudiobusといったすべてを上手く連結してくれるiOSアプリを使用しています。トラックごとにいくつのセンドとリターンを使用することが多いですか?どのような信号をどのようなデバイスに送っていますか?トラックあたりのセンドについては、平均して1~4つを使用しています。Live内の内部ルーティングと、Motu Travellerといったオーディオ・インターフェースやiConnectmidi 4+のオーディオ・パス・スルー・システムを介した外部機器へのルーティングを組み合わせています。Holdernesss MediaのEcho Padなどのエフェクト、モーグのFiltatron、Amazing NoisesのGlider Verbなど、iOSアプリが気に入っています。KAOSS PADとmonotron DELAYなどのコルグ製品にも信号を送って面白い効果を生み出しています。ミックス・ボードを触ることもたまにありますが、ミキサーを持ち出すことはないので、普通はセンドリターン・セットアップに加えることはありません。ライブ演奏へのアプローチについてお聞かせください。典型的なライブ・パフォーマンスで、どれくらいの割合で、どのような要素をインプロヴァイズされていますか?今でも、安全かつ自発的なライブ・パフォーマンス方法におけるバランスを模索中なのですが、私の考えでは、完璧に準備されたセットは退屈だし、かといって早い段階でオーディエンスの関心を引き寄せることも重要だと思います。ですので、ほとんどの場合、リズム・セットだけは用意しておき、あとはスタート後の流れにあわせられるようオープンな状態にしておきます。また、あらかじめ演奏しておいた楽器のクリップを、Pushからアクセス可能なインストゥルメントと一緒に用意しています。外部インストゥルメントとデバイスすべての同期とコラボレーターとの同期には、iConnectmidi 4+を使用しています。ソロの場合、テンポと拍子をいろいろと変化させることが多いです。今、ライブをできるだけダイナミックなものにする方法について検討していて、ダンスの動きをこっそり練習しているんです(笑)。今後はアップライトをギグでもっと使用していこうと決めています。ライブでPushをご使用になっていますね。入手のきっかけはパフォーマンス用だったのですか?Pushについては、スタジオ・セットアップとライブ・パフォーマンスの両方に使うつもりで手に入れました。全体的に、どちらの状況においてもかなり満足して使用しています。ライブ・セットでは、シーンのコントロール、エフェクト・オートメーション用のダミー・クリップのトリガー、Max 4 Liveパッチ経由またはシフト・ボタンと一緒によりニュアンスのある動きを得るためのテンポ・ノブから直接のテンポ変更の調整にPushを使用しています。また、Drum Rackのライブ・ドラミングと、奇数長をループさせて無音を加えることで休符用のクリップの長さとオフセットの調整も行っています。たとえば、4小節のリズムをドラム・ラックで再生し、そこにたとえば3小節の別のリズム・トラックを重ねて、7小節サイクルのパーカッション・トラックを加えます。同時に、Push上でループ長コントロールを使用してオリジナルの4小節リズムのループ・ポイントをずらします。最初の小節ではなく第2小節にずらし、無音の第5小節に繰り越すか、長さをすっかり変更してしまいます。こういったバリエーションを作成して、面白みを出すのが好きです。一緒にキーをプレイするのもいいですね。クリップのローンチは色分けのおかげでより直感的になりますが、確かに大型のセットだと、混乱しないよう悪戦苦闘することもあります。ギグのたびに、別の方法を見つけています。できるだけ少ない操作でより多くを行うのが目標です。 Afrikan Sciencesについて詳しくは、FacebookおよびSoundcloudをご覧ください。